孤狼1
「あの子の中に獣が目覚めて以来、どこへ行っても追い払われ、疎まれ、ようやく辿り着いた居場所がこの学園なの。ここを追い出されたらあの子の行く場所なんてどこにも無いよ…………」
【4月 第1週】
俺の名前は、杉原 誠。
今日、この異寄町へ越してきた。
この町は非日常的な怪奇現象が日常的に起こる町として、ネット上で噂になっていた。
そんなもの噂に過ぎないだろうと思うかも知れないけど、実際来てみると噂以上に奇妙な町だった。俺は今これから通う学園へと来てるわけだけど、自分の教室は好きな所を選んで入れと言われて、途方に暮れてる最中だ。
無茶振り過ぎるだろ。何を基準に選べってんだよ?
高等部1年の教室は、1組から4組までの4クラス有るみたいだ。それとなく中を伺うようにして廊下を歩く。
皆、休憩時間に仲の良い友達と話をしている。俺はこれまで気の合う友人なんて居なかったから、こうゆう光景を見るのはちょっと息苦しい。
(はぁ……なんか、皆、楽しそうだなぁ…………)
それでもこの学園ならこんな異質な俺を受け入れてくれる同種の生徒がいるかも知れない。そう考えると、この教室選択は俺の高校生活を左右する重大な選択だ。絶対にしくじる訳にはいかない。
慎重を期したいとこだけど、ただ外から見ているだけじゃ何も分からないな。そう思いながら俺は4組の教室まで来た所で足を止める。
(…………あれ?)
4組の教室だけ誰も居ない。
きっと次の授業が移動教室で、皆そっちへ移動しているんだろう。俺は何となしに4組の教室へと入ってみる。そして、俺の視線は教室の後部スペースに釘付けとなった。
教室の後ろ、窓際の空間に何故か小さなテントが張られている。しばらく観察していると時折、もぞもぞ中で動いている。誰か中にいるみたいだ。
(う~ん…………これは、何かスルーした方が良い気がする)
しかし俺は不審感よりも好奇心が上回ってしまい、教室の後ろへ回りテントへと近づいて行ってしまった。
「…………あの……もしもし? 誰か居ます?」
俺は恐る恐る、刺激しないよう静かに声を掛けてみる。テントの中の何かはビクッと驚いたようで、少し沈黙した後、
「……は、入ってますっ」
と、照れくさそうに答えた。声からして女生徒のようだ。彼女は何を言っていいか分からないようで、押し黙っている。
こっちもどうしていいか分からないので立ち尽くしたまま、時間が流れる。
(…………………………………………)
しばらくして彼女は誰もいなくなったと思ったのか、テントの入り口をほんの少しだけ開けて、様子を伺おうと隙間からちらっと外を見る。
そして俺と目があった。
彼女は驚いたような、困ったような円らな瞳をして、すぐにテントの入り口を閉める。
……………………再び沈黙。
埒があかないので、こっちから話しかけることにした。
「あの、この教室誰もいないけど、皆、特別教室とかに行ったのかな?」
中は見えないんだけど、話しかけられたことに動揺しているようで、テントがもぞもぞしている。そして、何かを探しているのかガサゴソした音が聞こえる。
「あ、み、皆……は、今……地学……教室と、物理……教室……に……」
どうやら、時間割表を探してくれていたようだ。さっき一瞬見えたけど、テントの中には、色々な物が置いてあるみたいだ。まさかとは思うけど、この中で生活しているんじゃないだろうな?
いや、さすがにそれは無いか。
「俺、今日この学園に転入して来てさ、色々意味分かんない事だらけで、正直困ってんだ…………てか、自己紹介がまだだっけ。俺は杉原って言うんだけど、君の名前も聞いていい?」
「………………刹那…………」
まるで幼い子供の自己紹介のような声。
刹那? それは苗字? それとも名前? ……多分名前か。
「うん、刹那さんね。これから1年間よろしく」
そう言われた彼女は、照れているのか再びもぞもぞを始めた。
…………あれ? なんか、話の流れでこのクラスに転入するみたいになっちゃったけど。
まあいいか、このクラスで。何か判断材料があるわけでも無いし。
俺は適当にその辺の席に座り、他の皆の帰りを待つことにした。
しばらくして3時限目終了のチャイムが鳴り、クラスのみんなが帰って来た。
俺はひとまず座っている席を離れ、教室の後ろに立つ。
なんか緊張して汗かいてきた。
誰かの足音が聞こえ、勢い良く後ろの扉が開く。
(ガラッ)
最初に入ってきたのは、金髪頭で、耳にピアスをつけた似非関西弁男だった。
「………………あれ? あんた、どちらさん? 初めて見る顔やね?」
小脇にノートPCを抱えている。一見軽薄そうな感じなんだけど、奥底に何かを隠し持っているような、そんな印象を受けた。
「あ…………俺、今日このクラスに転入することにしたんだ…………よろしく」
「…………は~~ん」
金髪頭は、俺を頭の頂点から足の先まで舐めるように見る。
「難儀やねぇ、自分。よりにもよって、このクラスを選んでまうとはの…………ご愁傷様」
(どういう意味だ? 何かあるのか、このクラス?)
「あん? どうした、司? 誰か来てんのか?」
司と呼ばれた金髪頭の後ろで、聞き覚えのある声がする。
ひょこっと、顔を出したのは坊主頭の全身傷だらけの少年だった。今朝、学生寮の辺りで見かけた奴だ。
「転入生やとさ、凶也」
金髪頭は後ろの坊主頭から俺の姿が見えるように、ひょいっと横に移動する。
「へぇ……」
坊主頭は、たいして興味が無いようで、俺を一瞥して自分の席へと戻り、足を机の上に置いたまま座る。
皆が戻ってきたので、俺はどの席に座っていいか分からずそのまま立っていた。
「どないしたん? 転校生君。ワイの横、空いとるから座りぃな」
金髪頭が、自分の横の机の椅子を引く。
俺は、天地が逆転する程の衝撃に襲われた。
(こ、こいつ正気か? この俺を自分の隣の席に招くなんて? な、何かの罠か?)
俺を遠ざけようとする奴はいままで星の数ほど居たけど、近寄ろうなんておかしな奴は居なかった。
落ち着け。ひとまず落ち着け。
「ん、ああ。ありがとう」
どうにか動揺を表情に出さずに返答出来たぞ、多分。
俺はぎこちない動きで、椅子に座った。
「なぁ、あんた、名前は?」
は、話し掛けてきたっ、フレンドリーにっ。何事だ? どう応じたら良いんだ?
「…………す、杉原だけど」
「ワイは霧島 司。まあ、よろしくしたってな。もしかしたら、2・3日の付き合いになるかも知れんけど」
自然に会話出来たぞ、すげえ。
彼は楽しそうに笑っている。俺がすぐ辞めるとでも思ってんのかな。悪気は無さそうだけど、フランクな性格らしい。
5分ほどして、移動教室から全員もどったようだけど、やけに人数が少ない気がする。
机は40席程あるのに、今居る人数が15,6人しかいない。
どうしよう? こいつに聞いても大丈夫かな?
しばらく様子を見るべきか? しかし気になってしょうがない。
「……なぁ、このクラス人数少なくないか?」
俺は思い切って隣の霧島に聞いてみる。
「んん? このクラスはいつもこんなもんやで。このクラスは学年でも異端児達が集結した問題クラスやからなぁ」
霧島は面白そうに、にやにやしながら俺の反応を見ている。
「日本全国の異端児達が集まるこの学園で、更に異端児扱いされとるこのクラスの奴らは、もう妖怪の類のような連中揃いやで」
ちょっと待て。
今からでも別のクラスを選ぶべきなんじゃないか?
そういえば、凶也と呼ばれていた彼も人間離れした運動能力を持ってたな。
「き、君も、そういう連中の一人ってことで良いのか?」
気になったので、霧島にそのまま聞いてみた。
「うん? このクラスの中では、ワイが一番人間寄りやと思うんやけどね。まぁ、この町ではワイのことを情報屋なんて呼ぶ奴もおるな」
斜め前の方の席から、押し殺したような嫌味な笑い声がした。見ると先程の凶也という生徒だった。
「ククッ。そいつに下手に関わるなよ、転校生。そいつ、情報を得る為なら手段を選ばない悪徳業者だぞ? 中坊ん時、どっかの企業にクラックかまして、指名手配されたんだっけか?」
霧島が困った風に頭をかく。
「おいおい、人様の個人情報、歪めて流したらアカンよ」
否定しないのか。
「あれは人助けの為にやったんやて。悪意があったわけやないんやから、せめてクラックやなくて、ハックって言って欲しいわ。ワイの第一印象 悪ぅなるやん。まぁ、最近は昔のようなやんちゃはしてへんで? ワイがこの町に来たんは、サイバーポリスに目ェつけられる前に逃げてきただけや。この町じゃ警察は機能しとらんし、この町に居る限り外の奴らは手ぇ出しにくいからの。この町は紆余曲折あって、今は一種の治外法権が敷かれて自治法がこの町を治めとる。外の警察もこの町には関わりとうないってのが本音やろな。そういうわけで、あんたさんもこの町で生きていきたかったらワイの情報は必須やで」
そう言って、笑顔で名刺を渡してくる。
見ると、異寄町情報発信室室長という肩書きが印字されていた。
「クラスメイトの誼みで初回サービスするで」
ある程度覚悟はしていたつもりだけど、予想の遥か斜め上を行くとんでもない学園へ来てしまったみたいだ。
まあ、自分で選択した道なんだから後悔なんてしてないけど、前途多難ではある。