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番外 昔々のあの時に

ネタはいろいろ出てくるのに執筆速度が遅い蛹です。

初めの頃は時間に余裕があり、やる気十分だったので1カ月で5本書き上げていたときもあるのに今では月一も危ない。

とりあえず、66話が最終話予定で現在は65話執筆中。

さて、今回は無駄にシリアスで過去話。

コメディ分は無し…すみません

『信じてはいけない』


それは幼い頃、彼女達が学んだ何よりも正しい真実。


一人の少女は生れついた身分のために毎日のように笑顔の大人たちに囲まれていた。

誰もが同じ顔を彼女に向けていた。

まるで同じ仮面を付けているかのように。

少女はその仮面を付けた者達にいつしか恐怖を覚えた。

仮面を付けた気持ち悪い【化け物】に怯える毎日。

彼女は【化け物】から身を守るために剣や鎧では無く、己の内心を隠す物。

己自身にも仮面を付ける事で己を守った。

その日から彼女も【化け物】となった


………

……


今日も彼女は【化け物】と戦った。

幼い彼女に隣国の貴族という名の【化け物】は笑顔で媚を売り、彼女の護る宝を狙う。

彼女の後ろには王と王妃という権力があるのだ。

【化け物】たちにとっては喉から手が出るほどの財宝。

今日も笑顔の仮面を付け、先ほど別れたばかりであった。

少女は浴場へ向かっていた。


――汚い、汚い、汚い、汚い汚い汚いきたないきたないきたナイキタナイキタナイ…


【化け物】に手を握られてしまった。

直ちに清めなければならない。

その一心で廊下ですれ違う他国の【化け物】達に笑顔で会釈をしながらも早足で浴場へ向かった。

フッと目の前から少女の父のお付きの執事であるジュニアールが彼女よりも幼い少女達を連れて、こちらに歩いてきた。

少女は少し彼女達が誰なのか気にはしたが特に会話することもなく、すれ違うつもりであった。

ジュニアールは少女に気づき、その場で立ち止まり、深々と会釈をする。

それに目を向けることなく、少女は彼の横を通り過ぎた。

しかし、少女は数歩進んだ先で立ち止まり、後ろを振り向いた。

ジュニアールはすでに少女に背を向け、先に進んでいる。

しかし、ジュニアールと共にいた2人の幼い少女はジッと少女を見つめていた。

いや、幼い少女達は少女を睨みつけていた。

自分の横にいない幼い少女達に気づいたジュニアールは後ろを振り向き、慌てて幼い少女の手を引いていった。

少女はしばらくその場で固まっていた。

もしかしたら初めてのことではないだろうか。

睨みつけられたのだ。

それも仮面ではない、素の表情で。

少女は王女であった。

その王女に睨みつける己よりも幼い少女達。

少女は彼女たちの事を忘れる事は無かった。



………

……


『普通になりたい』


それは幼い頃、彼女達が切に願った願望。


一人の少女は幼いながらも己が境遇を理解していた。

親はいない。

教会前に捨てられた自分の身を呪った。

愚かな自分は毎日のように居もしない神にお祈りを捧げた。

いるのであればなぜ、あんなに優しかったシスター達が賊に皆殺しにされたのだ。

今でも床下に隠れていた時に聞こえてきた悲鳴と断末魔が夢に出てくる。

誰かがそれは試練だったのだと私に言った。

仕方ないことだと言った。


――もし、神が本当にいるのなら私が殺してあげよう。

――賊に天罰すら与えられぬ神なんて私はいらない。


悲劇の数年後、その時の賊を皆殺しにした彼女が神を否定した日に呟いた言葉。


………

……


「お付きのメイド…ねぇ……」

「私の方で何人か選抜はしました。後は王女様のご意見も伺おうかと…」


それは偶々、私が執事長の仕事の補佐をしていたある日のこと。

執事長と共に入った部屋の中には王女様がいた。

どうやらお付きのメイドをどうするかという話をしているようだった。

私は片耳にその会話を耳にしながら紅茶の準備をしていた。


「選抜の基準は?」

「メイドとしての力量と王女様を守れるだけの実力。裏関係も調査済みです」


紅茶を注ぎながらチラッと資料を覗くとそこにはメイドの中でも古参でベテランと言える先輩達の名ばかりであった。

王女様はその資料を手に持ち、チラッと目を通すとその資料を両手で持ちかえた。

すると、ビリッ、ビリリッと音が聞こえ、次の瞬間には部屋に紙吹雪が舞った。


「なっ、何を…!」


執事長の慌てた様子を見ても王女様はフンッと不機嫌そうに肘をつくだけであった。

何が気に入らなかったのかわからないが私は顔にそれを出すこと無く、紅茶を王女に差し出した。


「ありがっ……!?」


王女様は紅茶のお礼を言おうと私に顔を向けたが何かに驚き、言葉を失った。

そして、穴が開くのではないかという程に私の顔をジッと見つめてきた。

なにか粗相をしてしまったのであろうか?


「…面白いわね」


王女様はニヤリッと王女にあるまじきまるで悪人のような笑みを浮かべたのだ。

…それは私の顔の作りが面白いという意味でしょうか?


「この子にするわ。お付きのメイド」


唖然とする執事長の顔を私は生涯、忘れる事は無いでしょう。

王女様は立ち上がり、私に顔を寄せてきた。


「私は王女。貴方に拒否権は無いし、異論を述べる許可も与えない。」


横暴。

ただそれだけの言葉で表現できた行い、命令。


「ただ、私の命に忠実に、速やかに行動しなさい。それが貴方の存在理由よ」


何を言っているのだ?

そんな事が私が生まれた理由?

それは私に対する侮辱、存在の全否定だ。

捨てられたのも、虐められたのも、皆が殺された時に生き残ってしまったことも、全てはこの時のためだ、とこの女は言ったのだ。


「勝手に決めるな」


敬語なんてこいつには必要ない。


「王女様に何て口のきき方を…!?」

「いいのよ」


執事長が何か言っていたがあの女がそれを手で制する事で止めた。

そして、カップに手を伸ばし、それを飲み、それをテーブルに置く。

その際にカップで隠れていた女の口元がまるで悪魔のようにその口の端を吊り上げていた。


「あんたって姉妹がいるのよねぇ〜?」


女の笑みがとてつもなく恐ろしいものに見えた。

それ以上に怒りで頭がいっぱいになった。


「妹には手を出すなっ!」

「言ったでしょう。貴方には拒否権、異論は認めない。私の言う事に従っていればいいの」


そして、次の言葉をその口から語った。


「命令してあげましょうか?」


女は自身の首に親指を突き立て…


『妹の首をここに持ってきなさい』とか」


それを首を切る様に横に動かした。

その瞬間、あれだけ熱かった体と頭がまるで氷のように冷え切った。

私が握りしめたのは近くに置いてあったペーパーナイフ。

武器としては心もとないが関係ない。

女はナイフを握った私を見ても笑みを浮かべている。

ダンッと音が響くほどに強く地面を蹴り、手に持ったナイフを傷つけやすい女の眼に突き立てようと振り掲げた。

だが、あと少しというところで執事長に取り押さえられた。

物音に気付いたのか、部屋の外にいた衛兵も部屋に入ってきて、私を取り押さえた。


「王女様っ、なにとぞ慈悲をっ!この子たちはいまだ幼い身。許される行為ではありますがこの私の首を差し上げますので何とぞっ!」


執事長が頭を床に擦りつける様に懇願しているが女はただ笑みを浮かべていた。


「解放しなさい」

「「「はっ?」」」


女は私を取り押さえる衛兵たちにそう言った。

呆気に取られる衛兵とジュニアールに女は再び同じセリフを言った。


「解放しなさい」

「しかし、こいつは王女様に危害を…「これは王女としても命令です」しっ、失礼しましたっ!」


サッと顔を青ざめて私を開放する衛兵たち。

私は床に座り、目の前で笑みを浮かべて私を見下す女を睨む。


「ティニア=セヴィオールの名において、汝は妹と共に私の専属のメイドに任命します。拒否、異論は認めません」


堂々と言う女に誰もが口を挟めない。


「殺してやるっ…!」


私だけは恨み事を言う事ができた。

それすらも女の前には笑みを浮かべる理由にしかならないのだ。


「それは結構。そういえば、貴方の名は?」


この時の私はただ、目の前の女を殺す事だけを考えていた。


「エル」

「そう。エル、殺せるものなら私を殺してみなさい」


この時、将来は私がこの女を姉のように慕う事など微塵も想像がつかなかった。


………

……


『自分以外のニンゲンと呼ばれる他人』


それは幼い頃、彼女達がもっとも恐れ、それでも求めた存在。


ある人は私達を協会に捨てた。

ある人は協会にいた人達を殺した。

ある人は保護すると言っていたのに私達をお金で売った。


『誰も私達に関わらないでください』

『誰か私達を助けてください』


矛盾だとわかっていてもいつもそう願っていた。


………

……


目が覚めると数人の男達に囲まれていた。

意識が朦朧としている。

歪む視界で男達を捉えるが皆が酒を煽っていた。

酒独特の匂いが鼻についた。

酔っていて呂律が怪しいが男達が話している話を纏めると私を人質に姉に暗殺を依頼したとの事だ。

相手は王女。

どうやら国家転覆を企む者達に捕まったようだ。

周りを見渡すと使われなくなって久しい倉庫の中のようだ。

次第に視界がはっきりすると倉庫のあちこちに男達が確認できた。

拘束状態や周りを確認し、脱出は不可能と判断した。

人質となった私もこいつらは律儀に取引に応じて、私を開放するわけはないだろう。

そうなるとやる事は一つ。

どうせ、生まれてから碌な事が無かった人生だ。

姉の足を引っ張るなら自決ぐらい訳ない。

病弱で引っ込み思案な私を支えてくれた姉さん。

神を信じぬ私達なのだから祈るのであるなら悪魔であろうか?

この命を代償に、最愛の姉に幸多からん事を…。

そう願いつつ、舌を噛み千切り……どうやら、私は悪魔にも嫌われているようだ。


………

……


「昔、誘拐されることに憧れた事があったわ。でも、なかなか私の所までやってこれる悪人っていないのよね。ちょっと羨ましいって思うわ」

「……そぅ…」


私を見下ろす王女がいた。


「王女である私を差し置いて、貴方が先って言うのは生意気ね」

「……馬鹿…?」


いかにも高級そうなドレスは所々が破れ、王女自身の傷と返り血で赤く染まっている。


「それはあんたの姉。私の目の前でナイフを取り出して、『私の姉が町はずれに囚われています。この命と引き換えに姉をお願いします』って言って首にナイフを当てたのよ。おかげで掌が痛いわ」


そう言って差し出された掌には一本の切り傷があった。

ろくに手当てもしておらず、今も少し出血している。


「ジュニアール。そういえばあの子は?」

「私たちの足に追いつけなかったようです。間もなく来るでしょう。…一国の王女が乱闘騒ぎとは……」


そう言ってやってくる私たちの保護者のジュニアール。

彼は怪我もなく、お城で見る姿のままであった。

しかし、『この責任、私の首を差し出すしか…』と物騒な事を呟きながら、頭を抱えている。


「責は私が被ります。王女の名にかけて、この場にいる者に責を負わせません」

「そう言うわけには…」

「恥じる事は何一つしていません。誇ればよいのです。貴方は家族を命がけで守った。非難する愚か者がいるのならその者を私が許しません」

「…本当に立派になられて嬉しいやら悲しいやら」


複雑そうに呟くジュニアールは一礼し、袖口からズルズルと鎖を引っぱり出した。

そして、地に倒れる男達を拘束していく。

次々出しては拘束していくジュニアールに何処にそれだけの鎖を隠しているのか疑問を持つがそれよりも倉庫の入り口に息を切らす姉の姿があった。


「……どうして貴方が助けたの…?」


そう私が聞くと彼女は何故か驚いた表情を見せた。


「貴方…5文字以上しゃべれたの!?」


…姉よ、なぜこいつを暗殺しなかった?

『新記録ね』とか呟く彼女を睨むとその視線に気づき、笑みを浮かべた。


「それは貴方が私の-----」


何か言ったはずなのだが飛びついてきた姉に押し倒され、聞けなかった。


………

……


リンはむくっとベッドから起き上がった。

ずいぶんと懐かしい夢を見たためか何処か余韻に浸るかのようにポーっとしていた。

夢で見た昔の夢は王女様に助け出された日。

それから本当に色々な事があった。

王女を支える人が増えるに連れて、王女が本来の優しさを出し始めた。

それにつれ、姉が明るく子供っぽくなった。

昔の彼女たちを知る者はその変貌ぶりに苦笑いをしている。

彼女自身は2人に比べるとそれほど変わっていないと考えていた。


『貴方が一番変わったわよ』


未だに寝ぼけているのか、それともこれも夢なのか。

王女様ではなく、あの時の【王女】の声が聞こえた。


「…そんなことないですよ。貴方達に比べたら私なんて背が伸びたぐらいです」


夢か幻のような存在の問いかけに声を出して答えるリン。

その幻影は今の王女様は絶対にしない、人を小馬鹿にするような皮肉な笑みを浮かべる。


『あの時でさえ5文字。今の言葉は30文字以上よ。6倍も成長したんだから』


…姉よ、本当に何故に彼女を暗殺しなかった?


『いいことよ。それだけ貴方は自分を表に出せる。それだけの絆と強さを得たのだから』

「…王女様がいうのならともかく、貴方が言うとむかつきますね」

『未来も今も過去も私なのにね。根本的な所は変わっていないのに』


そう言ってこちらを見る。

その姿にデジャブを感じた。

……ああ、助け出された時に会話をしていた姿と酷似していたのだ。

特にその表情。

その愛しい者をみるような微笑み。


「未来も今も過去も貴方が私の-----」


何か言ったはずなのだが今回も聞けなかった。

言葉の途中で部屋の扉が勢いよく空いたのだ。


「り〜ん〜ちゃん。朝だよ〜〜!!」


姉に目線で挨拶をし、再び前を見ると彼女は居なくなっていた。

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