運命を変える意志
夕食の席に出るために光沢のある豪華な水色のドレスに着替えた私は、鏡の中の自分にしばし見惚れてしまう。
お兄様にも言われたけど、本当に妖精か何かみたい。
さすが西洋風のファンタジー世界というか現実離れした美しさだ。
自分で言うのもなんだけどまさに絶世の美少女。
ヒロインが可愛い系でフィーネは美人系なんだけど、スタイルも顔もあきらかにこちらのほうが勝っている。
そこまで考えて私ははっとして頭を振る。
(いけない、いけない、自惚れている場合じゃない)
これから会う皇子達への対応策を考えなくてはいけない。
まずは今までの記憶をおさらいしよう。
たしかエルファンス兄様とは違い、私はこの双子の皇子の前では猫をかぶってきたはずだ。
少なくとも11歳の時点ではベタベタと甘え、つきまとっていただけだったはず。
それだけでも充分迷惑行為かもしれないけど。
とにかく二人には好かれるよりも、嫌われていたほうが都合が良い気がする。
間違っても恋愛なんかに発展しないように。
つまり、謝らないというのも一つの手。
人の礼儀より優先すべきなのは自分の命だもんね。
とにかく目指すべきは一つ。
未来の婚約回避だわ!
「まあ、フィーネ、心配していたのよ。身体の方はもう大丈夫なの?」
卓上に並ぶ贅を尽くした豪華料理を前に緊張して座っていると、扉から現れたセシリア様がさっそくいたわりの声をかけてくる。
「はい、この通りすっかり元気になりました。ご心配をおかけしてすみません。
あと、療養中、素敵な贈り物をありがとうございます」
公爵令嬢らしくはないかもだけど、自分なりにせいいっぱいのお礼の言葉を述べる。
セシリア様に遅れて二人の皇子達も食堂へと入ってきた。
白金の髪に青灰色の瞳をしたアーウィンと、漆黒の髪に同じく青灰色の瞳をしたクリストファー。
二人は二卵性で面差しが違うものの、ともに13歳の絶世の美少年だ。
「フィーネ、雷に打たれても死ななかったとは、ずいぶんしぶといな」
現れるとともにさっそく毒舌をふるうアーウィン。
綺麗な顔して酷いっ。
「そんな言い方するなよ。まあ、確かに、フィーネは殺しても死なないタイプだけどな」
出だしだけ優しげで、やはり辛らつな言葉を吐くクリストファー。
双子なだけあって根本的な性格は似ているみたい。
――しかし、この言動からひしひしと伝わってくる。
記憶を思い出すまで意識しなかったけど、私、この二人にかなり嫌われているみたい……。
「まあ、あなたたち、冗談でも言っていいことと悪いことがあるわ。ごめんなさいね、フィーネ。思いやりも礼儀もない息子達で」
「いいんです、セシリア様。実際私はこの通り、雷に打たれてもぴんぴんしてますもの」
アーウィンと同じ白金の髪に青灰色の瞳で、悠然と微笑むセシリア様はまさに淑女の鏡。
上品で優しくて、他人に気を使えて、優しさに満ち溢れている。
私もできればこういう、内面から美しさが滲み出るような女性になりたい。
「病み上がりの妹をあまりいじめないでくれないか?」
そこでエルファンス兄様が、非難するような眼差しを二人に向けた。
私は少し赤面する。
(私、さっきお兄様と……きゃーっ)
今までの仕返しと慰めの口づけを何度もされちゃったのよね。
思い出すと同時に顔から発火しそうになっていると、エルファンス兄様が少し笑って目くばせしてきた。
それだけで私は胸がいっぱいになる。
だって今まで知らなかった。
自分を気にかけてくれる存在がいるだけで、こんなにも幸せな気分になれるなんて……!
逆に嫌われている相手からの悪意。
アーウィンやクリストファーから送られる、冷や水を浴びせられるような感覚にはおぼえがある。
やっぱり精神的にきついし、一度二人に謝っておいたほうがいいのかも。
そのうえで以降は関わらないようにすればいいんだし。
とはいえどうやって謝罪したものかと、思案しながらの食事はなかなかはかどらなかった。
「食欲がないのかい、フィー?」
お父様が心配そうに問いかけてくる。
「ごめんなさい。お昼に甘いお菓子を食べすぎたみたい」
と言ったのは嘘で、お菓子なんか一つも口にしてない。
「そうか」
一応お父様はそれで納得してくれたようだった。
「フィーは痩せ過ぎだし、もっと肉をつけるために無理してでも食べたらどうだ?」
アーウィンがフォークに刺した鴨肉を持ち上げながら冷笑する。
「確かに、以前と比べてかなり痩せたみたいね」
心配そうな瞳で私を見るセシリア様。
「女というものはすぐに痩せたがるからな。鳥ガラみたいな身体は全く魅力ないのに」
冷ややかな視線を私に送りながらクリストファーが薄笑いする。
どうやら双子でも辛らつさでは、未来の婚約者の彼に軍配が上がりそう。
「そうですね。頑張って食べます」
コクッと頷くと、私は意を決して、口の中に大き目の肉の塊を放り込んだ。
それから頑張って咀嚼して飲み込もうとする。
「うっ……」
ところが、やはりストレスのせいか胃腸が弱っているみたい。
飲み込んだ直後に戻しそうになる。
両手で口を押えて必死に吐き気を堪えていると、
「大丈夫か!?」
エルファンス兄様が素早く席を立ち、テーブルを回って駆け寄ってきた。
「フィー、大丈夫か?」
続いて腰を浮かしかけたお父様を、エルファンス兄様が手で制する。
「私がフィーを介抱しますから、父上は皆さんと食事を続けていて下さい」
きっぱり言うとお兄様は軽々と私の身体を横抱きにし、速やかに部屋から連れ出してくれた。
「……お兄様……私は自分で歩いて部屋まで行けますから……。どうかおろして、食事の席に戻って……」
エルファンス兄様に迷惑をかけたくなくて涙目で懇願する。
「駄目だ。このまま部屋に戻っても気になって、とても食事が喉を通りそうにない。まったく、我ながらどうかしてしまったらしい。お前があまりにも健気だから……」
ほどなく寝室へ到着すると、エルファンス兄様は壊れ物のように私をベッドに下ろした。
それから侍女を呼んで洗面器を持って来させ、下がらせる。
二人きりになるとベッドの端に腰掛け、お兄様は寝ている私の頭を撫でてくれた。
そうしながら上から観察するようにじっと見つめてくる。
「まだ本調子じゃないようだな。酷く顔色が悪い」
「少し休めば大丈夫……。食後のお茶までには戻って、皆に元気な顔を見せないと……」
私の言葉にエルファンス兄様が深く溜め息をつく。
「他人に気を使うなんてお前らしくない。本当にどうしてしまったんだ……どうしてこんなに可愛くなってしまったんだ……」
「……お兄様……だめ……!」
顔が下りてくるのを見て、何をされるか察知した私は、慌てて顔を手で覆う。
けれど非力な腕は一瞬ではがされ、次の瞬間、エルファンス兄様の唇で唇を塞がれていた。
幸いにもすぐ顔が離れて私はほっとする。
だってされている間、心臓がドキドキし過ぎて呼吸がうまくできないんだもん。
甘い沈黙のあと、お兄様が話を重い調子で話を切り出す。
「……実は先日、父から皇子達とお前の婚約についての意見を求められたんだ」
衝撃を受けて私は息を飲む。
知らなかった! 11歳の時点で婚約話が出ていたなんて!
「先日セシリア様から打診があったらしい。お前を息子のどちらかと婚約させたいと」
「そんな……」
思わず血の気が引いてめまいがする。
頭を抱えた私にエルファンス兄様が意外そうな声を上げる。
「まさか、ショックを受けてるのか? お前はあの双子達が大好きだろう?」
「私は……私は…」
婚約して死亡ルートは絶対嫌!
「婚約なんてしたくない」
恐怖で全身が震える。
「うん、俺も同じ気持ちだ。以前は早く追い払ってしまいたかったが、今はお前を俺の手の届かないところにはやりたくない」
「お兄様……」
私は嬉しさにぼーっとしてしまう。
「ところが、決まってないのは双子のどちらとするかということだけで、婚約自体は決定事項らしい」
そっ、そんなっ――嘘でしょう!?
ということは、婚約回避不能?
どうにかならないの!?
死にたくない一心で頭をフル回転させた私は、その時、天啓のように閃く。
皇族の花嫁は「純潔」でなくてはいけないということを。
たしか以前エルファンス兄様に夜這いをかけた時も「お前の大好きな皇子達と結婚出来なくなるぞ?」と脅され記憶がある。
そうやっていつもお兄様には拒絶されっぱなしだったけど……。
しかし、この私フィーネは、早熟な肉体をした美少女。
13歳までに男性と事に及べば、お父様も皇子達との縁談を断るしかなくなる。
探せば絶対、相手をしてくれる男性がいるはずだよね。
そうだ、13歳の春までに経験しちゃえばいいのだ!
「フィーネ? 何を考えている?」
「……私、二人とは絶対婚約しないわ……絶対に……!」
そう、どんな手を使っても。
「ああ、そうだな。お前が嫌なら俺も協力しよう」
エルファンス兄様の優しい言葉に力を得て立ち上がる。
「もう大丈夫。お兄様、食堂に戻りましょう」
「無理していないか?」
「うん」
エルファンス兄様は観察するように私の顔を見つめたあと、さっと唇を重ねてくる。
「なら、行こう」
いつまでも弱ってばかりいられない。とにかくせっかく生まれ変わったんだもの。
味方してくれるお兄様に報いるためにも、長生きして幸せにならなくちゃ!