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神のへそくり

突然、インターネットに繋がらなくなったので修理に出しました。

今回は笑う場所があまり無いです。


月明かりが辺りを照らす深夜、グラムはその光も届かぬような深い森の中にいた。

町からさほど離れていない山の麓に広がる広大とまでは言えないがそれなりに生い茂った森。

この日、グラムがクロトスに言われて隣国へ喫茶店で使う香辛料を仕入れに行った帰り道のことである。

森での野宿の準備を終え、焚き火の横でウトウトしていた時にフッとグラムは何かを感じ、寝眠気が飛んだ。

それは死臭のように澱んだ空気と濁った気。

それに怯える山の生命。

グラムは焚き火の火を消し、違和感の中心部へと走った。

草木を掻き分け、魔物達は生存本能が告げたのか違和感の中心部から逃げるようにグラムの横を通り抜けていった。

グラムは近づくにつれて肥大していく邪気のようなものを気にせずにずんずんと近づく。

しかし、後もう少しという所でその違和感は無くなった。

突然、まるでそのようなものがなかったかのように忽然と。

グラムはとりあえず違和感が消失した場所まで行ってみた。

そして、グラムが藪を掻き分け、その場所についた途端、目を見開いた。


「なんだこれは…?」


グラムの目の前には一本の道があった。

草木は腐り、土は腐り、空気が腐った一本の道。

腐った土には足跡らしきものがあった。

しかし、それは本当に足跡なのであろうか。

その腐った道に等間隔に陥没している穴。

その穴も決まった形を持たず、穴のふちがグニャグニャと曲がっていた。

だが、それに目を瞑れば足跡に見えなくも無かった。

その足跡を形作る腐った土はさらに発酵しているかのように泡を吹き出している。

その腐蝕した道はグラムのいる場所で途切れていた。

腐蝕した道の延長線上には特に変わった所は無いように見えた。

しかし、グラムの鼻にはその延長線上に続く腐臭とは違ったまた別の嗅いだ事の無い匂いを嗅ぎ取った。

この道を作り出した【何か】は一体、何処に行こうとしていたのだろうか?

考えるまでも無い。

この道の延長線上にぶつかる場所はこれから自分が帰る場所なのだから。


「主に良い土産話が出来たな」


野宿など止めだ。

この話を一刻も早く主に話したい。

グラムはその場所から発った。

たぶん、得体の知れない【何か】も自分と同じ場所に向かっているだろう。


「実に面白い。この世界は何かと興味深い」


心が躍る。

体が歓喜に飲み込まれるにつれて徐々にスピードを上げるグラムだった。


「…しかし、あの邪気は覚えがある。まるで…いや、ありえないな。この世界では少なくとも不可能だ」


グラムの呟きは風の音にかき消された。


………

……


「ありがとうございました〜」


お客を送り出したクロトスは窓の外を見ると空は暗雲が立ち込めていた。


「これは降るな。今日はもうお客は期待できないか」


それならそれでやることが色々ある。

掃除、新メニューの研究、鬼の居ぬ間の…。

鬼…じゃなく、ウリエルは不在。

3人娘は雨の日に来店することはめったに無い。

そろそろグラムが買出しから帰ってくる予定だがそれも明日になるだろう。


「今日は何を出そうかな〜」


ニヤニヤとするクロトスはカウンターテーブルのとある一箇所を握りこぶしで叩いた。

すると、カウンターテーブルの一部分がくるっと回転し、そこからいかにも高そうなケーキが出てきた。

技巧が凝らされた明らかにそこらのお店では買えないような代物。

どこかキラキラと輝いているようにも見える。


「それとも…」


クロトスがカウンターテーブルを叩くたびにカウンターテーブルの一部分が回転し、次々とクロトス秘蔵のへそくり(お酒、お菓子、おつまみ)が出てくる。


「この国の諺で言うと【灯台で帳簿隠し】だっけ?ウリエルもまさかこんな目の前に隠しているとは思わないだろう」


そう言いながら調子に乗ってドンドンとカウンターを叩き続ける。

仕舞いにはカウンターテーブル上にはお酒、菓子、酒の肴があふれんばかりに乗っていた。


「しかし…一人でこれを食うのも寂しいな」


呟きとほとんど同時に激しい雷と凄まじい雨。

そして、来店を知らせる鐘の音。


「いらっしゃいませ〜」


もはや反射的に出来る様になった営業スマイルを入り口に向ける。

そのドアの前には雨で濡れた白衣を着た銀髪で長髪の男。

頬は痩せこけ、肌も白い、見るからに不健康そうだ。

どこか作り物めいた印象、さながら人形のようであった。


「失礼するよ。…もしかして、お邪魔だったかい?」


雨で濡れたメガネを拭きながら低い声で問いかけられた。

だが、そこにはどこか陽気な雰囲気が醸し出されていた。


「いや、ちょうど良かった」

「何?」


クロトスはワイングラスを二つ用意し、疑問顔の男に差し出す。


「あんたがこの店の記念すべき客だ。特別にただでご馳走するよ」

「ほう。それはこの店の1万人目の客に僕が選ばれたというような感じかい?」


男は飄々とした態度でクロトスに聞く。


「客の人数なんて数えた事がない。うちのウェイトレスならわかるかもしれないが…あいにく不在でな」


喫茶店の会計や帳簿はウリエルが管理している。

その他にも客の要望やその他もろもろを几帳面にも記録しているのでもしかしたらとクロトスは考えた。

実際にウリエルは毎日の売り上げ、客数、男女比率等をいつ調べているんだと思うくらい記録している。


「じゃあ何の記念なんだい?」


クロトスはすっとカウンターテーブルの上を指差す。

男が目線を向けると今にもパーティーが始められそうなぐらいの料理と酒が並んでいた。


「これは俺のへそくりだ」

「はっ?」

「さっき言ったここのウェイトレスはおっかなくてな。禁酒を言い渡されているんだが今は不在なんだ」


男はクロトスが何を言いたいか理解できていない。

無言でクロトスの言葉の続きを促す。

クロトスはカウンターから出て、ゆっくりと男に近づきながら男に語る。


「これから俺はそのへそくりの封印を解き、酒池肉林を満喫しようとした矢先にあんたが来店してきたんだ」

「それは…邪魔をして悪かった。では、日を改めようか?」


男はドアに手をかけるがクロトスは制した。


「そういうことを言ってるんじゃない」

「では、何だ?」

「簡単に言うとだ」


にんまりと笑うクロトス。


「共犯者記念だ」

「はぁ…?」

「一人で飲むのは寂しいからあんたも飲め。御代は取らないからこの事は黙っていてくれ。じゃないと俺は灰にされる」


静寂。

雨の音と雷の稲光。

風が窓を叩く音と雨の匂い。

ただそれだけが喫茶店内を支配していた。

次第にそれが侵食される。

徐々に、少しずつそれは大きくなる。

それは銀髪の男の笑い声。


「クックックックックッ…。実に面白い。噂以上だよ」

「噂?どれの事だ?」


クロトスの噂話なんてものは膨大な数がある。

それもそのはずであろう。

王女と個人的に親しく、喫茶店の料理は美味、大会では数々の偉業、珍業を成し遂げた得体の知れない男。

もはや都市伝説に近いものさえあるほどだ。


「いや、こっちの話だ。…ああ、そうだな。それも面白い。クックックックックッ…」


どこか不気味に笑う男。

体を前後に揺さぶり、まるで振り子のように立つ男。

その動きが仰け反った状態でピタッと止まった。

そして、グルッと上半身を回し、クロトスのほうに顔を向ける。

格好や行動の所々が不気味な変わった男である。


「いいよ。申し出を受けよう。よろしく、共犯者」

「よろしく、共犯者。俺はクロトスだ」


クロトスは男に右手を差し出した。


「ロレヲだ。見てのとおりのマッドサイエンティストで趣味は化け物の解剖と禁忌の探求だ」


男はクロトスの右手を握った。

その手はひんやりとして、死人を思わせた。


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