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シナリオの始まり

 アーウィンの自分への好感度を下げる。


 私はその作戦決行のために、アーウィンの訪問を日々離宮で待ち続けた。

 しかし重要な式典を控え、皇太子の彼は色々忙しいらしい。

 数日置きに短時間のみ私の顔を見にやってくる。

 そのたびに私は張り切って毒花的演技を試みる。

 その結果判明したのは、いつだかお兄様が言っていたように、アーウィンは元フィーネに対してアレルギーがあるみたい。

 無理に迫ってくるどころか怖気を奮ったような表情になる。

 好感度の下げ幅は不明だけど効果は上々のよう。


 もちろんアーウィンだけではなく、機会があるごとにセシリア様にも婚約解消について相談した。

 初めて私の意志を伝えた時、セシリア様はとても困惑した様子だった。


「以前、皇宮によく遊びに来いていた頃の言動から、てっきり私あなたがアーウィンを好きだと思って……」


「今は違うんです!」


 私は自分の気持ちと、どうにか婚約を無効にするようにアーウィンを説得して欲しいとお願いした。

 ところがセシリア様は、


「ごめんなさい。もうこうなってしまっては解消するのは無理だと思うわ。

 あの子は一度言い出したらきかないから」


 何度頼もうとも良い返事はくれなかった。


 おまけにクリストファーも多忙みたいで捕まらない。

 あれから一度も演技指導の続きを受けることはできなかった。


 そうこうしている間に、日にちはどんどん過ぎていき――気がつくとリナリー・コットが訪れる当日になっていた――


 ここにいたって「恋プリ」をやりつくした私に隙はない。


 到着の日にリナリー・コットが『庭園を散歩する』の選択肢を選ぶと、アーウィンとばったり出会うイベントへ。

 違う選択肢『書物庫に案内して貰う』を選ぶとクリストファーとの出会いイベントに入ることを知っていた。


 もう一つつけ加えるなら『首都を見て回る』の選択肢で、エルファンス兄様との出会いイベントに入ってしまう。


 お願いだから最後の選択肢だけは、絶対に選ぶのをやめてほしい!!!!


 とにかく、リナリーが普通に行動していたら、王道のアーウィン・ルートに入るのだと信じたい。


 私は朝からそわそわした気持ちで、二人の出会いを見届けるために薔薇園に張り込んでいた。

 現在私がいる薔薇が咲き誇るこの庭で、アーウィンとリナリーはロマンチックに出会うのだ。

 さすがに具体的な時間までは不明だけど。


 私が茂みの陰に隠れて息をひそめ、小一時間ほど待ち構えていると、


「何やってるんだ?」


 背後からイベントの当事者であるアーウィンがいきなり声をかけてくる。


「きゃっ!」


 驚いて飛び上がる。


「最近構ってやれなかったから、寂しくて俺を待っていたのか?」


 アーウィンはいたずらっぽく言いながら、動揺する私の前側に回り込んでくる。

 反射的に後ずさるとドンと背中に木の幹がぶつかった。

 すかさずアーウィンは私を挟んで両手をつき、さっと顔を近ずけてくる。


 突然の展開についていけずに硬直した私は、いつかのように目を開けたままアーウィンに唇を奪われていた。

 どうしても目を閉じることが出来なかったのだ。

 あまりにも、リナリーのことが気になりすぎて!


「……………!?」


 と、その時、薔薇のアーチの陰から、とうとう揺れる蜂蜜色のツィンテールが現れる。


 一国の王女がツィンテールってどうなの?

 というつっこみはさて置き、ふわふわした髪を揺らしながら愛されヒロイン、リナリー・コットが薔薇園にやってきた。

 私はアーウィンに口づけされつつ横目で凝視する。


 ほどなくリナリーは私達が潜む薔薇の茂みの前まで来て――さっさとそこを通り過ぎていった――


 完全にイベントスルーとか!!!!


「お前、こういう時は目を閉じろと何度言えば……」


 アーウィンのが苦言が虚しく響く。


 おまけにショックのあまり抜け殻状態になった私は、そのままアーウィンにしばらく唇を許し続けてしまった。

 お、お兄様ごめんなさいっ……!


 駄目だ……立ち直らなくちゃ……。

 まだ重要イベントがあるんだから……。


 そう明日開かれる和平条約を記念式典後のパーティーが!


 そのパーティーの時、アーウィンとリナリーは一曲目から踊り続け、その後テラスに出て語り明かす。


 当日、侍女達の手によって飾り立てられた私は、鏡の中の自分の神がかった美しさに恐ろしくなる。

 アーウィンからの贈り物のドレスは、光沢のある白地に無数の宝石が縫い付けられた豪華なものだった。

 さらにでかい宝石のついたネックレス、イヤリング、腕輪とアクセサリーが身体の随所で煌めいている。

 こんなに綺麗にしてくれなくて良かったのに!!!


 だが、今度こそ失敗は許されない。


 ――いよいよ皇宮の前庭にて式典が開始した――

 恐ろしいことに私は皇帝御一家席の、しかもアーウィンの隣に座らされてしまう。

 その席は会場全体を見渡せるお立ち台にあり、楽団の演奏や軍隊の行進などはもちろん、来賓もよく見えた。


 もちろんその中には帝国の要人であるお父様とエルファンス兄様の姿もあった。

 ただし、久しぶりに見る愛しいお兄様の顔はとても冷たく無表情で、私の方をまったく見ようともしなかった。

 それはいつか神殿入りが決まった時と同じ完全スルーの態度。


 式典には各国の大使が親書を携えて参列していた。

 和平条約とは帝国に対抗するために結ばれた四カ国同盟の参加国と、ガウス帝国の間で結ばれた条約。

 条約があってもいまだに各国間は緊張状態で、王族でこの場にやってきているのは小国ブロニーの王女リナリー・コットだけ。


 私は式典の間中、祈るような気持ちでその愛くるしい顔を見つめた。




 昼の行事はつつがなく終わり、いよいよ挙式発表予定の、夜のパーティーの時間が訪れた。


 アーウィンにエスコートされて華々しい会場に足を踏み入れた私は、リナリー・コットの姿を求めて周囲に視線を走らせる。


 幸い彼女の姿は、さすが一国の王女だけあってとても目をひく容姿なので、すぐに見つけることができた。


 蜂蜜色のふわふわの髪に夢みるような緑色の瞳、ミルク色の肌、パールピンクのドレスを纏った彼女は、まさに花の妖精のように愛らしい。

 凄い、これが主人公の持つオーラなんだ。


 そんなリナリーの傍らに控えているのは、ブロニーの宰相の息子であるアメジストの瞳をした天才軍師サイラス様だ!

 ちなみに彼は私が出会った「恋プリ」のキャラ5人目にあたる。残り4人に会う機会があるとは思えないけど、久びさにゲーマとしての喜びを感じた。


 と、私の視線の方向をたどったのか、ふとアーウィンが彼女に目を止め、一人でそちらに歩いていく。

 私は期待を胸に、かたずを飲んで二人の接触を見守る。

 ところがリナリーに近づいたアーウィンは、ほんの短い挨拶だけ済ませ、さっさとこちらに戻ってきてしまった。


 いやああああああああ!?


「おおおお王女をダンスに誘わないの?」


 思い切り動揺する私にアーウィンは済まし顔で答える。


「普通、一曲目は婚約者と踊るだろう?」


 だってゲームではゲームではゲームでは……。


 そこで重要な事実に気づく。


 そうか、ゲームのアーウィンには婚約者がいなかったんだった!

 なんてことだ……!?


「今日のお前はいつもに増して美しい、まさに並ぶ者がいない程に……」


 激しいショックを受ける私の気も知らず、アーウィンがうっとり見つめながら、片手を取って背中に腕を回してくる。


 私はと言えば踊っている間中、悪夢の中にいるようだった。


 だから数曲ダンスが終わり、アーウィンが飲み物を取りに行った隙に、耐え切れなくなってテラスへ逃げ込んだ。


 こんなはずじゃなかった。

 何もかもがうまくいかない。

 これじゃあ婚約解消かなわず、挙式の日になってしまう……。

 どうしたらいいの?


 絶望的な思いの私が、一人手すりにもたれて涙を流していると、不意に背後に誰かの気配がした。


 アーウィンかと思って振り返ると、そこにいたのは私の最愛の人――エルファンス兄様だった。

 お兄様は現れるなり私の手首を掴み、怖いほど真剣な瞳で訊いてきた


「約束の日は今日だったな。何か変わったか?」


 強く握られている手首が痛い。

 言葉に詰まった私は、答えの代わりに唇を噛んで涙をこぼした。

 せっかく久しぶりに大好きな人と会えたのに……。


「他人の婚約者を何泣かせているんだ? エル」


 そこに私を探し、飲み物を手にしたアーウィンが、怒りをゆらめかせるように歩いてきた。


「……他人の? フィーが一体、誰の者だと言うんですか? 殿下」


 即座に振り返り、挑戦的な口調でエルファンス兄様が尋ねる。


「分かりきった質問をする程、お前がまぬけだとも思えないが?」


 アーウィンも好戦的な眼差しでそれを受ける。


「本気で尋ねているんですよ殿下。

 世の中には他人の者だとわかると余計に欲しがる子供のような人間がいるものだ」


 まさに慇懃無礼を地でいくような話し方。

 皇太子に向かってこんな物言いをしていいわけない。

 にもかかわらず感情に任せて言ったとは思えない、低く、冷静な声音だった。

 エルファンス兄様はもう自分の立場も何もかも、どうなってもいいと腹をくくっているのだろうか?

 たとえば国を破壊してもいいと思うぐらい?

 ……まさか……そんなことないよね……?


「たしかそのテーマについては、以前、叔父上とも言い合ったことがあった。

 フィー、お前も覚えているだろう?

 元々の、根本的な権利について主張する俺に対し、叔父上はそんなものは関係ないと言い切った。

 忘れもしない、結論はお互いの見解の相違というものだったな。

 してみるとこの話し合いも、結局のところはそこに終結するんじゃないのか?」


「その前提すら疑わしいというのに? そのような無茶な主張をなされたのですか殿下?

 叔父上には正気を疑われませんでしたか?」


 王子らしい華やかな白の礼服と、魔導省の漆黒の制服を着た対比的な二人は、鋭く睨み合いながら冷たい舌戦を交わし合った。


 あまりにも険悪なムードに血の気が引き、鼓動が狂ったように打つのを感じる。

 どうしよう……どうしたらいいの?


 二人に挟まれた私は混乱状態で固まったまま、ただ成り行きを見守ることしか出来なかった……。




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