神と乱闘パーティー
いつのまにかアクセス数が3万を超えていました。
この場を持ってお礼を申し上げます。
そして更新の遅さに苛立っている方々。
誠に申し訳ございません orz。
日も暮れた城の会議室には十数人の者達が集まっていた。
部屋に置かれた輪状のテーブルには大会運営委員代表数名、城の大臣等が渋い顔で王と王妃の座る席を見る。
同じテーブルに座る王と王妃は2人して分厚い書類の束をパラパラとめくって読む。
この書類の束は国民及び、他国の大会観戦者の要望感想書である。
国内の至る所に記入場所が設けられており、これによって大会の問題点や感想を参考にして大会に反映することができるのだ。
普段だったら『○○がゴミだらけで汚い』、『あの選手がかっこよかった』などが中心なのだが今回はほとんどが1つの話題に集中していた。
会議室の一端の壁の中央には『クロトス選手の着ぐるみは許可か否か』と書かれた紙が大きく貼られていた。
「5:5ではあるけど若干は反対派が多いのね。」
「おもしろくて良いと思うんだがなぁ。」
読み終わった王と王妃はそれぞれの感想を漏らす。
「もう少し詳しく分析しますと賛成派は女性、子どもが中心。反対派は老人や男ですね。」
「特に老人は貴族が多いですから無視はできない状況です。」
大会運営委員会側から若い男性2人が報告する。
この国には貴族がある程度の政治権力を握っている。
この国の貴族はそれほど強い権力は持っていないが他国では貴族が独占的に政治を行っている国もある。
それでも無視や蔑ろにすると色々と問題が起きてくる。
「どうせ時代の移り変わりに着いていけない頭の固い連中だろう。未だに己の権力が通用すると疑わない妄信家の貴族の老人だな。」
「そういうことは影で言いなさい。」
王の言葉を王妃が注意するが周りはそういう事ではないと心の中で思う。
「エインは反対か?俺は大会も盛り上がるし、それに俺はあいつは優勝候補だと思っているんだが。」
「私も反対ではないんだけどねぇ。けど、反対派を無視するわけにもいかないでしょう?」
「老人以外は男共の嫉妬だろう。」
「だからと言ってもねぇ…。」
徐々にヒートアップする2人の話し合いに周りは黙って聞いているだけだった。
以前に2人の話し合い中に声をかけた者は田舎へと帰っていった。
その時に同席していた者達はその時の様子を他の者に語ることはなかった。
唯一語った田舎へと帰った者は友人に田舎へ帰る理由を聞かれた時に疲れた笑顔で語った。
『お前も同じ目に遭えばわかるよ。…鬼ってあの方達のような人のことを言うんだろうなぁ。』
それ以来は2人の話し合い中に声をかけるとこはタブーとなった。
ある人を除いて…。
「お父様、お母様!」
会議室のドアを開けて入ってきたのはこの国の王女であるティニア=セヴィオールであった。
その声を聞いた2人は話し合いをやめて、満面の笑顔でティニアを迎える。
「ティニア!どうしたんだ?お前が会議室に来るなんて珍しいな。」
ティニアは2人のところに近づくと2人に耳を貸すようにジェスチャーをする。
王と王妃はそれにしたがってティニアとともに会議室の端にこそこそと移動する。
周りの者達はなるべく目を逸らすが耳はそちらへと向けている。
それに気づいたティニアはそちらの方に振り返る。
ティニアの顔を見た者達は一斉に顔を青ざめて、ティニアのいる反対側の部屋の角に逃げる。
今ここに新たなタブーが誕生した。
後の語ったこの場にいた者の1人は『さすが…あの2人の子どもですよ。…俺も田舎に帰ろうかなぁ。』と語った。
人払いを終えたティニアはこっそりと2人に言う。
「クロトスからの伝言『女性の固定客もできたからネコの着ぐるみは脱いでもいいけど出来れば何か面白いイベントでも考えてくれ。俺だけバトルロワイヤルをしてないから面白くない。』だって。」
さっきは臣下達がいたので敬語だったが普段は敬語抜きで話している。
この親子は基本的に堅苦しいのは嫌いなのである。
今は小声なので普段通りの言葉で話したティニアの言葉で両親はクロトスの試合を思い出していた。
「そういえば、あの試合だけはオルガとあの青年だけの1対1だったな。」
「オルガに恐れをなして逃げ出したって聞いてるけど。結構かわいい人なのに…。」
「「ブハッ!!」」
王妃が最後に呟いた言葉を聞いて王とティニアは同時に噴き出した。
もっとも噴き出した理由は違うが…。
「ママ?あの人の何処がかわいいの!?」
「そんなこと…ないぞ。ククッ…あいつは結構かわいいところが…あははっ!」
絶句しながらも何とか聞き返すティニアに王は反論するが前にリンとエルの報告書の内容を思い出して笑ってしまう。
王妃も思い出してしまったのか一緒になって笑っている。
「ママ、パパ!?」
「す、すまんな。こっちだけで笑ってしまって。」
「でも、…クスッ。」
王妃は未だに顔を真っ赤にしながら笑っている。
話せる程度には落ち着いた王は頬をかいている。
「それで………なんの話だったかな?」
「クロトスの着ぐるみでしょう!」
「ああ、そうだったなぁ。さて……どうしたものか。」
王はしばらく考えていたがこの着ぐるみの件以外のとある問題を思い出した。
「おい。大会運営委員会!」
「は、はいっ!」
部屋の隅っこで怯えていた連中の中から先ほどの若者の男性の片割れが反射的に返事をする。
もう片方の運営委員の男性は返事をしなかったことを心の中で安堵する。
今のあの3人に関わり合いたいと思う者はこの隅っこで怯えている連中の中にはいない。
反射的に返事をしてしまった男性は後悔で泣きたいのを堪える。
「この前の報告で大会出場選手の辞退が相次いでいるとあったな。」
「はい。主に他国の選手なのですが想像以上の大会のレベルの高さに加えて、記念出場や次の対戦相手に勝てないと思うと怪我をする前に辞退するといった者が多い事が理由だと考えます。」
「本当に最近は軟弱な者ばかりだな。しかし、……決めた!」
何か閃いたようだが会議室にいるほとんどの者は不安になった。
こう見えても王は国内髄一の切れ者と言われ、たびたびその頭脳で国の危機を救っていたが今回のような娯楽やそれほど重要なものでないものに対しての閃きはろくでもないものがほとんどである。
真面目な時は誰よりも頼れる王だが普段は親馬鹿の馬鹿王である。
それを知っているからこそ不安を感じれずにはいられなかった。
「何を…決めたの?」
ティニアが恐る恐る聞くと王は満面の笑顔だが子どものような笑みで言った。
「望み通りの『イベント』だよ。」
―――――――
「確かにイベントを考えろとは言った。……だがな、ここまで大事にしなくても良かったんだぞ。」
クロトスがいるのはとあるホテルのパーティ会場である。
豪華なシャンデリアはもちろんの事ながらテーブルの上には贅沢な食事が並べられている。
この部屋には大会運営委員会の上層部や大会を勝ち抜いた選手らしき者達が集まっていた。
その人たちも今は礼服を着ており、この場を満喫している。
クロトスが部屋の奥の方を見ると上の方に『大会初戦突破記念祝杯&緊急発表パーティー!』と書かれた垂れ幕がある。
「たかが初戦を突破したぐらいで大げさなんだよ…。」
「ところがそうもいかなくなったんだよ。おにいちゃん。」
クロトスが振り向くといつもとは異なる服を着たエルがカクテルの乗ったトレイを持って立っていた。
いつもはメイド服が基本だが今回は男物のバーテンダーの格好をしていた。
しかも、クロトスにはその格好に見覚えがあった。
「その格好は?」
「エヘヘ♪おにいちゃんとお揃いのを作ってもらったの!…似合う?」
その場でくるっと周ったエルは上目づかいでクロトスに尋ねる。
子どもっぽいエルがこの格好だと美麗な青少年のような印象を持ってしまう。
それがどこか色っぽく見え、クロトスは見ていてなぜか顔が赤くなる。
「ああ、とても似合うよ。大人っぽく見えて綺麗だよ。」
「………エヘヘッ♪」
クロトスが素直に感想を言うとエルは顔を真っ赤にするもうれしそうに笑う。
「そういえば、さっきのはどういう事なんだ?」
「えっ……ああ、あれね。大会第一試合でおにいちゃんが舞台を壊したから修復で時間がかかって予定の半分以下の試合しか消化できなかったでしょう?」
「ほとんどがオルガがやったことだぞ。」
実はオルガ対クロトスの試合。
あまりにもでたらめな試合内容に舞台はボロボロ。
観客席にも被害が出る始末。
舞台の修復に観客席の保護のために急遽に結界を張るなどのことがあったためにその日の予定の試合を半分も消化できなかったのである。
「それで1回戦後半の試合は後日という事になったんだけど……大半が棄権しちゃったの。」
「はぁ!?」
「しーっ!…あまり大きな声を出さないで。」
エルは口に人差し指を立てて注意する。
クロトスはそれを見て、しゃがんで顔の高さをエルと同じ高さに合わせるとこそこそと話す。
「それで大会は大丈夫なのか?」
「その…全体の6割が辞退しちゃって予定ではトーナメントだったんだけど今回のことで穴だらけなの。選手によっては2試合連続不戦勝の人もいるの。」
「なんでそんなことになったんだ?」
「辞退したのは大半が他国からの出場選手と記念で軽い気持ちで受けた選手なの。予想以上の試合のレベルの高さに加えて、次の相手の選手に勝てないと思ったら逃げ出す選手が多いみたいなの。…本当は秘密なんだけどおにいちゃんの2回戦の対戦予定だった選手も逃げ出したって。」
「…情けない。」
クロトスは頭を押さえて嘆くがクロトスが試合中に見せたオルガの巨体を軽々と場外に投げ捨てた事も辞退者続出の今回の件に貢献している事を知らない。
「そういうことでその他の問題も一挙に解決するために今回の緊急発表でその対応策を王様が言うんだって。あっ、これいる?」
「貰うよ。」
エルはトレイから蒼いカクテルのグラスをクロトスに渡す。
飲んでみると果汁の酸味の香りの効いたもので結構おいしかった。
「結構いけるな。」
「リンちゃんオリジナル特製カクテル『IRIS』だよ。」
もう1口飲もうとする所だったクロトスの動きがピタッと止まる。
「リンっていくつだったっけ?」
「私と同じ15だよ?双子だもん。」
小首をかしげるエルと硬直するクロトス。
15歳でカクテルを作るリン。
『未成年なのにお酒?』とか『オリジナルなら味見はしているはずだよな?』とか色々と頭の中に浮かぶが最終的なクロトスの結論。
『…リンなら不思議じゃないか。』
喫茶店の経営でも調理の手伝いをするリン。
その腕前はクロトスほどではないがかなりのものだった。
この王都に来た初めの時にティニアが襲われていた時もティニアが危なくなった瞬間に素人とは思えない殺気を放っていた。
クロトスが出て行かなければリンがあの荒くれ者達を排除していたとクロトスは知っていた。
『まぁ、リンはリンだし、俺は関係ない。』
だからといって避けるとか変な目で見るということはない。
普段はやさしいし、気が利く。
性格の腹黒さを除けば1級のメイドであり、良き友人である。
目の前のエルにとっても仲の良い姉妹である。
「おにいちゃん、どうかしたの?」
「なんでもないよ。アイリスってどういう意味なのかって考えてたんだ。」
心配そうに見るエルを誤魔化す。
エルは空になったトレイで口元を隠した裏で意味ありげににやけながらクロトスの疑問に答える。
「アイリスは花の名前だよ。花言葉は『貴方を愛す』だよ♪」
「ふ〜ん、変わった名前だな。おいしいからいいけど。」
「……おにいちゃんって人から鈍いって言われない?」
「…よくわかったな。なんでかは分からないんだがな。」
ため息を吐いてエルはチラッとカクテルと同じ色をしたクロトスの蒼い髪を見る。
クロトスは意味が分からなかったがとりあえずカクテルに口をつける。
飲み終わったところで会場の照明が一気に落ちた。
ざわめきの中で会場の奥の一点だけがライトで照らされる。
そこにはいつのまにかステージがあり、そこには2人の人影があった。
「派手に飲んでやがるか!?最後の晩餐になる奴もいるんだから好きなだけ喰らっていけ!」
そこには大会とは逆に黒いタキシードを着る鬼人伯爵と…
「…そしてブクブクに太って死ぬがいいわ。」
背中が大きく開いたセクシーなドレスを着た不機嫌なレイがいた。
「なんで初っ端から不機嫌なんだ?」
「お仕事だからお酒は飲めないし、この会場って禁煙なの。レイさんってお酒とタバコがあれば生きていけるって公言するぐらい好きだから。」
クロトスとリンはヒソヒソと小声で話す。
ここからだと結構距離があるがそれでもレイが不機嫌なのははっきりと分かる。
「静かにしなさい!あんたのせいで私の仕事が増えたんだから!エルも一緒になって喋るんじゃない!」
「「はいっ!!」」
レイの突然の一喝に勢い良く返事をする2人。
隣にいた伯爵はレイの大声をまともに受けて耳鳴りを起こした。
「まったく。伯爵もさっさと始めなさい!」
「わかったよ!…こほんっ、今回集まってもらったのは2回戦から若干のルールの変更があるからだ。」
いきなりのことで動揺の声がいたるところであがる。
「黙れ!俺だって昨日聞いたばかりなんだよ!それに他国の奴は知らないかもしれないがこの大会ではそう珍しくない。むしろ、本番前に知らされたお前らはラッキーなんだよ。」
「その度に私達の仕事が増えるのよ。…まぁ、援助金を貰っている立場だから反論はしないんだけど。」
レイの言葉で全員に元凶であろう王様の顔が頭の中に思い浮かぶ。
「というわけでトーナメント表は組みなおし!不戦勝が決まっていた選手も無効!今後の試合も特別ルールを追加!文句は受けつけねぇ!」
伯爵の言葉が終わると同時に怒号が響き渡る。
クロトスとエルは同時に耳を塞ぐ。
「こんなんじゃあ暴動が起きるんじゃないのか!?」
「対応策は用意してるんだって!」
クロトスとエルの距離でも大きな声を出さなければ聞こえないほど騒々しい。
ステージには数人の選手が抗議のために近寄る。
「ふざけんじゃねぇ!俺は3試合先まで不戦勝が決まっていたんだぞ!!」
「そう。残念だけどそれも無効よ。」
会場に似使わない分厚い鎧を着た大男は怒りで体を震わせて、手に握っていたトゲトゲの大きな鉄球が付いたモーニングスターの柄を握り締める。
「こんなの……こんなの認められるかぁっーーー!!!」
男はモーニングスターを振りかざす。
クロトスは止めようと走るために前かがみになる。
「武装メイド隊、スクランブル!」
レイが腕を上に上げて指を鳴らす。
途端に男が持っていたモーニングスターは複数の亀裂が走り、ただの鉄片となって床に転がり落ちる。
男が突然のことに呆然としているといつのまにか四方八方から鋭い剣の切っ先が向けられていた。
クロトスは見ていた。
会場の隅から1人のメイドが男の武器をレイピアで一瞬にして切り刻んでレイの前に立ちふさがったのを。
会場内で彼女の動きを追えた者はどれだけいたのであろうか。
その動きに続くように至る所からレイピアを腰に携えたメイド達が男を包囲した。
「ずいぶんとおもしろい奴らがいるんだな。」
「お城の武装メイド部隊っていう特殊警備部隊なの。レイさんの前にいるのが隊長のメイアさんで私の先輩なの。」
ショートカットの鋭い目をしたメイドはレイピアを仕舞うとレイを睨みつけた。
「……チッ。」
「いきなり舌打ちはないんじゃないかしら?」
「仕事じゃなければてめえなんて絶対に助けねぇのによぅ。……チッ。」
「あら、奇遇ね。私も王妃様に止められなければ貴方なんて呼ばずに私の発明品であの男をミンチにするのに。」
「だから私達が呼ばれたんだろうが。研究室に引きこもって怪しげな研究が趣味の男1人できない奴の発明なんて信用できるわけねえだろうが。……フッ。」
メイアは口元を緩ませる。
その様子にレイは青筋を浮かべて同じく口元を緩ませる。
「男は関係ないでしょう。あんただって筋肉ばっかで女としての魅力がないから男ができないんじゃない?」
2人ともニコニコと笑いながら目線で火花を散らす。
「……あの2人って仲良いんだな。」
「何処を見ればそう思えるの!?」
ポツリと言ったクロトスの言葉にエルが信じられないというように聞く。
「本当に嫌いあっていたら皮肉も言わないで立ち去っているだろう?ケンカするほど仲が良いって言うし。」
「そんなものなの?」
「だとしてもケンカするなら他のところでやれってんだよ。場所を考えろってんだ。」
2人の後ろにはいつの間にか伯爵がカクテルを持ってレイとメイアから隠れるように2人を壁にして立っていた。
「伯爵のおじちゃんも仕事を放棄しちゃ駄目です。ステージでまだ司会の仕事があるんでしょう。」
「あの2人がケンカしている傍でなんて怖くてやってられるか。双子メイドの白い方だって仕事さぼってそいつと喋ってるじゃねえか。」
「私は良いの。今日はおにいちゃんがくるからお手伝いとしてきてるの。それと、その呼び方はやめて。」
「だったら俺もおじさんはやめろ。俺はまだ若い。」
「じゃあ、ヘタレ伯爵。」
「余計悪いわ!」
伯爵はエルと顔見知りらしく、2人の様子をクロトスはカクテルを飲みながら眺めていた。
チラッとステージを見るとレイとメイアは未だに言い争っていた。
「……折角だから何か食べるかな?」
長くなりそうなのでとりあえずは腹を満たすためにクロトスは近くの冷めかけた料理が乗ったテーブルに向かった。