表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/53

脱走か死か

 ――16歳になったら夜も一緒に過ごす――


 それは神殿から逃げる期限を、ゲームシナリオが終わる18歳から、夜の生活(?)が始まる16歳へと一気に縮める――セイレム様からの爆弾発言だった――


 私は物見の塔から部屋に戻ると、ショックが大きすぎて本を読む気力もなく、フラフラとベッドに倒れこんでしまった。

 精神的ダメージが強すぎてしばらく他のことは考えられそうにない。


 ――あのあと塔で「そんな……神職は清らかな身じゃないといけないって……!」と、うろたえて訊く私に対し、

「それは修行の妨げになるのと、神殿内での集団生活における秩序維持のためにできた規則です。

 私はとっくに修行を終えていますし、二人きりの生活に秩序も何もないでしょう」と、あっさりセイレム様に否定した。


「恋プリ」のゲーム内での登場シーンでは「私は神職を預かる者として清らかな身でなければいけません。ですから女性との恋愛はご法度です」って確かに言っていたのに!

 そんでもって終盤近くでその言葉を翻し「今後、私は神ではなくあなたへの愛にこの身を捧げます!」という決め台詞まであったのに……!

 あまりにもゲームの設定を無視し過ぎている!


 純潔設定とは一体なんだったのか……。


 などとどうしよもないことを考えていても仕方がない。


 4年半のタイムリミットが1年半に短くなったんだと頭を切り替えるしかないよね。


 そうだ。こうなってしまった以上、19歳までここに止まっているわけには絶対にいかない。


「どうにか16歳までにここから逃げないと……」


 私にとってエルファンス兄様との約束は決してたがえることが出来ない、何よりも大切なものだから。

 たとえ死亡フラグを回避できたとしても、お兄様を裏切り汚れた身で公爵家に戻るわけにはいかない。

 考えたくないけどもしもそうなってしまったら、神殿永住エンドしか選択肢がなくなる――!?


「そんなバッドエンドは絶対に嫌っ!」


 私はガバッとベッドから跳ね起きると、これからの日々を神殿脱出に捧げることを心に誓った。



 ――そんな訳で物見の塔での出来事以来、私は密かに脱走計画に向けて動き出した。

 内心ではよりセイレム様への警戒心を強めつつ、脱出の成功率を上げるためには油断させるべきだと考え、表面上は友好的につとめた。



 しかし結論から言うと神殿からの脱走は、セイレム様が言っていたようにほぼ不可能。

 完全なる無理ゲーだった。



 先にも述べた通り、私が毎日行ける場所はごく限られている。

 具体的に言うと壁に囲まれた箱庭と書物庫、物見の塔の三カ所だけ。

 そのうえセイレム様がいつでもどこでもつねにぴったりつき添っている。

 さらにいずれの場所もあらかじめ人払いがされているらしく、そこにいたる経路までもが無人状態。

 他人に助けを求めることさえ叶わない。


 唯一顔を合わせる掃除や食事の配膳をする女官二人は、私との会話を禁じられているらしく、話しかけても必ず無視される。

 そんな状態では、メモ書きを渡しても無駄だろう。


 窓から逃げようと考えても、最奥殿の窓は天井近くにあり、椅子や机を積んでも上れないぐらい高い位置。


 まるっきり脱出の道が見えない!



 ――そうして二ヵ月後――


「痛っ!」

 私は今日も椅子を使って広間の扉と格闘していた。


 セイさん時代もそうだったけど、セイレム様にも大神官としての最低限度の仕事があるようで、週に一度は最奥殿を留守にする。

 他の手段が壊滅的な私に残されたのは、セイレム様が留守中にこの扉を破壊して逃げるという力技だけだった。


 最奥殿から外に出るには二つの扉をくぐらなくてはいけない。

 エントランスと広間にある扉はどちらも大きく頑丈で、おまけにセイレム様は外出時にしっかり施錠していく。


 しかも鋼鉄素材……。


「固すぎる……」


 びくともしない扉に日々、憎しみを募らせる私。

 外に出るエントランス部分どころか、この一枚目の広間の扉でさえ突破出来ない。

 扉を壊すのは限りなく無理みたい。

 そう分かっていても何もしないまま、大人しく待っているなんてできなかった。

 とにかく最後まで諦めたくない!


 そんな私の必死な思いが伝わったのか、その日、初めて奇跡が起こった――

 ドアが向こう側から勝手に開いたのだ――


 ひょっとして出かけたばかりのセイレム様が忘れ物でも取りに戻って来た?

 ギクリとして私が身構えていると、


「聖女フィーネ」


 扉の向こうから美しい妙齢の女性――聖女ロザリー様が姿を現した。


「ロザリー様!」


「やっと会えましたね。助けに来ました」


 これぞまさに天の助け!


「さあ、行きましょう」


 さっそく差し出されたロザリー様の手を迷いなく取り、導かれるままに私は後をついていく。

 エントランスにある外に続く扉前までくると、いったんロザリー様は立ち止まり、しっと指を一本口の前に突き立てた。


「――今、通路に人がいますから、もう少し待ってから行きましょう」

「わ、わかりました!」

「大丈夫、安心して下さい。私が必ずここから出してあげますから」


『必ず』という頼もしい言葉に、私の胸は大きな期待に膨らんでいく。

 この神殿から出られて家に帰れるの?

 エルファンス兄様に会える?


 はやる思いが止められず、私は扉に飛びついて外の気配に耳を澄ました。


「もう大丈夫でしょうか?」

「そうですね」


 ――と、ロザリー様が返事をするのと同時だった――


 背後からいきなり私の首に、ガッ、と腕が巻きついてきて、強い力で絞めつけてきたのだ――


「――ぐっ――!?」


 くっ、苦しい! 息が出来ない!


 突然過ぎて何が起こったのか理解できず、混乱している私の耳に――低くくぐもったロザリー様の声が聞こえる。


「……私には夢がありました。大聖女になってこの奥殿であの方とずっと一緒に暮らすという夢が……!

 あなたさえいなければその夢が叶うのです! 

 事実、私はあなたが来るまで一番大聖女に近いといわれていた存在でしたから……!」


 ロザロー様は万力のように絞めつける片腕に力を込めながら、もう一方の手で私の口元へ何かの飲み口を押しつけてくる――


「――さあ、お飲みなさい! あなたのために持ってきた猛毒です。

 あなたはこの不自由な神殿生活を悲観して、今ここで自殺するのです――死んでここから出て行くのですよ!」


「うっ……」


 唇に触れたのはぞっとするほどに生々しい死の感触。

 私はトロリと口中に流れ込んでくる毒を必死に吐き出そうと唾液をこぼす。


 死にたくない一心で身をよじり、ロザリー様の腕を必死にほどこうとしたけど――逆に絞めつけは酷くなり、首からミシミシと今にも折れそうな悲鳴の音が上がる。


 あ……、もう……駄目。


 急速に視界が霞んでいく……。


 ――遠のく意識にロザリー様の言葉が響く。


「私はあの人を一目見た時から心奪われ、男爵令嬢の暮らしを捨ててこの神殿へ入ったんです。

 あの人の傍にずっとずっといるためだけに……!

 その邪魔をする者は何人たりとも許しません……!」


 そんな――ロザリー様が――……!?

 優しく思いやりのある、清らかな人に見えたのに――


 セイさんに勝手な幻想を押しつけていたように、またしても私は見たい物だけを見ていたの……?

 その報いを受けてこのまま殺されて死んでしまう?

 エルファンス兄様にももう二度と会えない?


 まさに天国から地獄に叩き落とされる思い――


 絶望と後悔が頭の中を駆け巡る。


 思えばここに至るまでに逃げるチャンスは何度かあったのに、どれも自らフイにしてしまった。

 たとえばアーウィンが迎えに来た時。

 あるいはここに向かっている途中にお兄様と駆け落ちしていれば――!?


 ううん、こうなってしまうならいっそあの時、お兄様に純潔を捧げてしまえば良かった!!


 ああ……だけど……ひょっとしたら、死亡エンドしかない悪役令嬢である私は、何をしても死の運命からは逃れられないのかも……。

 どこに行ってもこうして死神に追いつかれるのかもしれない……。


 現に死亡エンドを回避したくて神殿へ逃げ込んだのに――結局こうやって殺されようとしているのだから。


 ――せめて最期に一目だけでも、愛しいエルファンスお兄様の顔が見たかった――


 苦しみより後悔の涙が溢れて止まらなかった。


 ――そうして私の意識は真っ黒な闇底へと飲み込まれていった――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ