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ミステリア  作者: 野村 誠
黒霧(ブラックアウト)
23/25

黒霧11


 しかし俺の祈りを嘲笑うかのように黒霧はなおも拡がり続け、3階の渡り廊下を完全に飲み込み、4階の中程まで迫ってきていた。


 その様子を宮内さんと一緒に呆然と見ていると、後ろにある屋上の入口の方から誰かが階段を上って来る音が聞こえた。振り返ると、男子生徒が息を切らせて入口の所に立っていた。


 …………知らない顔だ。校章を見ると同級生のようだけど、多分違うクラスの生徒だろう。彼は俺の顔を見ると、真っ直ぐ俺の方へと向かって来て、数歩手前で立ち止まった。


 (…………何だ?)


「お前等、黒霧が見えるんだろ? 西校舎に渡れなかったのかよ?」


「あ、ああ。そうだけど…………君、どっかで会ったっけ?」


「いや、初対面だけど。お前等、さっき校庭で子供を救けてた人達だろ?」


 彼は詰め寄るように質問してくるので、俺は気圧されるようにひとまず頷く。


「やっぱりか。西校舎側から、お前等の姿が見えたんで慌ててこっち来たんだよ。とりあえず俺は黒霧とかいうのは見えねぇし、教師には止められたけど強行突破して来た」


 そこまでして、俺に何か用でも有るのか?


 彼は更に詰め寄り、宣言する。

「お前等、俺が絶対に救けるからな」


「…………え?」


 彼は伏し目がちに、声量を落として話し始める。


「…………この学園に送られた俺達は、社会の異分子だ なんて思ってたけど、体張って子供を救けるお前達を見て、この学園にいる俺達だって捨てたもんじゃ無いんだって思えたよ」


 心なしか、彼の目に涙が浮かんでいる。きっと彼も辛い経験をしてきたんだろう。


「お前等みたいのが、この学園に居るってことが俺にとっての希望になるんだ。だから、救ける。もう少し待っててくれ」


 そう言い残し、彼はまた屋上入口から下の階へと降りていった。


「なんだぁ、ありゃ? 変な奴ぅ」

 凶也は、状況を愉しむように軽口を叩いている。


 でも彼の気持ちは素直に嬉しいけど、どうするつもりなんだろう?

 俺もさっきからこの状況を打破する方法を必死に考えてはいるけど、一向に思い浮かばない。救助ヘリでも出してくれれば良いが、この町の自治会にそんな物は無いだろうし…………


 俺の思考を遮るように、突然、入口の方から悲鳴に似た叫び声が聞こえた。


「なんなのっ! 何で私がこんな目に合わないといけないのよッ!?」


 取り乱した女子生徒と共に、20名程が屋上へやって来た。

 どうやら3階の渡り廊下を渡りきれなかった生徒達らしい。

 更に遅れて中等部らしき男子生徒が1人、屋上へとやって来た。様子を観察していると、どうやらその中で黒霧が見える生徒が2名程残っているみたいだ。


 さっき叫んでいた女子生徒と、遅れてきた男子生徒。

 これで、俺と宮内さんを含め4名が黒い海の漂流者となった。


 入口の所にいた黒霧が見える2名は、入口横の壁にもたれるようにして座り込んでいる。  

 まるで全てを諦めたかのような表情を浮かべて。


 近づく黒霧は容赦無く俺達の精神を削りに来る。

 ここからは完全に消耗戦だ。

 俺の精神は、まだいくらか余裕が有る。隣に居る宮内さんもまだ大丈夫そうだ。


 問題は後ろの2人。


 特に遅れてきた男子生徒の方は、(うずくま)るようにして項垂(うなだ)れている。

 明らかに限界が近そうだ。少しでも、黒霧と距離を置いたほうが良い。


 俺は屋上を見渡して、どこか高い場所を探す。

 ふと、凶也が腰掛けている屋上入口の上に目が行った。あそこならほんのわずか、黒霧と距離を取れる。


 俺は急いで入口の方へ向かい、横に置いてあったハシゴを使って入口の上に登り、女子生徒と男子生徒を誘導する。

 宮内さんも協力してくれた。


 屋上入口の上はかなり狭いスペースしか無かった。ひとまずそこに居た凶也を蹴落とし、俺達4人が移動する。

 下に落とされた凶也が何か叫んでいたが、聞く必要は無い。


 俺達4人が登りきったのとほぼ同時に、屋上の縁から黒い影が迫ってくるのが見えた。俺はついに、その時が来た事を知った。


 とうとう黒霧の高度が屋上まで到達した。


 黒霧はじわじわと屋上の縁を侵食するように、迫り寄って来る。

 屋上の縁に居る生徒の(くるぶし)位の高さまで来てたけど、見る限りその生徒には何の影響も無いようだ。

 俺達4人以外の生徒にも特に異変は無い。黒霧が見えない人間には影響が無いという説は、どうやら信用出来そうだ。そうなると問題は俺達4人に絞られる。


 ふと向かいの西校舎側の屋上を見ると、犬神さんだけで無く他の生徒達も心配そうにこちらの様子を見ていた。

 向こうはまだしばらく大丈夫そうだ。

 しかし、俺達の居るこの場所は東校舎の最高度地点。本当に俺達にはこれ以上もう為す術が無い。


 下を見ると真っ黒い煙が漂っているみたいだ。

 そして、とうとう黒霧は屋上一面を覆い尽くした。

 俺達との距離は約2メートル。この距離になると、俺もさすがに精神的に厳しい。

 宮内さんも冷や汗を流しながら必死に耐えている。


 後ろで物音がして振り返ると、男子生徒が気を失って倒れていた。

 宮内さんが介抱しようとそちらに向かうが、動くのさえも辛そうだ。


 これは、さすがに俺も覚悟を決めるべきか………  


 ようやく、自分の居場所を見つけたと思ったのに。

 俺の異質な運命とやらは、とことん俺を絶望に追いやる気らしい。

 まあ俺の場合、今まで無事だっただけでも運が良かったと言えるのかも知れない。

 そして短いながら生きている実感というやつを味わえたんだ。そう考えれば多少は救われる。


 でも、宮内さんや後ろの2人は俺の異質な運命とは関係無いはずだ。

 まさか、宮内さんは俺に関わったばかりにこんな目に合っているなんて事は無いだろうな。

 それはさすがに耐えられない。

 俺の異質な運命が牙を剥いて襲いかかってくるという予感は確かにあった。でもこんな大事になるなんて。

 頼むから襲うなら、俺だけを襲ってくれ。


 宮内さんの方を見ると、気絶した男子生徒に膝枕をして彼の汗をハンカチで拭っている。 

 少しでも男子生徒の精神を安らげようと、頑張っている。


 宮内さんは4人全員で救かることを諦めていない。それを見て、弱気になっていた自分が情けなくなった。


(…………生きてやる。全員で生き残ってやる。異質な運命? そんなもん、知るか!)



   (ガチャ、ガチャ、ガチャ)



 俺が抗う決意を固めた時、屋上の入口から何かを運ぶような音が聞こえた。

 今は入口の上にいるので見えないけど、それは1つ2つでは無いようだ。


 入口から、一人の男子生徒が姿を現す。

 さっき、俺達を救けると宣言してくれた男子生徒だ。

 彼はなぜか教室の机を持っていた。どうやら東校舎4階の教室から運んできたものらしい。


 彼の後ろからは他の生徒の声がした。


「おい、入口で止まんなって。入れねぇだろ」


「あぁ、悪い」


 男子生徒がそう言って横に移動すると、続々と他の生徒が入ってくる。その全員が両手に机を抱えていた。


 最初に入ってきた男子生徒は、俺達の方を見上げて声を掛ける。

「遅くなったな。他の生徒に声かけるのに手間取っちまって」


 そしてようやく俺は、彼のしようとしている事を理解した。

 ずっと独りで生きてきた俺には出来なかった発想。

 高度が足りないというなら、造れば良い。


 男子生徒が集まった皆に声を掛ける。

「それじゃあ皆、まず屋上入口のすぐ横の所に1段目を作ってくれ。土台になる段だから、崩れない様に綺麗に、そしてたくさん並べてくれ」


 男子生徒の号令で、即席の机ピラミッドが形成されていく。

 そして3段目の時点で、今俺達がいる高度とほぼ同じ高さになっていた。


 3段目以降はさすがに難航し、力のありそうな男子生徒が上に登り、下から送られてくる机を積み上げていく。

 俺もその机の上へと移動し、協力する。じっとしているより、動いている方が気が紛れる。


 西校舎側からそれを見ていた生徒達も加わり、協力者はどんどん増えていった。もちろん、それは黒霧の影響の無い生徒達で構成されている。

 その様子を見ていた宮内さんは感極まって涙を流していた。


 そして、ものの数分で五段重ねの救いの塔が完成した。


「よっしゃ。ひとまず、4人とも頂上に上がってくれ。これでも足りなければ俺達がいくらでも積み上げてやる」

 

 男子生徒は、息を切らし汗を流しながら俺達に呼び掛ける。


 俺と宮内さんは彼とその協力者達に御礼を言って、有難く使わせてもらうことにした。


 まず、弱っている2人を他の生徒の手を借りて一番上へと運ぶ。

 それから俺と宮内さんもそれに続く。

 机ピラミッドは即席の割に安定しており、俺達4人が移動しても崩れることは無かった。

 俺達が移動している間も下の方ではピラミッド建設が続行している。


 集まった生徒達が一致団結して、声を掛け合い、俺達を救ける為に動いてくれている。

 本当に感謝してもしきれない。


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