神のお料理教室
やっと復活しました。
先日、どたばたな生活が落ち着きました。
これで今まで通りのスピードで投稿できそうです。
とは言っても私の投稿スピードって遅いんですけどね。
お待たせしてた方々、申し訳ございませんでした。
書くのも久しぶりですので感が鈍っているかもしれませんが末永くよろしくお願いします。
以上、作者の蛹でした。
夜中に突然やってきたティニアに対し、クロトスは落ち着かせるためにとりあえずカウンター席に座らした。
グラムは店の奥でコップに水を注ぎ、寒さと疲れで顔を赤くし、息を切らすティニアに差し出した。
ティニアはそれを奪うように貰うと王女としての気品も感じさせないような、例えるならば酒場での親父のような一気飲みですぐさまコップの中を空にする。
ティニアは空になったコップを無言でグラムに差し出す。
グラムが何かを言う前にクロトスは苦笑いでグラムを制し、代わりに自分がコップを受け取り、ティニアに渡す。
ティニアはそれを飲むと幾分落ち着いたのかここに来た訳を話し出した。
聞くところによると1週間後にリン、エルの誕生日があるらしい。
ティニアは日頃の感謝に2人にプレゼントを贈りたい。
しかし、そのプレゼントに問題があった。
ティニアはお金が無い。
正確に言えばティニアが自由にできるお金が全くないのである。
今までは欲しい物は自分の世話係に頼めば大半の物は手に入った。
そのためにお金は今まで必要になったことがなかった。
だが、世話係が買った物を誕生日プレゼントにするというのは2人は気にしないだろうが自分は気にする。
どうせなら心をこめた物を贈りたい。
しかし、お小遣いというものをティニアは一度たりとも貰ったことなど無い。
これでは自分は2人にプレゼントを買うことが出来ない。
では、手作りではどうか。
編み物は苦手。
歌は子どもっぽい。
絵は問題外。
そもそも材料を買うお金すら無い。
そこで思いついたのがクロトスの喫茶店。
材料、講師付きに2人に秘密で作業できる。
これ以上の条件は無いということで2人はもちろん、城の人には一切秘密でここに来たということらしい。
「…あ〜、とりあえず訳はわかった。まぁ、わかったにはわかったんだが…なんでお菓子なんだ?」
「無論、あの2人がケーキみたいな甘いお菓子が好きだからよ」
いかにも良い考えでしょう?と言いたげな笑顔で言うティニア。
「んで、ちなみに料理経験は?」
「王女の私が料理した事あると思う?」
いや、俺に聞くなっと思いつつもクロトスは言葉には出さない。
「…どんなお菓子を作りたいんだ?」
「ケーキにしようかなって考えてるんだけど。それに何を作るかも決めてるし」
あまり良い予感がしないが聞かないわけにはいかないだろう。
しぶしぶ聞く。
「……何だ?」
「お城で食べたケーキなんだけどね。名前が『ドボシュ・トルテ』だったかな?」
「帰れ」
初心者とかという問題ではない。
『ドボシュ・トルテ』は家庭で作るようなものではない。
フォークで木を切り倒そうとしているに等しい。
「主、その『ドボシュ・トルテ』とは何だ?うまいなら作ってくれ」
「グラム、無茶言うな。あれはとてつもなく作るのがめんどくさい」
簡単に説明すると何層にも重なるスポンジ生地の間にクリームを挟み、最上段にはカラメルで覆って仕上げる。
手間と技術を要する上級者向けのケーキである。
「作れるんじゃないの。作り方さえわかれば何とかなるんじゃないの?」
「料理をなめんじゃねぇ、この不良王女!」
「…あんた、最近遠慮無くなって来てるわね。…まぁ、その方がいいけどね」
料理の事になると熱くなるらしいクロトスの説教兼アドバイスで比較的簡単なシフォンケーキを作ることになった。
【step 0 …作る準備をしよう♪】
「材料は…仕方ないからこちらで用意した。エプロンはそこにしまってあるから好きなの使え」
「意外と色々あるのね。ウサギ柄、イヌ柄、ネコ柄…ってほとんど動物柄ね」
ティニアはクマの絵が描かれたエプロンを自分の体に当てて尋ねる。
「ウリエルの趣味だ。今度あいつの部屋を見てみろ。動物の人形だらけだぞ」
「…ウリエルさんってかわいいわね」
「だろう♪」
ニヤニヤしながら答えるクロトスにティニアはどこか面白くないといった感じで水玉模様のエプロンを身につける。
フッと横を見るとグラムもエプロンをつけている。
「グラムちゃんも一緒に作るの?」
「我が作るのは自分用だ。2人には別の物を用意する」
密かに大きなものを作って独り占めしようと仮作するグラム。
珍しく鼻歌を歌いながらエプロンを装着するグラムがティニアを見ると微妙な顔をしていた。
「どうかしたか?」
「えっと、そのエプロンは……ううん、やっぱりいいわ」
ティニアは無理に作った笑顔をグラムに向ける。
グラムが着ているエプロン。
生地は真っ黒、柄は欠けた生々しいドクロマーク、生地の所々には返り血のような真っ赤な模様がある。
エプロンの紐の部分は全て鉄のチェーンでグラムが動くたびにジャラジャラと音を鳴らす。
後でティニアがクロトスに聞いた話によるとグラムの趣味らしい。
とりあえず、ティニアは気にしないことにした。
【step 1 …生地を作ろう♪】
「まずはボールに卵黄を入れろ」
「ボールって何?」
思わずクロトスは転びそうになった。
「…そっか、そこから始めないと駄目なのか。…意外ときついかも」
「ティニア殿、これがボールだ」
「あっ、ありがとう」
想像していたよりも難しい事とわかり、頭を抱え、ため息をつくクロトス。
グラムはクロトスの料理をたまに手伝うためにティニアを手伝いながら作業する。
「あれ?クロトス。この卵、変じゃないの?」
「…何がだ?」
ティニアはボールに落とした卵を指差す。
「食事に出てくる奴みたいに固まってない!」
今度はクロトスのみならずグラムもすっころんだ。
「それは茹でたものだ!それは生っ!!」
「へ〜、変なの」
「…なんかやめたくなってきた」
いまさらながら後悔するがリンとエルのためである。
せめて、食べられるものにしようと固く決意するクロトスであった。
「なんか白いゴミが入ってる!?」
「ティニア殿、それはカラザと言って…。」
…決意が少し揺らいだ。
【step 2 …粉を入れよう♪】
「ふるいで粉をふるいながらボールの中身を混ぜろ」
「このふるいっていうものの必要性がわからないんだけど?」
「まぁ、聞き様によっては無駄に聞こえなくも無いが…」
ティニアはふるいを逆さまにしてみたりして観察する。
今までは気づかなかったがティニアは世間で言う一般常識に欠けている。
まぁ、王女には必要ない知識かもしれないが。
ここに通う事で幾分マシにはなったであろうがそれでも子どもでも知っているようなことを知らない場合がある。
これで少しは改善できればとクロトスは思うが…。
「クロトス〜。粉がボールの中に入らない〜!」
涙目でクロトスに助けを請う。
ため息を吐くとクロトスはティニアの横につき、そっとふるいを持つティニアの手を上から抑える。
「あっ…。」
「そんなに思いっきりしなくても……これぐらいでいいから細かく振るえば……ティニア?」
ティニアはクロトスに握られている手を見ながら顔を赤くしている。
「ティニア?」
「えっ…、あっうん、わかった。これでいい?」
「ああ、そんな感じだ」
顔をさらに赤くしながらも言われたとおりにこなすティニア。
飲み込みは早い。
「主」
「なんだ?」
ちょっと拗ね顔のグラムはクロトスを呼ぶ。
「すまんが体を支えてくれないか?台が不安定でな」
「不安定?……まぁ別にいいが」
作業台まで届かないために台の上に立つグラムの腰を掴むクロトス。
ティニアは作業を続けながらも横目でその様子を見る。
「もう少し上を支えてくれないか?」
「あっ、ああ」
そう言って脇腹辺りを押さえる。
「もう…少しだな。ここら辺を頼む」
「そうか…ってそこは胸だろう!?」
グラムがクロトスの手を上から掴んで手を持ってきた先はグラムの小さい体の割りに自己主張する胸であった。
「………ちっ」
「舌打ち!?ってか顔を赤くするぐらいならやるな」
羞恥か先ほどの酒のためかグラムの顔は若干赤い。
チラッと横を見るとティニアが笑顔でグラムを睨む。
グラムもニヤリと笑みを浮かべ、ティニアを睨み返す。
「…作業が進まん」
2人が火花を散らす横でクロトスは本日何度目かのため息を吐いた。
【step 3 …メレンゲを作ろう♪】
「さっき取っといた卵白を…とにかく泡立てろ!」
「「勝負っ!!」」
なぜか2人の闘争心に火がついたらしい。
クロトスの言葉と同時に2人はお互いに自分のボールを片手に抱きかかえて凄まじいスピードで泡立てる。
呼吸をしていないんじゃないかという程の鬼気迫る表情でひたすら泡立て続ける。
なんとなく面白そうだったので放置する事にしたクロトス。
ー《15分後》ー
「そこまでっ!」
「「はぁ〜、はぁ〜、はぁ〜、はぁ〜」」
全力を注いだらしい2人のボールの中を見ると泡が角を立つほど泡立っていた。
「二人とも合格。はいっ、拍手」
クロトスが拍手すると2人も釣られて拍手した。
そこで異変。
「はぎゃっ!?」
拍手の途中でグラムが右手を押さえる。
「どうかしギニャア!?」
グラムの肩に手を置こうと手を伸ばした瞬間にティニアは奇声をあげる。
「…やっぱり、あれだけ必死でやれば腕が釣るのも当たり前か」
「あっ、主よ!まさか、我らを嵌めたのか!?」
「面白そうだったから…ついっ♪」
テヘッといったクロトスのお茶目な顔(少なくとも本人はそう思っている)にグラムはこの世の終わりといった絶望の顔で打ちひしがれる。
「面白そうだからってヒギャァ!?反対の手も釣った!?」
両腕を動かさないようにピクリとも動かさないティニア。
涙目でクロトスを睨む。
「真面目にやらないからだ。特にティニア、お前は2人のために作ってるんだろうが!?」
「あ〜、そう言えばそうだったわね」
「我もどうかしていた」
とりあえず反省したようなので魔法でクロトスは2人の治療をした。
「次にふざけたら………殺すぞ♪」
笑顔でクロトスは言うが目が笑っていない。
「グラムちゃん、今日のクロトスってなんかテンション高くない?」
ティニアは怯えながらグラムに耳打ちする。
「たぶん、先ほどの酒であろう。ティニア殿が来るまでに少し飲んでいたのだ」
そう言ってグラムは先ほどまで飲んでいた酒瓶を指差す。
「『キュークロプス』!?アルコール度数が半端じゃないお酒じゃないの!?」
「そこっ!あまりうるさいと捻り切るぞ!」
「「はいっ!」」
何処をっ!?というつっこみすら許されない空間。
「そのメレンゲを生地に少し…まぁ、1/3ほど入れて軽く混ぜる。その後で残りを入れてざっくり混ぜろ!」
そう言ってクロトスは傍に置いてあった『キュークロプス』をラッパ飲みした。
ドンッと空になったビンをテーブルに叩きつけ、スッと立ち上がる。
「あの、主?何処へ?」
「鬼が居ない内に楽しむだけ楽しもうかと思ってな。…こんなチャンスないからな」
そう言ってクックックッと低く笑いながら戸棚を漁る。
しばらくゴソゴソしていると中から次々と酒瓶を取り出すクロトス。
「もしかして、私達危ない?」
「いつもだったらこういう時はウリエル殿が止めてくれるのだが…」
唯一とも言える対抗手段が今は不在。
「オラァ!ぼさっとしてないでさっさと作業しろ!抉り取るぞ!」
その日の朝、ウリエルが帰宅すると店の置くには精魂尽き果てたティニア、グラムが床で倒れており、クロトスは酒瓶に囲まれていびきをかきながら体中を真っ赤にしながら寝ていた。
その後、酒臭い喫茶店で天使の説教が数時間及んだ。