神と魔剣の悪巧み
引っ越します。
その後、事情があってしばらくパソコンに触れられません。
次の更新は来月になりそうです。
とある日の深夜。
明日の仕込みを終えたクロトスはゴソゴソと灯りの点いていないキッチンの戸棚を探っていた。
クロトスの手元にはぼんやりと青白く光る光球が暗い戸棚の中を照らしている。
クロトスは戸棚の中から使っていない皿、調理器具等を次々と戸棚から取り出している。
取り出した物は崩れないようにきちんと整理しながらもくもくと作業している。
すると、普段は皿や調理器具等の影で見えなかった戸棚の中の壁と接する奥の板が見えてくる。
ほとんどの人がそれを見ても違和感すら感じる事もないだろう。
クロトスはその板に人差し指を突き立て、さらさらっと文字を描くかのようになぞる。
ある程度その動きを続けていたがある程度になるとボソッと呟く。
「【解】」
その呟きと同時に壁板が障子のように左右に開かれた。
クロトスはそこに手を差し込み、ゴソゴソと手で探る。
しばらくそうしていると目的の物を手に掴み、引っ張り出す。
クロトスが手に持っているのはお酒の瓶。
年代物でこの国でも極上品として扱われるような高級品である。
クロトスはもう片方の手を同じく戸棚の奥に手を入れ、同じく先ほどのお酒と同価値ぐらいある別の種類のお酒を取り出す。
目的の物を手に入れた喜びで口元をほころばせる。
「魔法と万物創造を駆使した秘密の隠し棚…。主のそういう能力はある意味尊敬に値するな」
ピキッとクロトスの動きが止まる。
それでも両手のお酒はしっかりと握っている。
錆び付いた歯車のように音を立てながら首だけ後ろに向ける。
クロトスの後ろにはピンクのゆったりとしたネグリジェを着たグラムがキッチン内の中心に置かれたテーブルの上に腰掛けていた。
薄暗いキッチンに銀髪の少女。
妖しげな美を持つ少女は妖美に微笑む。
「今宵はウリエル殿の不在をいいことに秘蔵の美酒に酔いしれようと?」
無言でクロトスはグラムの目からさっと視線を外す。
グラムはテーブルから降り立ち、音を立てずにクロトスに近寄る。
「水臭いではないか。我は主に絶対の忠誠を誓いし剣。我は我の全てを主に捧げ、主の喜びも苦しみも共有する存在。いわば我と主は一心同体ではないか。つまり、主の楽しみは我の物でもある」
クロトスは冷や汗をかきながらこっそりとお酒を自分の背後に隠そうとする。
しかし、クロトスの目の前まできたグラムはクロトスの頬にそっと手を当て、自分に向けた。
クロトスの目の前にはグラムがいる。
後、数センチ近ければ接触する距離。
2人はじっと見つめあう。
今度はクロトスも視線を逸らさない。
「…良いのか?ウリエル殿にこの事を話しても?」
目線が逸れた。
グラムの囁くような声にビクッと体を硬直させ、さっと視線を逸らした。
「我らが元の世界に戻る方法を探しに他国に行ってるウリエル殿が不在中の間の飲酒は禁止とウリエル殿に言われたであろう?ウリエル殿が見張っていないと羽目を外して飲みすぎる主を心配しての事であろうに…。これがばれたらどうなるであろうな?」
「………対価は?」
しばらくの沈黙の後、ボソッと呟くクロトス。
「我は主と喜びを分かち合いたいだけだ。…その酒とうまい肴というな」
クロトスはしばらく考えるが両手にお酒を持ったまま降参のポーズをし、ため息を吐く。
「しかたない。簡単なものしかないぞ?」
「かまわん。主の料理は全てうまいからな」
ニヤリと勝利の笑みにしては少々黒い笑顔を浮かべるグラム。
ちなみに、グラムもウリエルに禁酒を言い渡されている(共犯)。
「しかし、戸棚の中に隠し棚を作っていたとはな。しかも、魔法で封印、万物創造でカモフラージュもしているとは…。ウリエル殿も気づかないわけだな」
グラムは姿勢を低くし、戸棚の奥のさらに奥の空間を見ている。
「やっぱり出かける前に調べられていたか」
「2,3本は押収されていたぞ」
クロトスはイタズラが成功した子どものような笑みを浮かべた。
「それはダミーの安酒だ。ほかの物はこの店の至る所に隠してある」
「…本当にそういう能力はある意味尊敬に値するぞ」
「執務とか政治とかは飽きるからな。脱走、イタズラ、隠蔽技術は子どもの頃から得意だぞ。それよりも飲ましてやるからグラスぐらいは運べよ」
「イエス、マイ マスター」
グラムは戸棚からコップを取り出し、クロトスからお酒のビンを受け取る。
そして、キッチンから出て行った。
クロトスはささっと隠し棚を封印し、皿、調理器具を収納していく。
片付け終わったら手を洗って冷蔵庫から喫茶店で出す料理等で余った材料で簡単なツマミを作る。
それでも味には妥協せずにお店で出せる程の代物である。
それが終わったらトレイに乗せてグラムが待つカウンターへ向かう。
グラムはカウンターで空のコップを器用に指でくるくると回していた。
どうやらクロトスを待っていたようだ。
「先に飲んでなかったのか?」
「主より先に飲むような薄情な剣になったつもりはないぞ」
少々ムッとした顔になるグラムに苦笑しながらクロトスはカウンターテーブルに料理を置く。
グラムはその間に2つのグラスにお酒を注ぐ。
グラムが注ぎ終えた所でクロトスも料理を置きおえ、グラムの隣に腰をおろす。
「それでは…」
お互いがグラスを持った。
ここに共犯者達のささやかな悪事がなされた。
「この鬼の居ぬ間のささやかなる平穏に」
「主の喫茶店と奇妙な友人のいるこの世界に」
「「乾杯♪」」
グラスの澄んだ音が喫茶店に響く。
2人の喉を通る久しぶりの酒の味は中々のものであった。
「中々の物だな」
「贔屓にしている酒屋が安くしてくれたんだ。…しかし、ネグリジェに酒は似合わないぞ」
グラムはネグリジェのままカウンターでお酒を飲んでいる。
ピンクのネグリジェはゆったりとしているがそれでもグラムの突き出た胸はきつそうな印象を受ける。
下着が若干ではあるが線が浮き出て見える。
「この前リンとエルと一緒に購入したものだ。動きにくいが気に入っている。」
「もはや完全な《女の子》だな。」
「まったく、太古の時代より魔剣と称された我が…。」
苦笑しながら酒を煽る。
「後悔しているか?」
クロトスの問いに先ほどとは違う笑みを浮かべる。
「いや、感謝しているぞ。ただの持ち主の魂を喰らい、斬った相手の魂を喰らうための殺戮道具の我がこうして酒の味というものを知ることができた。主の剣であることを心より誇りに思う」
魔剣【グラム】。
聖剣として産まれた魔剣。
聖剣は数多の悲劇を見た。
その始まりは己の奪い合いだった。
聖剣は主のために数多の血を吸い、魂を喰らった。
その主は復讐のために聖剣を振るった。
聖剣は傷つき、破片となっても蘇った。
新たな主が殺すために、奪うためにという理由で。
その剣は聖剣であった。
聖剣は悲劇を知った。
聖剣は心の闇を知った。
聖剣は絶望を知った。
いつしか聖剣は魔剣と呼ばれた。
いつしか聖剣は魔剣になった。
魔剣となるしかなかった。
魔剣は一人の男に会った。
男は神々の王だった。
神々の王は変わった男だった。
変わった男はその力で自分を女へ変えた。
魔剣は魔剣では無くなった。
魔剣は神々の王のためだけの剣となった。
絶望に染まった聖剣だった魔剣は違う何かに染められた。
悲劇であり、喜劇でもある物語。
魔剣の前には目を丸くする神々の王がいた。
「なら良い」
クロトスも酒を煽るが耳が少し赤い。
酔いのためか別の何かか。
「ただ、おしゃれというものは良く理解できないな。わざわざ動きにくい服を着るなど邪魔なだけであろう?」
「今のお前は《女の子》だからな。そういうものなんだよ。《男の子》の方が良かったか?」
「…それはそれで困るな」
そう言ってグラムはコップを置き、クロトスの膝の上にまたがる。
クロトスの首に両手を巻き、じっと見つめる。
「我の今1番興味あることが実行できなくなる」
「…あまり良い予感がしないんだが」
苦笑するクロトスの頬をグラムが撫でる。
「原理も…方法も調べた。後は実行と相手だ。まあ、相手については主以外考えていないがな」
「とりあえず降りろ。酒が飲めん」
その言葉にグラムは笑みを浮かべた。
「それはすまない。今飲ませてやろう」
そう言ってグラムはカウンターからグラスを持つと中身を口に含ませる。
そして、目を瞑り、その口を徐々にクロトスの口元へと…
「クロトス!起きてる!?」
「…邪魔が入ったな」
喫茶店のドアがドンドンと音を立てる。
外からは2人にとって実に心当たりのある声が聞こえてきた。
グラムは仕方なく口に含んだ酒を飲み込み、不満を告げる。
「口移しなんて何処で覚えた?」
後、数秒遅れていたなら実現されていたであろう自分の口に含んだ酒を相手の口に移すという口移しが実行されていたであろう。
グラムはその問いに含み笑いで答える。
「我と志を同じにする者だ。主との【子作り】というな」
「………ハァ〜」
頭を抱えるクロトス。
クロトスは神王という立場であり、しかも、顔、性格も申し分ないものを持っている。
そのために神界はもちろんのこと、魔界、異世界等からの求婚の申し出は後を絶たない。
実際にクロトスにはグラムの言う【志を同じにする者】など心当たりが多すぎる。
中には既成事実を作ろうと無理やり(相手によっては軍隊を使用…)という者もいる。
「良いではないか。主であればハーレムという全ての男の野望を叶えられるぞ?他国の王女達の求婚を受ければ神界は巨万の富を得られるぞ」
「…グラム。冗談でもそのような事を言うな」
クロトスがグラムを睨みつけると同時に研ぎ澄まされた刃のような殺気がグラムを貫く。
「…怒るな、主よ。今のは我が言い過ぎたのは認める。しかし、主が《創造》しただけあってこの体はなかなか夜伽向きだと思うがな」
グラムは肩までかかった窓から入る月の光でキラキラと光る白銀の髪を後ろになびかせ、胸をクロトスに押し付けるように強く抱きつく。
上目使いでクロトスを見つめるグラムは今まで数々の女性(ごく一部男性…)に誘惑されているクロトスでさえも来るものがあった。
しかし…
「ちょっと〜?クロトス、寝てるの?起きなさ〜い!!」
「…本当に邪魔だな。」
ドア越しで見ることはできないがその者がいる方角を睨みつけるグラム。
クロトスは苦笑しながらもドアの方に呼びかける。
「今開ける!」
「早く〜、寒い〜!」
クロトスはグラムを抱え、隣の席に降ろす。
「あやつが邪魔しなければ今頃は夜伽の真っ最中であろうに」
「おいおいっ!?」
不貞腐れるグラムの頭を撫でながらクロトスはドアへと向かう。
「は〜や〜く〜!」
段々と声が涙声になってきた。
クロトスが鍵を開けると同時にそれは店内に雪崩れ込んできた。
「ふぅ〜」
フード付きのコートのような服を着た者は今まで顔を隠していたのか深くフードを被っていた。
しかし、下から見ているクロトスには相手の顔は丸見えだった。
「…いい加減に退け、ティニア」
「あっ、…ごめん」
仰向けのクロトスの上に馬乗りになっているティニアは気まずそうに退ける。
ティニアが雪崩れ込んできた時にドアが当たったクロトスはその際にバランスを崩し、さらにティニアの体当たりのためにもつれ込んでこのような状況になった。
「…ティニア殿はなぜこのような時間にそのような格好で来たのだ?」
グラムは少々苛立ち混じりでティニアに聞いた。
ティニアはコートを脱ぎながら答えた。
「ちょっとクロトスに内密のお願いがあったから城を脱走してきたの」
さらりと問題のある発言をするティニア。
「…まぁ、いつもの事か」
「本当はそれで済ましてはいけない事だとは思うがな。それで内密のお願いというのは?」
クロトスのあきらめの声につっこみを入れながらも話を進めるように促すグラム。
ティニアはコートを近くのテーブルに置き、クロトスの方にずかずかと近づく。
クロトスの目の前に来たティニアはクロトスの両手を掴み、必死の目で懇願した。
「私に……お菓子の作り方を教えて!!」