表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステリア  作者: 野村 誠
孤狼(リカントロピー)
7/25

孤狼4

「意外と大丈夫そうね、杉原君?」

 静刃先生は、俺の顔を一目見てそう尋ねる。


「転校初日から、こんな事態に遭遇したら普通の子は学園から逃走しちゃうわ」

 ……でしょうね。


「そいつも、頭のネジ5・6本スッ飛んでんじゃねーの?」

 凶也は後ろで可笑(おか)しそうに、けらけら笑っている。

 こいつ全然反省してないな。


 保健室に着くと、静刃先生は奥のベットに宮内さんをそっと寝かせる。俺も先生に(なら)って、その隣に犬神さんを寝かせる。


「これで、良し」


 静刃先生は俺達2人の方へ向き直る。


「さて、凶也。あんたは、進路指導室で待ってなさい。お父さん呼んどいたから」

 そう言われた凶也は再び、青ざめる。


「いやいやいや、マジでっ? 今日のは事故だって。不幸な事故! 不可抗力だったんだって!! そうだよなっ、転校生!?」

 凶也は助け舟を求めるように、俺の方を見る。


「いや? さっきのは、10割がた君のせいだと思うよ?」

 俺は、とても良い笑顔で即答(そくとう)した。


「てめえっ、裏切ったなっ!!」

 静刃先生が割って入る。

「ほらほら、凶也早く行きなさい」

 そう言われた凶也(きょうや)は観念して、とぼとぼ保健室を出て行った。出口の所で一度、俺の方を恨みがましい目で見ていた。


「…………驚いたわね」

 俺は何の事か分からず、静刃先生を見る。


「初対面であの子と対等に張り合える生徒を見るのは、初めてよ」

 静刃先生は興味深そうに俺の顔を見つめている。


(おに)村家(むらけ)の血筋は、代々常人離れした身体能力を持つ子が生まれる為に、どの時代においても様々な分野で重宝され、それは現代においても変わらないわ。あの子も幼少時から、毎日 過酷な訓練を課せられ、他人を思い遣る心を失ってしまった。それは、母親である私の責任でもあるんだけど…………」


 そう言って、静刃先生は頬に手を当て、深く息を()く。

 やはり2人は母子だったのか。凶也に対する静刃先生の言動から、薄々そう感じてはいたけど。


「ねぇ、杉原君。もし良かったら、あの子と友達になってくれないかな?」

 静刃先生は(すが)るような目で俺を見る。

 俺に話があるというのは、この事か。


 自分の異質さの為に他人と関われない苦しみは俺も身に染みて知っている。正直 凶也に対してはいい印象を持っちゃいないけど、こう言われて断る事は俺には出来ない。


「分かりました。一応、努力してみます」

 静刃先生は普段はクールな印象だが、そう言われた先生の顔は輝き、今日一番の笑顔を見せた。

「本当にっ? ありがとう、嬉しいわ」


 余程、息子の将来を案じていたようだ。まあ、無理もないけど。


「あ、そうだわ。杉原君は今日から、学校の寮暮らしだったわね。この学園寮は2人が相部屋なんだけど、凶也のルームメイトが見つからなくて困ってたのよ。杉原君にお願いしても良いかしら?」


 静刃先生は信じ(がた)い提案をしてきた。

 それは、四六時中あいつと一緒という意味か? いや、いくらなんでもさすがにそれは無理だ。

 どうする、俺?

 しかし今更断ることも出来そうに無い。



「………………………………いいですよ」


 俺は引きつった笑顔で答えた。俺に選択肢は残されていなかった。なんか、静刃先生に謀られた気がする。


「じゃあ、早速手続きしてくるわね」

 静刃先生は軽やかな足取りで、保健室を出て行った。


 まあ……なるようになるだろ(遠い目)。


 俺は学生寮に向かう前に、教室へ自分のリュックを取りに行く。

 すると4組の教室では当たり前のように、次の数学の授業が始まっていた。


 あんな事件があったのに授業を続けんのか?

 このクラスじゃ、この程度のことで休んでいたら授業数が足りないんだろうな。

 10人程度になった教室で、俺は午後の授業を受けた。


「大丈夫なんか? 杉原クン」


 隣の霧島が、小声で話し掛けてきた。


「あ、ああ。俺は別になんとも無いよ」


「ほーか」  

 霧島は俺の目をじっと見る。


「最初見た時は神経細そそうやと思ったけど、案外図太いんやな、自分」


 こういうのは初めてじゃないしな。

 というか、なんか当たり前のようにクラスメイトと会話出来てんな。1週間前の自分じゃ考えられない変化だ。


「他の皆も慣れてる感じだな。さっきの先生の対応もそうだったけど」


「ん~、でも、最近は色々トラブルが多すぎて、教師も対応しきらんくなっとるらしいで。下手するとこの学園の存続自体危うくなりそうな雰囲気や」


「えぇっ、マジでっ!!?」


 (いやいや、冗談だろ? ようやく自分の居場所が見つかったと思ったのに)


「そういや、去年、生徒の抱える問題を生徒達自身で解決しよう、てな名目で異寄学園生徒会(ことよりがくえんせいとかい)が立ち上がったんやけど、なんや上手くいかんかったらしいな。生徒会長以外、全員居らんようになったらしいわ」


 (生徒会? この学園を自分達の手で守ろうってことか。良いな、それ)


「上手くいかなかったのは、何でなんだ? 俺、この学園の為になるなら、その活動に参加したいんだけど」


「その生徒会を立ち上げた生徒会長ってのが、相当以上に問題のある人でなぁ。まぁ、それでもやりたいってんなら本人に言ってみたら良ぇんちゃう? 今、海外におるらしいから、2週間後の帰国ん時にな」


 (生徒会か。生徒達の悩みを聞いて、解決していくことでこの学園を守ることにもなるはず。その目的に賛同(さんどう)してくれるメンバーを集めて、そのメンバー達と一緒に活動出来るなら、それはきっと、やり甲斐があるだろうな)

 その活動に俺の学生生活の全てを掛けても構わない。本気でそう思えた。



 午後の授業は平穏無事に終わり、俺は職員室へと向かう。

 おそろしく長い1日だった。

 とりあえず早く寮でゆっくり休みたい。


 今度は教員数名の姿があり、その中に静刃先生もいた。


「お疲れ様、杉原君」

 静刃先生は、こっちに気付いて近づいてくる。


「そうそう、君に渡す物があったんだったわ」

 そう言って、俺にカードのような形状をした何かを手渡す。

 見ると、それは学生証だった。裏面を見ると、電子チップが埋め込まれている。


「この学園の入り口はそれが無いと内側から開かないのよね」


 この学園のことが少しずつ分かってきた。

 学園内の監視カメラや校舎入り口の電子ロックは、暴走した生徒を外部に出さない為の措置だったようだ。

 この学園では、外部より内部の方が脅威だってことか。

 (おちおち昼寝も出来ないな…………)


「君の部屋は、男子寮3階の北側の一番奥よ。何か困ったことがあったら、私に言って頂戴ね。何時でも相談にのるわ」


 先生が俺に気を遣っている気がする。

 問題児を押し付けたことに少し負い目を感じてんのかな。「何か困ったこと」というのは、(凶也に関して)という意味だろう。



 俺はそのまま、学生寮へと向かう。今朝見ているから場所はすぐに分かった。

 東校舎の向かいに位置する白い壁の5階建て。周りは花壇と生垣に囲まれている。

 入口は南側にあった。


 寮の入口を抜けると、広い空間に椅子やテーブル、部屋の隅には観葉植物があり、まるでホテルのロビーみたいだ。空調までついてる。

 そこでは、授業を終えた生徒が数人集まって話をしていた。


 校舎もそうなんだけど、異様に設備が整っている。

 なんでこんな問題児の寄せ集めのような学園に潤沢な資金があるんだろう。裏で何かの陰謀が(うごめ)いている気がする。考えすぎか?


 3階へ上がると、春風が頬を撫でる。

 今朝、凶也が廊下の窓を開けたままにしてたようだ。窓の横には「校舎への飛び移り禁止」という張り紙がある。


 一番奥の部屋を見ると、そこだけ扉が開いたままになってた。

 無用心だな。あいつと同室なのは、やっぱり不安だ。


 部屋を覗くと、右半分、おそらく凶也が使っているスペースの壁側が黒光りしている。良く見ると、くないやら鎖鎌やらが大量にぶら下がっている。

 あいつは忍の末裔(まつえい)とかだったりすんのかな? となると静刃先生のあの格好は、コスプレとかではなく、本職の忍なのか?


 部屋に入り窓を開けると、町の様子が一望出来る。

 良い風も入るし、中々どうして条件の良い部屋だ。


 俺は何だか気分が高揚し、何を思ったか自分のベッドへ勢い良くダイブした。


「やっほ~~い!!」


 ベッドの弾力で身体が弾む。




「……………………お前、俺っちの部屋で何してんだ?」


 振り向くと部屋の入り口で、凶也が立っていた。

 俺の行動に少し引いている目をしている。

 静刃先生にしても、こいつにしても気配が無いので困る。


「今日から君のルームメイトになる杉原です。どうぞ、ヨロシク」

 俺はベッドから起き上がり、笑顔で握手を求める。


「は? マジかよ? ルームメイトが決まったって、お前のことかよ。冗談じゃねーぞ。つか、てめぇ。さっき、俺っちのこと見捨てやがって。覚悟出来てんだろうなぁ」


「まぁまぁ、落ち着きなって。そんな昔のこと水に流そうよ、凶也クン」

 俺は、両手を挙げ降参のポーズをとる。




「………………お前さ、俺っちがどういう人間か知らねぇだろ? その身に教えてやるよ」


 突如、凶也の表情が豹変し、凍てついてゆく。と同時に、凶也の姿が視界から消失する。

 次の瞬間、首筋に何か冷たい物が触れた。


  (え…………?)


 視界(しかい)の端に黒い物が映る。

 これは、くないだ。

 何時の間にか凶也が背後から負ぶさるように俺にくっつき、両脚で挟み込むように俺の両腕を封じ、両腕で俺の首を羽交(はが)()めにして、くないを俺の首につきつけている。


 これは、疑いようも無く暗殺術だ。

 このご時世にこんなことをやっている連中が存在したのか。

 職業として成り立つということは需要があるということなんだろう。こいつも人を(あや)めたことがあるのか?


 しかし、本来身の危険を感じ恐怖するはずのこの状況で、俺に恐怖は無かった。

 においを感じたからだ。

 凶也が俺にくっついた時、俺は凶也から自分と同種の異質なにおいを感じた。  

 そして俺が感じたのは恐怖ではなく、親近感だった。

 俺は何だか、可笑(おか)しくなり、少し笑った。


「……っ!?」

 凶也が俺から離れる。


「何が可笑(おか)しいんだ? お前、マジにイカれてんのか?」

 凶也は理解できないものを見るように俺を見る。


「いや、案外お前とは仲良くなれそうだと思ってさ」

「はぁぁ? 意味がわからん」


 凶也は脱力し、くないを机に置いて、自分のベッドに横になる。

「もういいよ、お前。勝手にしろ。俺っちは寝る」



 そう言うと、凶也はすぐに寝付いた。

 俺はそっと自分の首筋に触れ、傷ついていないことを確認する。リュックを肩から降ろし、机の上へ。


 持ち物はほとんどないので整理する必要もない。

 疲れていたので、俺も自分のベッドに横になった。

 今日の出来事や、家族の事、これからの事がぐるぐると頭の中を巡る。


 色々な事を考えている内に、俺はいつの間にか夢の世界へと(いざな)われていた。


 次第に空は紫色に変わり、闇が少しずつ町を覆ってゆく。


 静寂が不吉な影を招くかのように辺りを包み、少しずつ夜へと変わる…………



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ