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「はぁー」
朝から何度目のため息だろう。きのうの少女のことを考えていて、あまり寝ていない。
でも、どうしてかなぁ。
自分でも不思議だった。ふだんのわたしだったら、まぁ、いいや、なんて思いながら忘れてしまうのに。
「……らさん。元村さんってばぁ」
いきなり自分の名前を呼ばれ、ハッとする。わたしの前に座っている、 並谷さんだった。
「えっ、あ、なに?」
スカイブルーの手紙のようなものが、わたしの前に差し出される。
「今日の朝、頼まれたの。あなたに渡してって。えっとぉ、隣のクラスの久住くんよ」
くずみくん? だれ、その人。あ、そう言えば、きのう、小林さんが言ってた名前だ。
「ありがとう」
とりあえず、彼女から手紙を受け取った。
「彼ね、あなたのこと好きらしいわよ。あっ、心配しないで。他の人に言う気ないから」
彼のことよろしくね、とつけくわえて言うと、並谷さんは前を向いた。
よろしくね、と言われても、話したこともなければ、会ったこともないのになぁ。
どうしよう……。
久住くんの手紙を見ながら、困惑していた。
その日昼休み。天気もいいせいか、教室にはわたししか残らなかった。
手紙のことが気になって、わたしは授業にも力が入らなかった。その手紙を、カバンから出し、指で封を開ける。
出てきたのは、一枚の手紙。目で辿って、読んでみる。
“元村多恵子さんへ。今日の放課後、ぼくと一緒に帰ってください。だめでしたら、五時間目の休み時間までに言ってください。OKだったら、そのままでいいです。久住康之”
……なんだろう、これ。
そう言えば、とわたしはこれを持ってきてくれた、並谷さんの言葉を思い出す。
『彼ね、あなたのこと好きらしいわよ』
ということは、デートの誘いなのかな?
しばらく考えても答えが見つからないので、わたしは手紙をカバンへとしまった。
教室から外を眺める。
すっかり、葉の色が赤茶になったもみじの木を見て、わたしは秋を感じた。
……久住くん、わたしのどこを好きになったのかな。でも、好きってどんな気持ちなんだろう。うーん。
わたしは、教室を後にした。
べつにどこに行こうとしたわけではないけれど、足が隣のクラスへと向かっていた。廊下から、チラリとみると、教室には二人の生徒しか見当らなかった。
「久住」
長身の男の子が呼んだ名前で、彼の容姿が初めてわかった。背はわたしと同じくらいで、笑うと片えくぼが出る。髪の毛は、柔らかそうな栗色だった。
かわいい。リボンが似合いそう。あっ、久住くんて、男の子だった。本人に言ったら怒られそう。
一番最初の印象がそうだった。
「お前、元村多恵子のことが好きだって?」
あ、わたしのこと、話してるのかな?
盗み聞きはいけないことだと思いつつ、ふたりのいる教室のドア付近に、見えないように立った。
ここなら、掲示板を見ているようにも思えるから、いいよね。でも、さっき久住くんを見たら、なんかドキンッ、てしちゃった。これって、なんだろう?
「いいだろ、べつに」
「あいつはやめておけよ」
あれれ。どうしてかな。胸がトクントクンする。
知らずのうちに、わたしは久住くんの笑顔を思い出していた。
「知ってるよ。南小から来た生徒のことを、ほとんど忘れているだろ」
「そう。あいさつしても、えっと、だれだっけ、だぜ」
なに、言ってんだろう。この子。
「まぁな。でもさ、あれは、ぼくのせいでもあるんだ」
ありゃ。久住くんも、へんだな。
「小林のせいだろ。久住じゃないよ」
小林? きのうの子かな。でも、小林さんって名前、たくさんいるだろーし。
「そんなことない。ぼくがあのとき、彼女をかばってあげていたら……」
なんだか、またドキドキしてくる。久住くんの分身が、わたしの心の中を占拠しているみたい。
カチャ……ン
どこかで音がする。すると、またあの声。
(へんなこと言っていないよ。ねぇ、思い出してみて)
……っ!
どうしてだろう。なんか、体がへんになりそうっ。
足が震え出す。
ガクガクガク……
立っていられないっ。
突然、目の前が暗くなった。
しばらくして、明るくなる。
今さっき、わたしが立っていた廊下ではなかった。
教室だ。
でも、どこかちがう。
教壇の上の壁にはめ込まれた時計、後にはさまざまな色で書かれた学級新聞……
ここは、南小の……わたしが通った小学校の……教室?
(そう。さぁ、思い出してみて)
また、もう一人の自分が、話しかける。
教室には、わたしがいた。
あと一人は、久住くん?
「く、久住くん……っ。あの」
こ、これは……。あのときの……っ。
(大丈夫。こわくなんかないよ)
もう一人のわたしに導かれるように、思い出のお風呂につかり始めた。