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ミステリア  作者: 野村 誠
序章(プロローグ)
3/25

序章3

 


 俺の身体に近づくにつれ次第に意識が遠くなった。


 (………………………………?)


 さっきと同じように、突如視界が暗転し、気がついたら元の体に戻っていた。


 俺はゆっくりと身体を起こし、どこも異常が無い事を確認する。

 視界も正常。音も聞こえる。感覚も有る。

 とりあえず、なんともないみたいだ。

 安心すると同時に、一気に力が抜けた。今のはマジでアセった。

 俺の人生の中でも5指に入る奇跡体験。

 さっきまで白昼夢(はくちゅうむ)を見ていたと考える方が現実的だ。ドッペルゲンガーも消えている。

 俺はしばらく呆然自失としていたが、徐々に落ち着きを取り戻した。


 俺は自分の精神を分離する異能に目覚めた、と理解すれば良いのか? どうやったのかも分からないけども。


 ともあれ、ここでじっとしていても何も始まらないので、その場で立ち上がる。

 少し足が重い。自分の肉体が持つ感覚に違和感が有る。まぁ、しばらくすりゃ慣れるだろう。

 

 それより、今はこの学園で俺が高校生活を送れるかどうかの方が問題だ。

 もちろん入学試験を合格してここへ来たわけだけど、俺の異質さのせいで入学を断られるなんてことも有り得る。


 今までのように転校を繰り返すような事はもうたくさんだ。

 普通の高校生活を送りたい、なんて贅沢(ぜいたく)は言わない。でもせめて俺の存在が許される教室の中で生活を送りたい。その為にもまずは職員室へ行ってちゃんと挨拶(あいさつ)をしないとな。

 俺は当ても無く、前進する。


 それにしても、この学園はとてつもなく広いみたいだ。

 国立大学並みの広大な敷地に、様々な建物が林立している。今、俺の目の前にある建物はどうやら学生寮のようだ。

 建物の脇にはさっき正門で見たのと同じ監視カメラが設置してある。

 それにしてもこの監視カメラ、あちこちに設置してあるな。防犯目的にしても数が多すぎる気がする。常に見張られている感じがして、あまり良い気はしない。


 そして今はっきり実感したんだけど、この学園全体が異質な空気に包まれている。

 この町に来た時に感じた異質な空気を何倍も濃縮したかのような感覚だ。

 俺もまた異質な人間だから多少の違和感を感じるだけなんだけど、多分普通の人だったら近づくことすら躊躇(ちゅうちょ)するような空気なんだろうな。この学園自体、噂に聞いていたミステリースポットの一つなのかも知れない。

 校舎の入口はこちら側では無いようなので、一旦引き返そうかと思ったその時、突然 怒声が響いた。


「そこで、何をしているっ!!」


 俺は自分が怒られているのかと思い、狼狽(うろた)える。


「す、すみませ……」


「ま~たお前かっ、凶也(きょうや)!!」


 上を見上げると、学生寮の3階の窓枠の所に足を掛けている奴がいる。

 凶也と呼ばれたその男子生徒は坊主頭で、小柄な体躯(たいく)でハーフパンツを履いた少年のような人物だったが、とりわけ目を引いたのは、顔中、身体中が傷だらけだった。まるで、刃物で切りつけられたような傷。


 その少年は、次の瞬間、学生寮の窓から、向かいの校舎へ向かって、飛び移った。


 は???


 その動きは人間のものではなかった。10メートル程の距離を、たやすく飛び移り、向かい側校舎の3階の窓枠をつかんでいた。

 一体なんなんだ、あれは? 新種の猿か?


「校舎を飛び移るのを止めろと何度言ったら分かるんだっ!! 窓枠が痛むだろうが!!」

 校舎側2階にいた、体格が良く、角刈りの男性教師は上の階に向け怒鳴っている。


「なんだよ、なんだよ。俺っちの心配をしてんじゃねぇのかよ! グレちまうぞ、この野郎」

 新種の猿は、下の階に向け吠えている。

「お前等が遅刻すんなって、うるせぇから急いでんだろうが」


阿呆(あほう)。もうとっくに始業時間過ぎてんだよ!!」

「え? そうなの?」

「すぐ行くからそこ動くなよ凶也!!」 

 そう言われた少年は、脱兎(だっと)の如く逃げ出していた。


 その現実離れした光景をただ見つめていることしか出来なかった。

 俺は、いままで自分を異質だと思っていた。しかしこの学園に集まる異質と呼ばれる生徒達は、どうやら俺の想像の範疇(はんちゅう)を超えているみたいだ。

 それでも不思議と不安にはならなかった。俺の居場所はここにあるという思いは少しも変わらない。なんでか分からないけど。

 俺は気を取り直して引き続き職員室を探して徘徊(はいかい)する。


 校舎のすぐそばへ来ると、空気の異質さが俺ですらちょっと引く程になってきた。

 校舎側正面へ回ると、正面玄関らしき扉があったけど何故か閉まっている。


 つくづく変な学園だな。

 まっ昼間から扉を閉める意味が分からない。黒光りする重厚な扉には威圧感があり、まるで校舎内を外の世界から隔絶してるみたいだ。 


 扉に手をかけ、力一杯横に引くと鈍い音をたててゆっくりと開いた。俺は周りを伺いながら、抜き足差し足で中へと入る。ただ学園に入るだけなのに何で俺はこんな真似をしているんだ?

 そう思ったその瞬間、 (ピピッ) という電子音と共に突如扉が自動的に閉まる。


 俺は驚いて、再び扉に手を掛けるが今度は開かない。上にはセンサーらしき赤い光が見える。益々、訳が分からない。

 扉の横にある装置からは警報が鳴り、音声アナウンスが流れる。

《学生の方であれば、学生証をカードリーダーへ通して下さい。外来の方であれば、管理者の許可を得て下さい》

 一応、学生ではあるけど学生証はまだ持っていない。扉の横を見ると、管理人の窓口があった。


「すみません、明日転校予定の杉原(すぎはら)ですけど…………」

 管理人室へ向かって声を掛けたのに反応が無い。ガラス越しに中を覗いても誰も居ないみたいだ。

 警備が厳重なのか、緩いのか良く分からん。なんかだんだん腹立ってきた。とにかく退路を断たれた以上前進するしか無さそうだ。


「それじゃ、勝手に入らせてもらいますよ、っと」


 独り言を呟きながら正面玄関を抜けると、左右に伸びる廊下、上へ登る階段、下へ降りる階段がある。

 ここは一階なので、下へ降りると地下になる。

 地下のある校舎は、いままで俺の通った学校では初めてだった。

 下への階段を覗くと、やけに薄暗い。それに何か嫌な空気が流れてきて、寒気がする。

 地下には特別教室でもあんのか? とりあえず今はここに用は無い。

 俺はひとまず廊下を左に曲がり、職員室を探す。


 校舎内はかなり綺麗だった。俺が調べた情報によると、この学園は創立3年の新設校らしい。まだ真新しい廊下に足音を響かせながら、順番に部屋を調べていく。


 管理人室、宿直室、進路指導室、学園長室と部屋が並び、その先に職員室があった。


 俺は扉の前で一度立ち止まる。どこの学校でも職員室に入る前というのは やっぱ緊張する。転校初日ともなれば尚更だ。

 人の印象は第一印象で9割方決まるらしい。俺は精一杯の爽やかな笑顔を作り、元気の良い声で挨拶(あいさつ)して扉を開ける。

「失礼しま~す」


 …………静寂が訪れる。


 まるで、時が止まったかのような、そんな静寂。


 これは一体どういうことだ?


 職員室には、誰もいない。

 授業中であっても、職員室に数人の教師がいるもんじゃないのか?


 先生達の机の上には乱雑に書類の束が置かれている。

 誰もいない職員室というのはなんだかちょっと不気味な感じだ。


 俺は職員室の扉を閉めて部屋の外に出る。


 きっと人員不足なんだろう。

 俺は勝手に自己解決し、今後の行動について頭を巡らす。いきなり授業中の教室へ入るわけにもいかないし、授業が終わるまで待つか? それまで、どう時間を潰……!?


 突如、肩を掴まれる。


「今は、授業中よ? 君は、何故こんな所にいるのかしら?」

 言葉は丁寧だが、語調は鋭い。というか、人の居る気配を全く感じなかった。

 忍者にでも遭遇したのかと、振り返る。


 そこに居たのは本当に忍者だった。


 黒い髪を後ろで束ね、背丈は俺と同じくらい。切れ長の眼に、薄い唇を一文字に結んでいる。歳は若そうで、主観的に見ても、おそらく客観的に見てもとても美人な女性だ。


 ただ、服装が紫色の忍装束(しのびしょうぞく)だった。


 色んな意味で唖然(あぜん)としている俺の姿を、彼女は少し不思議そうに首を(かし)げて見ている。その仕草も可愛らしい。


「どうかしましたか?」

 その言葉で我に返る。


「あ、この僕は本日 転入してきた、杉原(すぎはら) (まこと)と申します」

 気が動転しすぎて、未だかつて使ったことの無い言葉遣いになった。


「あら、それは失礼しました」

 彼女は、自分の勘違いに気付き、口に手を当てる。


「私は、この学校で教員をしている、(おに)(むら) 静刃(しずは)です」

 律儀に自己紹介で返してくれた。この町へ着いてから驚きの連続だったので、このまともな対応に軽く感動した。

 きっとこの町で数少ない常識ある人間なのだろう……(格好以外は)


「あ、今、職員室に誰もいないでしょう? 今日はちょっと……色々ありましたから」

 彼女は、何か言葉を濁したようだった。


 俺はやっと出会えたまともな人にこの学校についての様々な疑問を聞こうとしたけど、疑問が有りすぎて何から聞こうかと迷っていると、

「それでは、まず君の好きな教室へ入ってください。その教室がこれから君が1年間過ごす場となります」

と、訳の分からない事を言い始めた。


 好きな教室を自分で選べ? そんな、画期的なシステムを採用する高校の話は聞いた事が無い。

 2時限目の終了を報せるチャイムが園内に鳴り響く。


「3時限目の始まる前に、自分の教室を選んで下さいね」


 今日は挨拶(あいさつ)だけで授業には明日から出る予定だったけど、少しでも早くここでの生活に慣れたかったのもあるので、とりあえず先生の言う通りにすることにした。

 郷に入っては郷に従え、だ。

 聞きたいこともたくさんあったが、休憩時間もそんなに無いだろうから先に教室へ向かった方が良さそうだ。


「頑張ってね、杉原君。学校辞めたりしたら、駄目ですからね」

 静刃先生は、別れ際に笑顔で不吉な事を言って去っていった。


 初登校の生徒に掛ける言葉とは到底思えないけど、この学園に来てすぐ辞めていった生徒はきっと数え切れない程居るんだろう。


 この学園に来てまだ数分なのに、先生の言葉の意味は十分に理解出来てしまった。俺はこの学園で生き残る決意をし、1年生の教室がある2階へと上がっていく。


                     序章プロローグ 完。


ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。


次章より本編となります。


誠と、奇妙なクラスメイト達の混沌(カオス)な学園生活をどうぞお楽しみ下さいませ。

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