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割らないタマゴ  作者: 那結多こゆり
4/4

4-最終話-

 教室では、まだわたしの話題が尽きることなく語られ、よけい足が震えた。

 廊下の掲示板を杖に、体を支える。


「……ってさ、久住。やめとけって」

「そんなことないよ。ぼくの責任もあるから。彼女、放っておけない」


 ううん、久住くんは責任なんてないよ。


(知らない間にタマゴが割れたのはね)

 わたしの声が聞こえる。


 と同時に、足音が聞こえた。


 どっ、どうしよう。まだ、歩けない。


(記憶を失っても)

 ぎゅっ、とわたしは自分の体を抱いた。


 足音は、教室から出てきた二人組だった。


「げっ。も、元村……さん」


 小学校のときに、ずっと同じクラスだった、佐野くんが、わたしの顔を見た瞬間、一歩後ずさりする。続いた久住くんは、驚きもせず、二コリと微笑んだ。


(久住くんを好きになったという証拠)


「あれ? 元村さん。あっ、もしかして、断りに来たとか、かな?」


 笑った顔を保ったまま、久住くんはわたしに近づいてくる。


「ち、ちがうの。あのね、わたし、思い出したの。それでね、あの」


 一瞬、凍ったように動かなくなる。


「あ、邪魔かな、おれ。じゃ、退散するよ」


 あははは、と笑いながら、佐野くんは走り去った。


「き、記憶戻ったって、ほんと?」


 久住くんの声が、すこし裏返った。


(あのタマゴを割ることができるのは)


「うん。だから、わかるよ。久住くんがわたしとつきあえないこと」

「い、いや、それは……」

「? あっ、でもいきなり好きはマズイよ。勘違いしちゃうもん」

「も、元村さん。だから、ちょっと待ってって」


 久住くんは、あわててわたしを止めた。


「ぼく、小学校のときは好きって気持ちわかんなかったんだ。美園に、いつも一緒にいたいっていう気持ちは好きと同じよ、そう言われて、納得していた。でも、彼女と一緒にいるだけで楽しかったけど、なにかが違った。……あれから、元村さん……君のことが頭から離れなくなった」

「……美園ちゃんと、わかれたの?」

「結果的にはね。お互い、好きな人できたんだ。好きってさ、ずーっと、一緒にいたいな、この人の笑顔をずっと見ていたい、守ってあげたい……そう思えることじゃないかな、そう思った。ぼくはね、元村さんと、そういうふうになりたい」


 なんだか、とても幸せな気分になった。


「わたし、記憶がなくて、久住くんのこと知らなくても……」


 言葉を切って、わたしは深呼吸する。


「久住くんに、また恋をしちゃった」


(恋する心だけ……)


「……ありがとう。元村さん。それって、つきあってもらえるって思っていいの?」


 ゆっくりと、わたしはうなづいた。


「よかった。いまいち、恋愛感情がわからなかったとはいえ、あのとき君を悲しませたのは事実だから、正直言って、許してもらえると思ってなかった」


 何を言えばいいのかわからなくて、ただ、久住くんを見つめていた。


「元村さん……これからは、多恵子って呼んでもいいかな?」

「え? あ、う、うん。いいよ、久住くん」

「ぼくのことは、康之って呼んでもらえない?」

「ほえ? ど、努力してみるよ」


 なんだか、心の中がぽかぽかしてくる。


「これからは、一緒に帰ろう。今日は、その……美園が会いたいって言ってきたんだけど、いいかな?」

「うん」


 また放課後ね、と言って、久住くんはわたしから離れた。

 苦しくても、つらくても、悲しい記憶は、わたしだけのもの。捨てたいなんて、言ってごめんね。


 放課後。校門に、見なれた少女がいた。


「今までごめんね。美園ちゃんっ」


 わたしは、美園ちゃんに抱きついた。離れて見ると、彼女の大きな瞳から一粒の涙があふれ出ている。


「思い出したんだね。よかった」

「あっ」


 間髪を入れず、わたしは叫ぶ。


「どうしたのよ」

「多恵子?」


 ふたりの不思議な顔色が、わたしを見た。


「今、美園ちゃんに抱きついたのって、わたしにレズの気があるわけじゃないからね」

「はぁ?」


 ふたりの声が重なった。


「だから、わたしはレズじゃないって……」

「あたりまえだろ」

「そうよ。ったく、あんたって、記憶戻っても、そのボケは直らなかったのね」

「えー。わたし、ボケてないよ」


 もう知らない、と美園ちゃんはどんどんと先に行ってしまう。彼女の瞳には、笑顔が戻っていた。


「ボケてるって言うか、ズレてると言うか」

「久住くんまでー」

「あっごめん。それより、早く行こうぜ」

「う、うん」

「多恵子……ほらっ」


 そう言って、久住くんは右手をさし出した。

 すごく勇気がいたけれど、わたしは思いきって、手を握る。

 久住くんの手のひらは、思ったより暖かくて、大きかった。


「あ、ありがとう。……や、康之」


 一瞬、驚いた表情になったけど、すぐに康之は笑顔になった。

 ふたりで手をつないだまま、美園ちゃんの背中を追いかける。


 康之とこの先ずっと、このまま手をつないでいけたらいいな。

 彼の温もりを感じながら、わたしはそう思っていた。

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