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ミステリア  作者: 野村 誠
孤狼(リカントロピー)
8/25

孤狼5

 


 俺は、空腹で目を覚ました。

 時間は夜7時。


 昼に宮内さんの弁当を食べさせてもらったけど、やっぱりそれだけじゃ育ち盛りの胃袋はご不満のようだ。

 学園内にある学生食堂は夜遅くまでやっているらしいんだけど、お金が無いんじゃどうしようもないし。


 (う~、これじゃ、寝付けないな……)

 途方に暮れていると、凶也も目を覚ました。



「腹減った……飯でも買いに行くか…………」


 そう独り言を呟き、凶也はゆっくり起き上がり部屋を出ようとする。

 凶也は俺の視線に気付き、(いぶか)しげにこっちを見る。


「何だよ?」


「……別に」


 凶也は不思議そうに俺を観察していたが、はたと気付く。


「ああ、そうかそうか。そういや、お前金が無いとか言ってたっけ。付いて来るか? 俺っちが お前の眼前で美味そうに飯を食う所くらい見せてやってもいいぜ」


 こいつと仲良くなれるなどと思っていた数時間前の自分を殴りたい。

 でも、空腹でそんな気力すら沸かない。

 こいつに頼んでも金を貸してくれるなんて有り得ないしな。

 そう思って再び凶也の方を見ると、何やら険しい顔をして校舎の方をじっと見ていた。


「……どうした?」


「お前、今、校舎の地下の方から大きな音が聞こえなかったか?」


「いや? 何も聞こえなかったけど」


 何だ? さっきまでのむかつくにやけ顔が消えている。

 突如、男子寮廊下にあるスピーカーにノイズが入り、そのあと園内放送のスイッチが入る。




<< 緊急放送。緊急放送>>




 何事だ。こんな夜中に? 俺と凶也は廊下に出る。

 他の部屋の学生も数人廊下に出ていた。




<< ただ今、地下から高等部の学生が1名逃走しました。寮の学生は決して部屋から出ないで下さい。繰り返します------->>




 地下から? 学生が? 逃走? した? 一体何を言っているんだ。


「糞っ!! いい加減にしろよ。あの馬鹿。もう知らねぇぞ、俺っちは」


 凶也が憤っている。

 が、俺にはこの状況がまるっきり飲み込めない。


「凶也。教えてくれ、何が起こってるんだ?」

「あぁ? また、逃げ出したんだろ。あの狼女が」

 狼女…………犬神さんのことか。逃げ出した?


「校舎の地下に何かあるのか?」

「うるせぇな。独房だよ。ドクボウ」

 およそ学校という学舎からは似つかわしくない単語が出てきた。

 もしかして凶也が昼間、犬神さんに絡んでいたことに関係あるのか?

 俺は、凶也の肩を掴む。


「俺に分かる様に、状況を説明してくれ」

「は? 面倒くせぇな、お前。他の奴に聞けよ」

 凶也(きょうや)は俺の手を振り払う。

 明らかに機嫌が悪い。


 俺は、廊下に出てきていた隣の部屋の学生2人に聞くことにした。


「多分、1年4組の犬神さんだろ」

「間違いねぇって、今日満月だし」

 学生2人が答えてくれた。


「ヤバイよな、彼女。可愛いけどさ」

「え? お前、見たことあんの?」

「ああ、前回地下から逃走したときな。野次馬しに行って見て来た」

 学生2人で話をしている。質問に答えてくれ。


「へえ、俺も行って見ようかな」

「やめとけって。彼女、満月の夜は野獣化してっから。狼少女っての本当(マジ)らしいぜ。映画の狼男みたいにけむくじゃらになるわけじゃねぇけど、俺が見た時はマジで顔が野生の獣みたいだったな。前回の時も、相当怪我人出したらしいぜ。俺が見た時、彼女の両手 血塗(ちまみ)れだったもん」

「この学園じゃ、ああいう生徒が毎年数人は入学して来るんだよな。だから、教師連中でも手に負えない状態の奴は、地下の独房で拘束しとくんだと」


 2人の会話からおぼろげながら状況は掴めてきたが、かといってどうする。

 おそらく野獣化?した彼女は、凶也が命を賭けなければ捕らえられない程に危険な存在のようだ。

 俺が太刀打ちできるはずもない。


 先生達に任せた方がいいのか?

 俺が迷っていると、背後の階段を勢い良く駆け上がって来る足音が聞こえ、振り返る。


「凶也君! お願いっ、刹那を止めてっ!!」


 パジャマ姿のまま汗をかきながら息をきらしている宮内さんの姿があった。

 昼間の事件の後、宮内さんがどうなったか気になってたけど、どうやら大丈夫そうだ。


「おいおい、委員長。ここ男子寮だぞ。夜中に来んの校則違反だろ?」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!!」


 宮内さんは、最初の印象からは考えられない位取り乱している。


「先公共にやらしときゃいいだろ、そんなもん」

 凶也は鬱陶(うっとう)しそうに、そっぽを向きながら話している。

 宮内さんは、涙ぐみながら凶也に詰め寄る。


「…………それじゃ……駄目なの」

「前回 刹那が傷害事件を起こした時だって、職員会議であの子を退学にしようという話があがっていたのを、静刃先生が止めてくれたのよ。自分が全責任を持って、刹那の面倒を見るって条件で。でも、また今度刹那が誰かを傷つけてしまったら、静刃先生も庇いきれないわ」

 宮内さんは悲壮な声で訴える。


「俺っちが知るかよ、そんなこと。それはあいつの問題だろ。そんなに助けたけりゃ自分で行けよ」

 俺は見かねて、宮内さんに助け船を出す。


「けどさ、お前、以前は彼女を止めに行ったみたいな事言ってなかったか?」

「狼女が問題起こしたら、俺っちも連帯責任だとか、親父が訳分かんねぇ事言うから止めに行っただけだ。あいつが退学になんなら、もう関係無ぇし」


 宮内さんは、なおも訴え続ける。

「あの子の中に獣が目覚めて以来、どこへ行っても追い払われ、(うと)まれ、ようやく辿り着いた居場所がこの学園なの…………ここを追い出されたらあの子の行く場所なんてどこにも無いよ。凶也君が初めてあの子の暴走を止めた時、刹那すごく喜んでたんだよ? そんなことが出来る人なんて今までいなかったから。もうこれで、誰も傷つけなくて済むんだって、あの子泣いて喜んでた…………」


 凶也は何も言わず、宮内さんの横を通り過ぎ、部屋へと戻る。


 宮内さんは、それを見て力無くその場に座りこんだ。

 俺は掛ける言葉が見つからず、彼女を見ていることしか出来なかった。


 少しして、彼女はゆっくりと立ち上がり階段を下りていく。

 俺が気になって後を追うと、彼女は立ち止まって振り返る。


「凶也君の言う通りだよね。友達の危機にすぐ他の人を頼るなんて。私がまず止めにいかないといけないのに…………」


 彼女の目には、死をも覚悟する決意の光が宿っていた…………

 止めても、無駄だな。


「俺も、行くよ。なんか他人事とは思えないからさ、犬神さんのこと」


 彼女の目に希望と安堵(あんど)の光が灯る。


「…………ありがとう、杉原君」


 (…………って、なんか勢いで言ってしまった。引き返せないな、こりゃ)


「それじゃ、行こうか。宮内さん、真夜中の鬼ごっこに」


 (ま、なんとかなる…………かな?)


 俺は宮内さんと一緒に、男子寮の階段を急ぎ足で駆け下りる。


 俺は校舎へ向かう途中、昼間の話を思い出していた。


 生徒達自身が生徒の問題を解決する活動。

 こういう時こそ、生徒会のようなものがあれば助かるんだろうな。

 問題解決に適したメンバーを選別し、協力して対処する。

 俺と宮内さん、2人でどこまで出来るかは分からないけど、無いものねだりしてても仕方無いか。


 東校舎は、男子寮のすぐ傍にあるので入り口まではすぐに辿り着いた。

 宮内さんが入り口の扉に手を掛ける。


 (ガチャッ)


「どうしよう、やっぱり開かない。鍵が掛かってる」

 宮内さんがこっちを見る。

 いきなり立ち往生か。どうする?


 扉の横の窓ガラスを見てみると、多層構造になっている。

 (強化ガラス…………これを割るのは無理っぽい。徹底してるな)


 ふと宮内さんの方を見てみると、近くの花壇にしゃがみこんで何かしている。無言で立ち上がった彼女は大きな石を抱えていた。そしてさりげなく窓に向けて振りかぶる。


「!? いや!! ちょっと待って!!」


 彼女は不思議そうに、首だけをこちらへ向ける。

「な、何か方法考えるから、落ち着いて」


 (彼女、刹那さんのことで動揺しているのか? 早く中に侵入(はい)る方法を考えないと、強行突破しそうだ)


 俺は、入口の鍵に目を向ける。さっきみたいに精神体にでもなったら、中に侵入(はい)ることは出来るだろうが、宮内さんはそうもいかない。


 その時、あまり気の進まない1つの案が浮かんだ。


(セキュリティ…………監視システム…………)


「もしかしてあいつなら、なんとかなるかも」


 少し迷ったが、ポケットから携帯電話を取り出す。

 そういえば、家から持ってきた俺の持ち物はこれだけだな。

 昼間、教室で名刺を受け取った時に一応登録しておいた番号にコールする。3回のコール音の後、(なま)りのある言葉で応答があった。


「ほいほい、毎度ぉ。こちら霧島。クライアント認証の為、パスワードの打ち込みを…………」


「いや、 俺、転校生の杉原だけど」


「知っとるよ。ちょっとフザケてみただけやって。そんな怒らんといて」


 …………さっきの対応は、話しかける前から俺からの電話だと分かった上での口調だったな。

 こっちの携帯番号を教えた覚えは無いけど、今はあえて聞かないでおこう。


「そっち、面白(おもろ)いことになっとるみたいやね」


「こっちの状況が分かるってことは、お前も寮暮らしなのか?」


「いや? 学園で何かしら異常事態が発生したら、ワイの所に伝わるようになっとるから。今も監視(かんし)カメラ通して、見物中やね」


 何かいろいろ問題ありそうな手段を用いているような(にお)いがするが、そんなことを考えてる時間も無さそうだ。

 でも、今日会ったばかりで少し話をしただけの俺なんかに手を貸してくれるわけないよな。

 それでも駄目元で言ってみようか、万が一ってことも…………



「霧島、俺達に手を貸してくれないか?」

 隣で会話を聞いていた、宮内さんも俺に続く。


「お願い、霧島君。手を貸して」

 宮内さんは、両手を組んでお願いしている。


「ん? ええよ」

 二つ返事で了解されたので、返答につまってしまった。


「………………」

「……ん? 杉原クン? 聞こえとる?」


「あ、いや。ゴメン、ちょっと意外だったから」


「いやいや。クラスメイトの危機(ピンチ)なんやから、協力ぐらいするって。凶也の奴が妙な事吹き込んだせいで、ワイのイメージホンマ悪いなぁ。君等2人には嫌われとうないんやけどなぁ…………」

 最後のひと言は本音が漏れたような感じだった。

 というか、別にイメージがどうとかって話じゃないんだけど。

 何か知らんけど、奇跡的に上手くいったみたいだ。


 ひとまず、宮内さんにも霧島の声が聞こえるように携帯を外部音声に切り替える。


「とりあえず校舎内に入りたいんだけど、入口の電子ロックをどうにか出来ないか?」

 と俺が言い終える前に < ピー > という電子音と共に入り口の扉の鍵が開く。


 こいつ、やっぱり園内の監視システムに侵入(ハック)してるな。

 扉が開くと外の冷たい風が、校舎内に流れ込む。


 夜の校舎は不気味な程に静かだ。

 特にこの学園の校舎は、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類が出現してもおかしくない。

 だが、迷っていられる状況ではない。

 俺が決意して校舎に足を踏み入れるよりも早く、宮内さんは校舎内へ駆けていった。

 慌てて俺も後を追う。


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