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帰り道の危機

 どっ、どうしよう。エルファンス兄様にセイレム様との関係をどう説明しよう…!


 師匠で護衛で同居人? 毎日つきっきりで指導と世話をしてくれていた人?  

 正直に話せば話すほど、さらにお兄様を怒らせてしまう自信がある!


 想像して嫌な汗をかきながら、私が考えあぐねいていると――


 ふっ、と、緊張をとくようにエルファンス兄様が溜め息をついた。


「まあ……いい、言いたいことや訊きたいことは山ほどあるが、今は何よりここから出ることを優先しよう――」


 ほっ、助かった!


「話は後でじっくり腰をすえて聞くことにする」


 って、言い方が怖いんですけど!



 バン、と勢い良く大扉を開くと、エルファンス兄様はさっと素早く私をお姫様抱っこした。

 そうして回廊を長いコンパスで足早に歩き出す。


 私はといえば間近にある端麗な顔に見惚れながら、王子様にさらわれるお姫様のような夢心地な気分だった。

 やっぱり私のお兄様は世界一素敵だなぁ。


 なんてうっとりしている間に。

 驚くべきことに4年生活していた私でさえよく分からない入り組んだ構造の神殿なのに、エルファンス兄様は迷うことなく一発で出口へと到着した。


 外はもう夜明け近くだった。

 私は4年ぶりに神殿から出られた感動に、遠ざかって行く白亜の建物を感慨深い思いで見返す。


 やがて門に差し掛かると人が出てきて、繋いでいた馬と一緒に道中の飲食物が入った革袋を渡された。


 ちょうどエルファンス兄様の助けを借りて馬の背に乗る途中、恥ずかしいことに私のお腹がぐーっと鳴ってしまう。

 そういえばしばらく何も食べてなかった。


「ほら」


 その音が聞こえたらしい。馬の背の前側に座った私に背後からお兄様が革袋からパンを一つ手渡してきた。

 少し恥じ入りつつ受け取った私は、さっそく大きな口を開けてぱくつく。

 あっ、このパン、私の好きな蜂蜜が練りこんである甘いやつだ。


「おいしいっ! お兄様も食べる?」


「……いや」


 エルファンス兄様は断ると、後ろから私の身体を囲うように手綱を握り、ゆっくりめに馬を進め始めた。


「本当においしんだよ?」


「どうでもいいが、お前は食べ方が子供みたいだな」


 肩越しにパンかすをいっぱいこぼしている私を見やり、お兄様が呆れ声で呟く。


 だってこのパン、崩れやすく、カスが出やすいんだもん!

 そういえばセイレム様にも同じことをよく言われたな、などと考えながら残りのパンを口に押し込んだとたん――


「うぐっ」


 いっぺんに飲み込もうとしたせいでパンが喉に詰まってしまった。


「大丈夫か?」


 エルファンス兄様は今度は目を白黒させている私の口元へ水筒の飲み口を押し当ててきた。

 私はやっとの思いでパンの塊を葡萄ジュースで流し込み、どうにか窒息死をまぬがれる。


「ふー、死ぬかと思った」


「……」


 ――と、背後のお兄様が無言になる。

 ひょっとして4年経過しても相変わらず子供みたいな私にどん引きしちゃった?


 不安に思ってると顎を掴まれ、強引に顔を横向きにされる。


「あっ」


 目の前に現れた深い青の切れ長の瞳を驚いて見ていると唇を貪られてしまった。


「甘いな……」


 熱い吐息とともにエルファンス兄様の顔がいったん離れ――

 解放された私はしばし熱に浮かされたようにポーッとしたのち、はっと、気がつく。

 自分の胸元にセイレム様から貰ったペンダントが思い切りかかったままであることを――


「お、お兄様、な、なんか包むものない?!」


 慌てて首からペンダントを外してお兄様に訊く。


「これでいいか?」


 脇から差し出されたハンカチを受け取ると、私はペンダントをさっそくくるみ、鞍の部分に下げられた革袋の中に大切にしまった。


 うん、これでよし!

 このうえセイレム様にエルファンス兄様とのラブシーンを見せ続けるわけにはいかないもんね。


「ほら」


 ほっと一息ついていると、お兄様がまた新しいパンを手渡してくる。


「ありがとう」


「いっぱい食べた方がいい」


 先刻とは打って変わって優しい口調だった。


 たしかに寝たきりだったせいで今の私ってみっともないぐらいガリガリだもんね。


 そうでなくても私はいくら食べても太らない体質で華奢だった。

 こうなる前は出るところは出ていてスタイルは良かったはずなんだけど。

 この一週間で病的に細くなった腕を見つめ、私は急に不安をおぼえる。


「お兄様は痩せている女は嫌い?」


「嫌いもなにも、俺は女の体型など考えた事もない。

 お前が肥ろうと痩せようと俺の中では何ら変わらない。

 単にたくさん食べてお前に早く体力を回復させて欲しいだけだ」


 エルファンス兄様ってば生まれつきの美形だから他人の容姿に寛容なのかしら。


「私はお兄様がデブになったら嫌かも!」


 前世の私はデブだったからデブが嫌いだったりする。


「体型よりフィーはその気の多いところをどうにかすべきだ。

 神殿にいる時のお前の目付きで、あのセイレムとかいう大神官に気があるのが一目瞭然だったぞ」


 エルファンス兄様の鋭い指摘に、飲んでいた葡萄ジュースが気管の変なところに入ってしまう。

 ゴホッゴホッと咳ごむ私の背中をお兄様が撫でさすってくれた。


 わっ、私が顔に出やすいのかお兄様の勘がいいのか分からないけど、バレバレだったとか辛すぎるんだけどっ!


「だから俺はお前が神殿へ旅立つ時も念押ししたんだ。

 いくら雷で打たれて性格が矯正されたとは言え、浮気症まで治っているとは思えなくてな」


 お別れ前の夜「他の男を見るな」「口もきくな」と言っていたのはそういう意味だったのか。

 否定したくても、アーウィンに唇を奪われたり、セイレム様にフラフラしていた憶えがあるので何も言えない。


 これからはお兄様に信頼されるように、この隙が多くて流されやすい性格をどうにかしなきゃ。

 私は反省して騎上でしょんぼりとうなだれた。


 エルファンス兄様のお説教タイムはさらに続いた。


「――とにかく、お前の事はもう信用できないし、二度とこの腕から出して貰えると思うなよ?

 これからは俺の目の届かない場所に行くことなど認めないからな」


 いちおう神殿では聖女修行もまじめにやっていたんだけど……。


「分かってるな。屋敷に帰って少し体力が戻ったら、今度こそお前を完全に俺の物にする。

 もう19歳まで待てとかいうたわ言は二度と受け付けない!」


 きゃっ! そ、それって……いよいよ……私は……お兄様と……!


 想像しただけで全身が燃えるように熱くなって、恥ずかしさにのたうち回りそうになる。

 こんな状態じゃ、いきなりは無理かも!

 心の準備というか、やっぱりある程度は段階を経て欲しい。


 それにしてもこの流れ。

 まさに「恋プリ」というか乙女ゲーム的に言えば、エルファンス・ルートへ突入って感じ!


 ルートといえば恋プリのシナリオが始まるのって確か12月なんだよね。

 今10月半ばだからあと一ヶ月半!


 このまま公爵令嬢の生活に戻るとヒロインちゃんにモロ出会うことになってしまう。


 私デフォルト名ってあんまり使わなくって「恋プリ」もトモコって名前でプレイしてたんだけど。

 ヒロインの名前って『リナリー・コット』だったよね。


 記憶によるとゲーム開始直後の選択肢に『ガウス帝国に大使に行くか』っていうのがあって、それがこの帝国のキャラルートへの入り口になっている。

 もしもその選択肢を選んでこの国へやってきてリナリーがお兄様に接近したら、私っ絶対に嫉妬して全力で妨害しちゃいそう!


 ――想像した瞬間――「恋プリ」のエルファンスルート・プレイ時に見た、ヒロインとお兄様との熱いラブシーン・スチルが次々と脳裏に浮かんでくる。


 うぎゃーーーーーっ。


「駄目っ!」


「急になんだ?」


 私は興奮してはーはーと肩で呼吸をする。


「浮気は駄目、絶対!」


「俺がいつ浮気したんだ?」


 エルファンス兄様は少し考え込み。


「――ひょっとしてミーシャ様との婚約の事を言ってるのか? 

 あれは断わったし、彼女はまだ13歳だぞ?」


 そっ、そうじゃないけどその婚約話も凄く気になる!

 自分の浮気は棚上げしてお兄様の周りの女性の影が全て許せないという、自分勝手なこの乙女心。


「だって、お兄様は11歳の私にいきなり凄いキスをしたじゃない」


「……あれは……お前が……」


「え?」


「お前の態度が急に変わるから、強く自分に引き戻したいというか、繋げておきたくて……つまりお前がそうさせたんだ」


 私のせい?


「大体、お前の11歳の時なんて見た目14歳ぐらいだったじゃないか」


 なにそれ老け顔って事?

 これは可愛い系のリナリーに出会う前にぜひとも確認しておかねば!


「お兄様は可愛いタイプと美人タイプならどっちが好き?」


「なんだ、急に……」


「ねえどっち?」


「……俺が好きなタイプは……」


 答えながらエルファンス兄様は私の頬に大きな手を当てて横向きにさせ、


「黒髪で青い瞳をした白薔薇のごとき乙女だ――」


 吐息まじりにささやき、ねっとりと唇を重ねてから「わかったか?」と確認する。


 甘い口づけにポーッなった私はコクコクと頷く。


「そう言うフィーこそどうなんだ? より美しいものが好きだと言うのがお前の口癖だったじゃないか。 

 あの女みたいに綺麗な大神官なんて、まさにお前の好みそのものじゃないか?」


 再びお兄様のチクチクした嫌味攻撃が私に刺ささってくる。


「私の好みのタイプは銀髪と青い目のちょっと冷たい感じがする美形です!」


 ここは強く主張しておかねばと私は大声で宣言した。


 そんなたわいない(?)会話をしていたとき――


 ふとエルファンス兄様が「しっ」と私の唇の前に指を押し当ててきた。

 林の中を通る暗い一本道を通っている時だった。


「どうしたの?」


「後ろから何かがついてきている」


 その返事を聞いて振り返った私の瞳に、数十メートル離れた距離を追ってくる赤い二つの眼光が映る。

 さらに目を凝らすと犬のような黒い影がついてきてるのが見えた。


「狼?」


「このナーブの林周辺にはヘルハウンドが住んでいると聞いた事がある。群れで行動するから泣き声で仲間を呼ばれると数が増えて厄介だ」


「きゃーっ、どうしよう!」


 パニックのあまり私は馬上で身体を回し、エルファンス兄様の身体にしがみつく。

 そんな私に笑いかけながら、


「こうするんだ」


 エルファンス兄様は懐から見覚えがある銀色に光る得物を取り出した。


 わっ、これ、知ってる! 恋プリに出てきた、魔具ディーダだ!


 ディーダは高名な魔具職人が作ったお兄様専用の筒状で銀素材の魔道武器だった。

 あらかじめ武器の全体に術式が刻印されていて無詠唱で攻撃魔法を放てる――かつ持ち主の魂名も刻まれているので他の者には決して扱えない。


「恋プリ」では偏ってセイレム様ルートばかりやっていた私だけれど、エルファンス・ルートもきっちり攻略&全スチルとエンドを回収をしていた。

 だから他のルートの細かい設定もばっちりカバーしている。

 とは言え恋愛ゲームのおまけのような魔法設定なのでそんなに複雑じゃないんだけどね。


 この世界では魔法を使うための力を魔力または聖なる力と呼ぶ。どちらも本質は同じものだけど、何かを破壊するような力を魔力、逆に守るようなものを聖なる力と呼ぶことが多い。

 個人レベルの魔法では生まれ持った魔力を使う。だけどお兄様の所属している帝国の軍部では、国内で採掘された魔石から魔力を取り出して使う魔導が主流。

 魔道具ディーダにも弾のかわりに魔石を込める箇所がある。

 と言っても魔石の魔力を使うには個人の魔力を共振させて調整する必要がある。ゆえに魔導士になれるのは先天的に魔力を持つ者のみ。


 エルファンス兄様が胴体をねじり、ディーダの先端を黒い影へと向けて構えた刹那、先端から青い炎の筋がほとばしる。


 直後、轟音とともに青い炎が爆発したように燃え広がり――獣の断末魔の叫びが林中に響き渡った。

 愛用武器を懐にしまいながらエルファンス兄様が薄く笑うって言う。


「灰になっては仲間も呼べまい」


 私はといえば相変わらずお兄様に抱きついた状態で、馬上から燃えさかる青い炎の光を眺める。


「綺麗」


 たしか炎は赤よりも青の方が温度が高いんだよね。

 冷たく見えて熱い、まるでお兄様そのもののような炎の色だと思った――


 魔石は純粋な魔力の塊でそれ自体は無属性なので、利用時には扱う人間が持つ魔法属性が反映する。 

 エルファンス兄様の場合はそれが「炎」と「風」で、二つ併せて使うと強力な「青色の炎」を生み出せる。

 しかし生まれ持った強力な魔力ゆえに「銀色の悪魔」と母親に呼ばれて育ったお兄様は、人前で魔力を使うことを極端に嫌っていた。

 そのせいか私もこの青い炎はゲーム内でしか見たことがなく、転生してから初めて今目にした。


 ゆらゆらと揺れる炎を見つめているうちに身体から、ふうっ、と力が抜けていく。

 あわせてテンションが高いうちは感じなかった疲労がどっと押し寄せてきてぐったりとしてしまった。


 そこに久しぶりに食べ物を胃に入れた気持ち悪さも手伝い、だんだんと目が回ってくる。

 そうしていよいよ首都の城壁が見えたあたりで、私の意識は完全に遠のいてしまった――


 失神しながら私はお兄様に純潔を捧げる重要イベント。愛されプリンセス・リナリーの登場。「恋プリ」のシナリオが始まりなど。

 これからの自分の運命に思いを巡らし、不安に飲み込まれていくようだった――


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