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覚醒した日

初めて小説書いて投稿してみました。




「きゃぁっ……!」



 ――その覚醒の日まで――私はそれはのびのびと――

 生来の高慢ちきでわがままかつビッチな性格のままに、他人を踏みつけ、振り回し、弄んでは愉しんでいた。


 水のように流れる艶やかな黒髪に抜けるように白い肌。

 深海のような深い青のつぶらな瞳と、小悪魔的な美しい顔立ち。

 しなやかで華奢な女性らしい肢体。


 そんな美しく愛らしい容姿とは裏腹に、その内面には毒が詰まっていた。


 強大な帝国で権勢を誇る公爵家の娘という恵まれた立場を傘に来てまさにやりたい放題。

 まだ子供でありながら使用人に鞭を奮い、男性を誘惑しまくる。

 とにかく美しいものには目がなく、人でも物でも強欲に手に入れたがった。

 そうして溢れるような衣装や宝石、たくさんの異性に囲まれ、女王のように好き勝手に振る舞っていた。


 しかしその日は突然訪れた。


 それは11歳になったある日。

 文字通り、雷に打たれるように、ではなく、本物の雷に打たれ、前世の記憶を思い出したのだ。


 とはいえ、直撃ではなく、近くの木に落ちた電流が雨で塗れた地面を伝い、東屋で雨宿りをしていた私を貫いた。


 そのまま昏倒した私は、三日三晩目を覚まさなかったらしい。


 そして死の淵から生還した時には前世の記憶が蘇っていた。


 ――そう、享年35歳。ヲタクのうえにデブス。筋金入りの喪女でもちろん彼氏いない歴=年齢。

 白井智子だった頃の人生の記憶が――



 当然ながら、その日から私の性格は一変した。


 それまでの強気さは掻き消え、控えめを通り超して陰気。

 自身の存在感を極力消そうとし、人目が怖がって一人でいることを好んだ。


 あまりの変わりように周囲の者は驚き、特に娘を溺愛していた父はかなり動揺した。

 まるで別人のようだと。


 しかし、前世を思い出しても今世の記憶はしっかり残っている。

 ゆえに怖かった。

 周囲の者達の自分を見る目が。

 

 だから家で静養していたこの一ヶ月間、今まで虐げてきた使用人達には特に懺悔の気持ちで接した。

 コミュ障なのでうまく言葉では伝えられなかったけど、そのぶん態度で反省を示したつもりだ。


 そうしながらも胸中には絶望的ともいえる危機意識があった。


 なぜならここはどう見ても、前世でやり込んでいた乙女ゲーム「恋と戦のプリンセス」の世界。

 そして転生した現在の姿――フィーネ・マーリン・ジルドアは、間違いなくヒロインの恋敵の「悪役令嬢」だったからだ。


 「恋と戦のプリンセス」、略して恋プリは、小国の姫君が戦乱のなか、各国の王子や騎士などのイケメン達と繰り広げる、戦略+ラブ・ファンタジーゲーム。


 主人公は、周りを大国や強国に囲まれた小さな国のプリンセス。

 自国を守るため、帝国の皇太子のハートを射止めたり、天才軍師と恋をしたり……とにかく、国の命運が恋愛によって変動するシステムの乙女ゲームだ。


 そしてこの私フィーネ・マーリン・ジルドアは、メインの攻略キャラのガウス帝国の皇太子アーウィンの弟、第二皇子クリストファーの婚約者役。

 恐ろしいことに彼女はそのビッチ気質から、ガウス帝国にいる隠し開放キャラ以外の三人、全てのルートで大活躍する。

 婚約者である第二皇子はもとより、その兄である皇太子にも言い寄る。

 さらに皇太子の親友でありフィーネの義兄である帝国の天才魔導師エルファンスにも執着し、ヒロインの恋を妨害しまくるのだった。


 ああ、そうだ。そうなのだ。


 すでに私は11歳ながら3人をロックオンしていて、誘惑しまくっていた。


 なにより最悪なことに3人のルートでのフィーネの末路はいずれも死亡エンド。

 ヒロインへの暗殺計画がばれて、ついでにこれまでの殺人などの罪も暴かれ、広場で公開処刑されてしまう。


 怖い。怖すぎる。想像するだけで震えが止まらない。


 幸い、現時点ではまだ殺人は犯していない。


 断罪シーンを参考にすると、最初に人を殺すのは12歳の時。

 もう少し記憶を思い出すのが遅かったら、あやうく取り返しがつかないところだった……。


 死亡エンドを回避するには、殺人などの悪に手を染めないことはもちろん。

 できるだけ攻略キャラとも関わらないようにしなければ……。


 記憶によると第二皇子と婚約するのはフィーネが13歳の春。

 できればこの婚約自体を回避して、死亡フラグを折りたい!


 そして、エルファンス兄様。

 フィーネはジルドア公爵の一人娘なので、公爵家の跡取りとして、4つ年上の従兄弟の彼が5年前に養子入りしている。


 思い返せばこの5年間、私は同じ家に住むこの義兄に、一番しつこくつきまとってきた。


 どれぐらいかというと、深夜隠し通路から部屋にしのんでネグリジェ姿で迫ったり。

 拒絶されると今度は飲み物に媚薬を仕込んでまた夜這い。

 挙げ句に、父親に嘘のつげ口をされたくなければと、自分へのキスを強要……。


 これまでのことは今さらもうどうしようもないとして、今後はエルファンス兄様にも極力関わらないようにしよう……。



 そう硬く決意して毎日を過ごし、すっかり雷の後遺症もなくなり、体調も良くなったある日。

 いつものようにこれからのことを思案しつつ、裏庭のベンチで一人読書をしていると、


「フィーネ、私の天使、どこにいるんだい?」


 私を溺愛しまくりの父の呼び声が割と近い距離から聞こえてきた。


「ああ、ここにいたのか」


 ビクリと反応して読んでいた本から顔を上げると、近くに父と並んでエルファンス兄様も立っていた。


 4歳上のエルファンス・ディー・ジルドアは、銀髪にジルドア家特有の深い青色の切れ長の瞳を持った、冷たいほど容姿の整った15歳。

 スラリとした長身で、その優秀さと恵まれた容姿は一族の中でも抜きん出ている。


「……お父様とお兄様、何かご用ですか?……」


 逃げ出したい衝動を必死に堪え、弱弱しく問う。


「いや、今夜の夕食会に、お前もぜひ参加するように言っておきたかったんだ。

 今夜は特別なお客様が来るからね」


「……特別ですか?」


 嫌な予感がする。


「ああ、皇妃であるセシリア様と、その息子の二人の皇子を招いているからね」


 第一皇妃であるセシリア様と父は従兄弟同士。

 幼い頃から仲が良かったらしく、お互い結婚してからも親しくつきあっている。

 そのおかげで今夜はよりによって、その息子であるアーウィンとクリストファーも家にやってくるらしい。

 エルファンス兄様に二人を加え、死亡フラグの三人に囲まれて夕食とか、恐ろしすぎる!


「わ、私も、参加しなくては、なりませんか?」


 泣きたい気持ちで訊く。


「で、できれば今日も、自分の部屋で食事を取りたいのです……」


「ああ、フィーネ、可愛そうに……!

 お前は雷に打たれてからというもの、すっかり人が変わってしまったのだな。

 薔薇が咲き乱れる庭園ではなく、こんな日当たりの悪いじめじめとした裏庭を好むようになり、一人で内に閉じこもって、まったく他人を寄せ付けなくなった」


 父は大仰に嘆いてみせた。


「食事も、本を読むのも、一人が落ち着くのです……」


「しかし今夜来るご三方は回復したお前の姿を見にくるのだ。顔を出さない訳にもいくまい。

 雷に打たれてからこの一ヶ月、セシリア様も皇子方も、お前のことをとても心配していらっしゃった。

 たくさんの見舞い品も頂戴したし、きちんと顔を見せ、お礼を言う義理があるのではないか?」


「……」


 お父様のおっしゃる通りだ。

 この一ヶ月間、三人からは花や菓子などのたくさんの見舞い品が届けられていた。


「分かりました……」


 観念して了解するとともに本を閉じ、この場から退散するために立ち上がる。


「どこへ行くんだ、フィーネ。父さんはもうちょっとお前と話したい」


「ごめんなさい……もう疲れたので、部屋で休みます」


 父はともかくエルファンス兄様がいる場所には長くとどまりたくない。


 断ったそばから、一刻も早くその場から離れたい一心で、小走りに玄関へと続く小道を辿っていく。

 すると、背後からタッタと誰かが近づいてくる足音がした。


「待つんだ…フィーネ」

「きゃっ」


 いきなり背後から強く腕をつかまれる。

 振り返ると苛立ちを浮かべた白皙の顔があった。

 追いかけてきたのは先ほどまでは終始無言だったエルファンス兄様だった。


「お前は本当に一体どうしたというんだ?

 もう一ヶ月もたつのに、少しも元に戻らないじゃないか」


「は……離して下さい!」


「以前はうるさく俺を追っかけ回していたのに、そうやって今は逃げようとする。

 まるで獰猛な肉食獣から、臆病な草食動物になったようではないか」


 ずいぶんな表現だ。


「そうか、わかった! これはお得意の悪趣味な冗談、演技なのだろう? いくらなんでもここまで人が変わるわけないものな」


 そう言われても仕方ないほど、以前の私は猫撫で声や泣き真似など、様々な演技を駆使して人の心を操ろうとしていた。


「違います……ただ放っておいて欲しいだけなのです……お願いだから、手を離して……!」


 泣きべそをかきながら懇願しても、エルファンス兄様は引かなかった。


「今まで散々人を振り回しておいて、ただ放っておいて下さいだ? ずいぶん虫のいい話だな」


 冷たく非難しながらも恐ろしいまでに美しい顔をどんどん寄せてくる。

 怯えて後じさりする私の背中が硬い感触――屋敷の壁にぶつかる。

 逃げ道を塞ぐようにドンと壁に手をつき、エルファンス兄様が両腕で私の身体を囲いこんだ。


 堪えきれず両目から熱い涙が吹きこぼれる。


「ごめんなさい、お兄様……二度とあなたに迷惑をかけないし、関わりません。

 だからお願い……どうか許して……! 何度でも謝りますから、ごめんなさい……ごめんなさい……」


 今の私にはこうしてただ謝ることしかできない。

 醜い容姿で35歳で死んだ私は、人生の喜びをほとんど知らず、部屋の中で孤独死した。

 せっかくこんなに美しく生まれかわったのに、さらに短い人生で終わりたくない。

 今度こそ長生きして、できれば人並の幸せを掴みたい!

 そのためには、死亡フラグである攻略対象のお兄様とのしがらみからも逃れなくてはいけないのだ。

 

 瞳から大粒の涙をポロポロこぼして訴えると、エルファンス兄様は、ほうっ、と熱っぽい息を吐いた。


「まるで真珠のように美しい涙だな。中身には腐った汚物が詰まっていると知っていても、その妖精じみた可憐な容姿には騙されそうになる」


 エルファンス兄様の長く細い指が私の頬に触れ、涙を拭い取る。


「いっそこのまま、まんまと騙されてしまおうか? そうやって弱りきり、儚い風情のお前を見ていると、これまではついぞ抱いたことのない衝動をおぼえる。ああ、わかった。やはりこれがお前の作戦なんだな?」


 切なげな呟きとともに鼻先が触れるほど義兄の顔が迫ってくる。

 悪い予感がして顔をそらそうとしたとたん、がっしり頭を押さえ込まれた。


「……嫌っ」


 拒否しても強引に義兄の唇が私の唇に重なってくる。

 そうして劣情をぶつけるように激しく貪ってきた。


 身をよじりながら必死に抵抗する。


 今の私は義兄に言い寄っていた私とは違う。

 11年より35年の記憶の方が重く、前世の記憶が今世の私を上書きしている格好なのだ。


 男性経験が皆無の私にこの刺激はあまりにも強すぎる。


「……甘い……お前の唇はこんなに……甘かったか?……」


 息つぎするように唇を離し、甘く問うと、また執拗に奪う。


 思わず腰から力が抜けていき、地面に崩れそうになる私を、エルファンス兄様の両腕がしっかりと抱きとめる。

 そうしていったん顔を離すと、息も絶え絶えの私を横抱きにして歩き始めた。


「下ろして……下ろして下さい……」


 いやいやをしながら力なく訴える。


「歩けない癖に」


 意地悪な視線と唇を下ろされ、涙を吸われる。


「……お前がこんなに可愛く見えるだなんて、どうやら俺の目はどうかしてしまったらしい。

 ……思えば、雷に打たれてベッドで眠り続ける無力なお前の姿を見た時から、錯覚は始まっていた……毒婦のようなお前がいたいけな少女にしか見えなかったのだから……俺の可愛いフィー……」


 ずっと疎まれ、時には憎まれているのだと思っていた。


「……可愛い……?」


 生まれ変わる前の私は不細工で暗くて誰にも好かれなかった。

 今生でも皆に嫌われ、たった一人愛してくれているお父様に元に戻って欲しいと思われている私は、誰にも必要とされていない人格だと思えた。


 しかしエルファンス兄様は違うの?


「お兄様は……今の私の方が……好き?」


 期待をこめて訊いてみる。


「ああ……そうだ」


 答えたエルファンス兄様の眼差しはいつになく温かいものだった。

 とたん、初めて自分の存在を肯定されたようで、嬉しさが胸に溢れてきた。


「……ありがとう……」

「フィーネ?」

「私、頑張って……、お兄様や、皆に……これ以上、嫌われないように頑張る……」

「……別に、嫌ってなどいるものか……結局、お前に何をされても……俺は……」


 続きの言葉は飲み込まれた。


 思えば前世も今もずっと一人ぼっちの私。

 死ぬのは怖いけど、孤独なのはもう嫌だ。

 見込みがあるなら、もっとこの人に好かれたい。

 そう願わずにはいられなくて、気がつくとエルファンス兄様の胸に顔をうずめてしゃくりあげていた。


「フィーネ……」

「お兄様……お願い……一人にしないで……」


 そんな私をそのまま寝室まで運ぶと、ベッドに寝かせ、お兄様も身を添わせて横になった。


「分かった、お前が望むなら傍にいよう」


 年頃の兄妹が添い寝なんて凄くおかしいのに純粋に嬉しかった。


 だって本心ではいつだって一人でいるのなんて好きじゃなかった。

 でも人に嫌われがちで悪意ばかり向けられていた私は、いつしか他人が怖くなっていた。

 

 嗚咽する私を慰めるように、エルファンス兄様はずっと頭や髪を優しく撫で続けてくれた。

 そして涙が止まるのを待って顔を近づけてくる。

 再び触れた唇の温もりになんだかほっとして、思わず微笑んでしまう。


「……花のようだな……」


 そのまましばらくベッドで抱き合っていると、階下から「エルファンス」と呼ぶ父の声がした。


「行かないと……」


 名残惜しそうに私の顔の輪郭を指でなぞる。


「うん……分かった。ありがとう、お兄様……」


 最後にまた唇を重ね合わせてから起き上がり、エルファンス兄様は部屋を去って行った。

 一人になった私はようやく思い出す。

 今夜は夕食会で、もうすぐあの二人がやってくることを。


「……今度こそ幸せになるために、頑張らないと……」


 まだ残るエルファンス兄様の温もりに勇気を得ながら、私は自分に言い聞かせた。





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