神の悪巧み
リン、エルの誕生日話はしばらく続きます。
最近、この話がコメディという事を忘れてきているのでこれで挽回したいと思います。
「近くから見てもこの世界の城は小さいな。主の城の十数分の一程しかないではないか」
「神界と一緒にするな。こちらの世界とは文明や科学、魔法その他もろもろのレベルが違いすぎるんだからな。それと、間違ってもティニアやリン、エルの前で城が小さいなんて言うなよ」
「主よ。馬鹿にするな。我はそこまで愚かではないぞ」
クロトスとグラムは城の近くの子供達の遊び場になっている広場のベンチに腰掛けていた。
ベンチの隣には2mほどの木があり、その影が徐々に伸びるにつれて、子ども達が家族が待つ家に帰り始めていく。
2人は人がいなくなった夕暮れに染まる広場と町にいる時より近くに見える城を眺めながらホットコーヒーを飲んでいた。
コーヒーは町で買った普通の水筒に魔術加工を施したものに入れている。
この水筒の中は異空間に繋がっており、水筒の中と外では時間の進み方が違う。
つまり、この中にコーヒーを入れても味が落ちることはないのである。
見た目は子どもが遠足に持っていくようなかわいらしい小さな水筒だが最大内容量は小さな湖が入る程度でドラゴンが乗っても傷一つ付かない代物。
この世界の魔法の研究者達に見せたら卒倒し、宝物庫に並んでもおかしくない代物である。
そんな水筒にはクロトス自身が選びに選んだコーヒー豆を喫茶店で焙煎し、豆を挽いたものを水、温度に至るまでにこだわりぬいた至高のコーヒーが入っている。
ちなみにコーヒーはクロトスが【創造】したコーヒーカップに注がれている。
「主よ。コーヒーはうまいのだがこの場にこのカップは合わないのではないか?」
喫茶店内ならともかく、外でこの高そうな純白のコーヒーカップを使うのはかなり違和感がある。
「気になるなら水筒に備えつけられた蓋を使うか?これは蓋がカップの代わりになるタイプみたいだぞ」
「…いや、遠慮しとこう。主が淹れたコーヒーをそのような粗末な入れ物で飲むなど我慢ならん」
「大げさだな。まぁ、俺はこっちのほうが慣れてるからいいんだがな」
そういってクロトスは自分が淹れたコーヒーを口にしようとするが足に何か違和感を感じた。
「…いつも店にいないお前がなんでこんなところにいるんだ?」
クロトスの足元にはいつのまにか夕焼け色に染まるネコのウルがいた。
ウルも最初の頃はクロトス達を見張るように1日中喫茶店にいた。
故人である前の喫茶店のマスターである主人との思い出の店を荒らされないか心配だったのであろう。
しかし、最近は信用されたのか営業時間中はお客の邪魔にならないように外に散歩に出ている。
実はこのウルはほとんど喫茶店にいないにも関わらず、お客の間では非常に有名なのである。
曰く、白いネコの仕草に癒される。
曰く、『喫茶店で白いネコに遭遇するとその日1日幸運に恵まれる。』というジンクスがあるらしい。
曰く、白いネコを見ると故人である前マスターを思い出す。
リンのアイディアでグッズを売り出すと好評を得たばかりかファンクラブまでできた(王都公認猫愛好会、通称【マタタビ飯の会】のほとんどが入会。会長はもちろんレイ。ちなみに、オルガも会員。)。
クロトスはお礼としてグッズの売上の2割をリンに払っているがリンはそのお金をクロトスの喫茶店での食費かウルへのプレゼント(玩具やペット用品)にしか使っていない。
そのためにウルは現主人のクロトスを除くとリンに一番懐いている。
ちなみに自分の名前の元となったウリエルにはなぜか懐かない。
ウリエルが餌を与えても無視。
撫でようとしたら威嚇され、名前を呼んだら顔を背ける。
嫌われる理由もわからないウリエルは傷ついていた。
しかし、クロトスとグラムは知っていた。
ウリエルがウルに嫌われる理由。
実は可愛い物好きなウリエルは過去、ウルにたびたび色々なネコ用の服を着せようとウルを追い回した。
その恍惚ながらも鬼気迫るウリエルの表情にグラムは過去、同じ目に遭った時のトラウマを思い出し、しばらくの間ウリエルの顔を見るとビクッと体を硬直させる事があった。
ちなみに、ウリエルが持ってきたウル用の服の半分ほどはマタタビ飯の会の会長のレイ提供である。
「そうだ。お前も一緒にくるか?」
「そうだな。ウルも連れていった方が良かろう。無関係の話ではないであろうし」
クロトスは水筒を横に置き、足元のウルを目の高さまで持ち上げて尋ねた。
ウルはされるがままにじっとクロトスを見つめている。
その目は夕焼けの光を反射し、クリスタルのように輝いて見える。
「これからリンとエルの誕生日パーティーをするんだ。本当は喫茶店でする予定だったんだけどな」
「急遽に予定が入ったから2人は夜まで城から出れないそうなのだ」
2人はウルに事情を説明するがその表情はどこか違和感がある。
例えるなら……これからイタズラをしようとする子どものような笑顔。
「夜は警備が厳しくなるからティニア達でも脱走が難しいらしいんだ。だからな……城に忍び込もうかと思うんだ」
※犯罪です。
「ティニア殿にも了承と内部情報は得たから問題はない」
※正規の許可ではないので兵士に見つかったら牢屋行きです。
「ウルも行くよな?」
ウルは了承するかのように元気良く鳴いた。
クロトスは笑顔でウルを膝の上に置いて優しく背中を撫でる。
「連れて行くのは構いませんけど見つからないようにしてくださいね。見つかったら店の営業停止だって有り得るんですから」
2人が座る木の影から声がかけられた。
グラムは一瞬だけ警戒するが聞き覚えのある声だったのですぐにそれを緩めた。
クロトスはウルの背中を撫でながら動揺すらせずに声を返す。
「ご苦労、ウリエル。けど、気配を消しながら近づくのは趣味が悪いぞ」
「何言ってるんですか?私が近づいてたことは気づいてたでしょう?」
木の影から出てきたウリエルは先ほどとは違い、動く事で生じる衣擦れの音と特有の気配を出しながら2人の前に出た。
クロトスは肯定も否定もせずにただ自分の隣を指差す。
ウリエルはため息を吐いてグラムとは反対側のクロトスの隣に腰掛けた。
その瞬間、3人の周辺からまるで音が消えるかのような錯覚が起きる。
「報告」
そのクロトスの声は普段とは違い、無機質でありながら如何なる者も逆らえない迫力に満ちた低い声であった。
「はい。警備は城門に見張りが4名、城の周りを8名、塀の上に8名、見張り台に4名です。警備は2人一組。城の周りは常に兵士が巡回し、城のあちこちに魔法結界が張られています。城内にも魔法生物の気配がします」
ウリエルの城の警備に関する報告を聞いたクロトスは思わず、ほう…と感嘆の意を表す。
「大会期間中とはいえ……、よく今までティニア王女達が脱走できたものだな」
「それに関しましてはティニア王女には内部に多数の協力者がいたそうです。ひとえに王女の人柄かと」
「確かに…あまり王女には見えんな。王女というよりも下町の元気なお転婆少女に見える」
ティニアをお転婆少女と例えるなら今の2人は王と臣下。
その威厳、迫力はまさに神々が頭を下げる最強の神であり、最高権力者の神王。
そして、その神に絶対なる忠誠を誓った誇り高き天の使い。
では、もう1人の少女は…
「エルから聞いた話なんだが前に『私って…そんなに王女らしくないかな?』と部屋の隅っこでぶるぶるといじけていたらしいぞ」
グラムの暴露を聞くと3人とも思わず噴き出した。
それと同時に重苦しい空気は一気に霧散した。
3人の脳裏には部屋の隅っこで涙目でいじけるティニアとそれを慰める双子のメイドの姿が用意に想像できた。
「よっ…用意に想像でき…フフッ…できますね」
「そうだな。無理して敬語を使いながら笑わなくてもいいぞ」
3人ともしばらく笑っていたがある程度落ち着くと目の前の城を眺めた。
これから侵入するこの世界、この国の城。
目的はティニアの部屋で双子のメイドに内緒で誕生日パーティーをするために。
「懐かしいわ。昔も2人でよく色々なところに忍び込んだわね」
ウリエルは呟くようにボソッと言った。
それに苦笑しながらもクロトスは昔を思い出しながら言う。
「肝試しで真祖の吸血鬼に城に忍び込んだ事もあったな」
クロトスの言葉にグラムが目を見開いた。
「良く死ななかったな?真祖といえばかなり強力な魔物であろう」
「意外といい人(?)だったぞ。……血は吸われたけど」
当時、人間で言えば5歳ぐらいであろう。
幼い頃にお互いの身分も気にしなかった時に2人でした冒険の数々。
真祖の吸血鬼の城に忍び込んだらすぐにその吸血鬼の眷属に捕まった。
真祖の吸血鬼の前に連れ出され、泣きながら幼い2人はお互いを庇いあったらその吸血鬼に気に入られた。
ご馳走を食べ、いくつかの金貨をお土産に笑顔で帰ったらお互いの親にこっ酷く叱られた。
今もその真祖の吸血鬼は2人の友人である。
「さて、そろそろ行こうか」
クロトスはウルを地面に置き、立ち上がった。
隣に座っていた2人も立ち、身なりを整える。
クロトスを先頭にウリエルとグラム、その後ろをトコトコとウルが付いて行く。
夕焼けは後少しで闇に染まる。