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ミステリア  作者: 野村 誠
黒霧(ブラックアウト)
21/25

黒霧9

 


 俺は教室を出て、一通り周りの教室の様子を見て回る。

 どうやら、東校舎2階に残っているのは俺達3人だけみたいだ。

 急いで1年4組の教室へと戻り、宮内さんに合図する。


「急ごう、ここも直に危ない」


 宮内さんは頷き、犬神さんに呼びかける。宮内さんの声を聞いた犬神さんはおずおずとテントから顔を出し、きょろきょろと辺りを伺う。

 なんか、木の節穴から子リスが顔を(のぞ)かせているみたいだ。


「大丈夫よ。今、杉原君が見てきてくれたから。今ここにいるのは私達3人だけ」


 それを聞いた犬神さんはテントの入口を全開にして、テントから姿を現した。


 宮内さんと並んで立つと、彼女の小ささが一層際立つ。

 宮内さんは高校1年女子の標準身長だけど、犬神さんは中学1年女子の標準ぐらいだ。俺の視線に気づいたのか、犬神さんは宮内さんの影に隠れる。その行動に、俺はちょっと傷ついた。


「ひとまず3階で誰もいない場所を探して、そこに避難しましょう」


 宮内さんの提案に俺は頷く。

 俺が2人を先導し、教室近くにある階段へと向かう。

 3階へ向かう階段の踊り場で宮内さんと犬神さんは一旦待機してもらい、俺が先に行って避難場所を探すことになった。


 3階へ上がると、生徒や教師が至るところにいる。


 不安そうに友人と話し合う者、一心に窓の外を見続ける者、この状況を楽しむ者、様々だ。

 普段学園内に散っている人間たちが、東校舎と西校舎の3階以上に集中しているんだから、人口密度が異常に高い。

 

(こりゃ、誰も居ない避難場所を探すのは、かなり厳しいな…………)


 まず女子トイレの個室に犬神さんと宮内さんを避難させる事を考えたけど、窓の無い場所だと外の様子が分からない為危険だ。教室、廊下共に人のいない場所はどこにも無い。


 3階を駆け回っていた俺は、ある部屋の前で立ち止まる。部屋の扉を開けて中を覗くと誰ひとりいなかった。


(ここしかない!)


 俺はそう考え、この部屋に2人を誘導する。

 2人がこの部屋に入るまで数人の人間に会うのは避けられない為、犬神さんには目を閉じてもらい、宮内さんが手を引いて急いで部屋の前に移動した。

 部屋の前まで辿りついた時、宮内さんは一瞬部屋の前で立ち止まる。


「数学準備室…………?」


 俺は数学準備室の扉を開け、2人を招き入れる。

 2人を押し込むように中に入れ、念の為に中から鍵をかける。


 犬神さんは周りのニオイを()いで、俺達以外の人間がいないのを確認して目を開ける。そして宮内さんと同じように、辺りを見回している。


 数学準備室には数学の授業で使う道具が所狭しと並べられていて、部屋自体も狭いのもあって人が4、5人入る位の空間しかなかった。

 こんな所へ避難する物好きはさすがにいなかったみたいだ。

 小さいながら窓もあり、外の様子も伺える。今の俺達にはおあつらえ向きの部屋だ。



「ひとまず、ここなら安心そうね」


 犬神さんはそれに対し、こくりと頷く。


 とりあえず事態が沈静化するまでここで籠城(ろうじょう)することになりそうだ。

 幸いその場に座り込むくらいのスペースはあったので俺達3人、腰を下ろして一息ついた。


「まったく、とんでもないことになったなぁ…………」


 俺は独り言のように(つぶや)く。


「本当ね…………この学園でもここまでの事態になるのは珍しいよ」

  

 宮内さんは俺の意見に同意したつもりで言ったんだろうけど、俺はその言葉に恐怖を感じた。

 珍しいってことは、以前にもここまでの事態になるようなことがあったということだ。

 俺はそんな考えたくも無い現実に対し、聞かなかったことにしてやり過ごすことにした。


 犬神(いぬがみ)さんは迫り来る黒霧という脅威を本能で感じるのか、不安そうに宮内さんに寄り添っている。


 俺もそこに混じって良いかな?


 ………… いや、無理か。


 俺は独りで膝を抱えて、時間を過ごすことにした。


 宮内さんと犬神さんは互いの体温を感じ安心したのか、うたた寝を始めていた。

 俺はさっき小一時間ほど睡眠をとったばかりなので眠くは無い。

 丁度俺は窓際にいたので状況を伺いつつ、この2人を護ることを心に決める。


 部屋の外からは、近くを通る人の足音や話し声なんかが扉を通して聞こえてくる。

 なんだか、この空間が外とは隔絶された空間みたいだ。

 外の様子からして、この3階はしばらく大丈夫そうだけど。


 そういえば、西校舎の様子はどうなんだろう?


 さっき教室の大きな窓から、黒霧を見た時に気づいたことがある。

 この黒霧はまるで砂山のような形で局所的に堆積する性質があるようだ。

 その為、近い距離にある場所であっても黒霧の溜まり具合が異なるということになる。


 さっきは気にして見ていなかったけど、西校舎はこちらと違い全く黒霧が溜まっていないのかもしれないし、考えたくは無いけど最悪西校舎全体が黒霧に沈んでしまっている可能性も有り得る。


 今まで自分達のことだけで精一杯だったけど、良く考えてみるとこれは皆と共有すべき情報だよな。

 そう思い至った俺は、霧島に電話することにした。

 熟睡している2人を起こさないように少し声のトーンを(おさ)える。


「おー、杉原クンか。今どこにおるんや?」


 こんな状況にあっても、霧島の明るさは普段と変わらない。

 むしろ情報屋としての本分を発揮できる状況に置かれ、生き生きしているかのようにも思える。


「いや、俺のことよりも伝えたいことがあるんだ。黒霧の溜まり方についてなんだけど……」


「それやったら、丁度こっちもそれに関して話しとる最中なんやが、杉原クンの意見も聞かせてくれ。情報は多い方がええからな」


「多分だけど、黒霧の溜まり方は東校舎と西校舎で差があるように思うんだ。そうだとするなら3階の渡り廊下を使って、黒霧の堆積が少ない方に移動するべきじゃないかと」


「ビンゴ! ワイらもたった今、そう結論づけた所や。圧倒的に黒霧の堆積が少ない西校舎に全員避難させるべきやってな」


 俺の悪い方の予想は外れていたようで、ほっと胸を撫で下ろす。


「ワイらはそれを今から園内放送で流すから、もし杉原君が東校舎におるならすぐに西校舎へ移動した方がええで」


「分かった」


 俺は霧島達の邪魔をしたくなかったので、会話を早めに切り上げ電話を切った。

 それとほぼ同時に西校舎への避難を促す園内放送が流れる。


 その放送を聞き、宮内さんと犬神さんは目を覚ました。

 部屋の外がにわかに騒がしくなる。

 教員が生徒達に落ち着いて行動するよう注意を呼び掛け、足音が一方向へと向かって遠ざかって行く。


 俺は窓の外の様子を確認する。

 黒霧は先程まで俺達が居た1年4組の教室がある東校舎2階まで到達していた。

 それでもなお、留まることなく進行を続けている。

 一体どこまで堆積するんだ?

 校舎内に居るから安心だと考えていた俺は、ここに来て危機感を覚え始めていた。この様子だと、3階まで到達するかもしれない。

 

 すぐにでも部屋の外に出て西校舎へ移動したいところなんだけど、犬神さんの対人恐怖症のことを考えると、外にいる人達が避難した後に動き出すしかなさそうだ。


 俺達は外が静まるのをじっと待つ。犬神さんはそんな俺達を見て何かを迷っているように見えたけど、意を決したようにおずおずと口を開く。


「ねぇ、久美…………それに、杉原、君も…………あたしは、後から、行くから……2人は、先に、行…………」


「やだ」


 宮内さんは、犬神さんが話終える前に答える。


「刹那っ、次にそんな事言ったら怒るからね」


 犬神さんに詰め寄り、顔を近づけてそう言い放つ。

 犬神さんは涙ぐみながら頷いている。  

 そして宮内さんは、今度は俺の方へと振り向く。


「杉原君。ここは私達だけで大丈夫だから、君は先に行……」


「やだ」


 いままで3人で逃げてきたのに、今更俺だけ一抜けする気にはなれなかった。

 宮内さんは目をパチクリさせた後に、くすくす笑い出す。


「杉原君。それ、男の子が言ったら変だよ? …………でも、君ならそう言ってくれると思った。じゃあ、私達は運命共同体ってワケね」


「うん。生き残ろう。3人揃って」


「もちろん!」


「ふ、2人共…………ありがと……」


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