神的喫茶店宣伝方法
北海道でも暑い…
「…なんか足りないな。」
「何がよ?十分だと思うけど。」
先日、幽霊から店を譲り受けたクロトスは3人の客にぼやいた。
1人はコーヒーを飲む金髪の女性。
スタイルは良く、顔も明らかに美人の部類に入る。
王妃譲りの金髪の髪は後ろで束ね、腰まで伸びている。
揉み上げも胸の所まで伸びており、たまにチラリッとシルバーのイヤリングが髪の間から覗きだす。
服も城下の人よりは上等の布地でティニア自身の魅力を引き出していた。
見た目だけでなく、ただのコーヒーを飲む仕草にも品を感じる。
それもそのはず。
この女性、ティニアはこの国のお姫様なのである。
その左右の席には黒と白のメイド服を着た少女がいる。
腰まで伸びるロングの髪と同じ黒いメイド服を着用しているリン。
ショートの髪に白いメイド服を着たエル。
2人は双子でティニアに仕えるメイド兼妹分なのだそうだ。
リンはコーヒー牛乳、エルはアップルジュースを飲んでいた。
また、リンの頭の上にはネコが乗っかっていた。
幽霊より頼まれたこの白いネコはリンによく懐き、エルがうらやましがっている。
エルにはなぜか懐かない。
手を伸ばすとなぜか威嚇される。
さて、この3人にぼやいたこの喫茶店の主人であり、ネコの飼い主である男。
神を統べる存在である神王。
この世界に入ってからクロトスという名前を貰った。
今の神王の状況をウリエルが知ったら絶叫のあとで倒れるかもしれない。
さて、その神王が無意識に呟いた言葉に3人が反応する。
「…もう店も開ける準備ができたんでしょう?」
「絶対流行りますよ。」
「でもな〜。」
クロトスがいささか不満そうな顔をする。
「何が不満なのよ?」
「なんか…面白くないんだよな〜。」
クロトスがコップを拭きながら言う。
ちなみに、クロトスに今の服は幽霊が着ていたものと同じデザイン。
バーテンダーに格好に頭には赤いバンダナ。
初めてその格好を見た女性陣は顔を赤くして見とれたのは言うまでもない。
「喫茶店になんで面白さを求めるのよ?」
「なんか普通なんだよな。刺激がないっていうか…。」
なぜに喫茶店に刺激を求めるのであろうか。
リンとエルは首を傾げながらも真面目に提案する。
「…強盗が入るとか?」
「火事になるとか?」
「幽霊がいた時点で十分じゃないのよ!」
…一応本人達は真面目に答えた。
「あんなの日常茶飯事だろ?」
「んなわけないでしょう!?」
一般人にはそうであろう。
神、天使はほとんどは見ることができるのでクロトスにとっては見えることが当たり前なのだ。
「リンちゃん。なんの話?」
「…姉さんは知らなくていいの。」
幽霊のいた現場にはいなかったエルはリンに耳打ちするが夜に怖くてトイレにいけないこともあるエルに教えるのはかわいそうだと思ったリンは言わなかった。
…もっと効果的な場面の時に有効に使おうと思っただけかもしれないが。
「な〜んか、しっくりとこないんだよな〜。」
この神王が嫌う物の1つが【平凡】である。
そのおかげで神界で何度騒動を起こしたことか。
その度にウリエルが何度絶叫したことか。
しかし、基本的に神々は騒動やお祭り騒ぎが大好きなために大きな混乱はなかった。
むしろ、一緒になって行う神もいた。
その神王もただの喫茶店では納得がいかないらしい。
「なんかさ。国中を驚かす店の宣伝方法ってないかな?」
拭いていたコップをカウンターに置き、両手を広げてクロトスは尋ねる。
「どんな宣伝よ?」
そう簡単にあるわけない。
しかし、エルはジュースを飲み干すと満面の笑みで言う。
「爆発させるというのは♪」
「何をよ!?」
エルはその質問に答えず、ティニアを挟んで座っているリンがコーヒー牛乳を飲み干し、コップを置くとボソッと答えた。
「…お城?」
「それいいな!」
ポンッと手を叩き、賛同するクロトス。
「駄目に決まってるでしょう!?」
「「「え〜〜。」」」
寸分の狂いもなく、いつも一拍ほど間を持って話すリンでさえも合わせて不満を洩らす。
「国を崩壊させるつもり!?」
「それはそれで面白いかも。」
「クロトス?…スリツブスワヨ?」
「…ごめんなさい。」
さすがエイン王妃の娘であるとクロトスは思う。
殺気が半端じゃない。
王妃が修羅だとするならばティニアは鬼の表情である。
…牙や角が見えるのは錯覚であろう。
「…じゃあこれは?」
そう言ってリンが1枚のチラシをカウンターの上に出した。
「闘技大会参加者募集のチラシ?」
「リン。それもちょっと…。」
ティニアは気が進まなさそうに言った。
エルも賛成しているとは言えない顔をしている。
「何か問題があるのか?」
「一応、国内で1番人気で歴史がある大会なんだけどね。」
「…昨年の参加者76人。内、49人重症。」
「ようは危険なんですよ。」
2人はクロトスの身を案じて大会の危険性をクロトスに教える。
確かに優勝すれば大きな宣伝にはなろう。
しかし、3人にはとてもではないがクロトスが優勝できるほど強そうには見えない。
「それで優勝したら何が出るんだ?」
「賞金100万ケリーと前回優勝者への挑戦権よ。」
100万ケリーは一般人の5年分の生活費に相当する。
それを考えると結構な額である。
しかし、この世界に来たばかりのクロトスにはその金額の大きさはピンとこない。
「その前回の優勝者って強いのか?」
とりあえず、挑戦権がないと戦えない優勝者が気になったので尋ねる。
すると、ティニアは苦笑しながら意外なことを言った。
「モリガンの弟よ。」
「……はあっ?」
クロトスにとってはあまり関わり合いたくない奴の名前が出てきて顔をしかめる。
「騎士団長モリガンの弟なのよ。国内最強の騎士で普段は放浪の旅に出てるんだけどその時だけ国に戻ってくるの。」
「優勝すればそいつと戦えるのか?」
リンとエルのコップに飲み物を注ぎ足しながら尋ねる。
顔はティニアの方を向いているがコップからこぼれることなくキチンっと注ぎ足されている。
「大変よ?今回の大会は国外にも募集したから。」
「モリガンの弟が最強っていうのがムカつく。大会でぶっ潰す!」
「そこなの!?」
変な所でやる気になったようだ。
目が燃えているぐらいやる気になるほどモリガンを毛嫌いしているのだろう。
「それに優勝すれば宣伝になるだろ?」
「【最強のマスターが入れるコーヒーを飲める喫茶店】って感じ♪」
「…頑張って。」
「おう!」
リン、エルは賛成のようだ。
もちろん不安ではあるがリンはクロトスを信じているからこそ大会参加を提案し、エルは漠然としながらもお兄ちゃんなら大丈夫だろうという期待をしていた。
2人ともチンピラ3人を1瞬で倒し、その後も数々の不思議な力を見せてきたクロトスなら大丈夫ではないかという期待を持っていた。
しかし、ティニアだけは不満、いや、心配していた。
「そんな簡単にいくわけないでしょう!」
それを聞いたクロトスはカチンッときたのかティニアにある提案をする。
「なら、賭けるか?」
「えっ?」
「俺が優勝し、モリガンの弟に勝てなかったらお前の願いを何でも聞いてやる。俺が勝ったら俺の願いを叶えろ。」
ティニアは考えた。
確かにチンピラには勝ったが国内最強に騎士に勝てるとは考えられない。
それに、大会には猛者が多く参加する。
それを考えれば…
「…………いいわよ。乗った!」
「リンとエルが証人な。(この世界の人間が神の王に勝てるわけないしな。どんな屈辱的なことをやらせようかな♪)」
「わかったわ。(国内最強の騎士に勝てるわけないわ。何してもらおうかしら?アレもしてもらいたいけどやっぱり…デート…かな。)」
「ふっふっふっふっふ…♪」
「エヘヘヘへッ♪」
2人とも笑っているがお互いの視線が火花を散らす。
リンとエルは飲み物を持って2人から距離を開ける。
触らぬ神に祟り無しと思ったからだ。
片割れが本当に神だとも知らずに…。