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ミステリア  作者: 野村 誠
序章(プロローグ)
2/25

序章2

 


 俺は本当にこの町でやっていけんのか?


 かすかな不安が頭を()ぎる。いきなりホームシックになってしまったけど、今更戻れるわけも無いか。俺はこの町で生きていくと決めたんだ。

 帰ったって俺の居場所なんかないんだから。


 もう一度、鎧武者の方を見ると、既に姿は無かった。どこかへ行ったみたいだ。俺は一安心する。


「キミは、この町がどんな場所か知ってる?」


 不意に声を掛けられ前を向くと、お姉さんはカウンター越しに俺を見ていた。まるで俺の様子を観察するかのように。さっきまでののんびりとした表情は消え、少し険しい顔をしている。


「この世のあらゆる異質が集う町。この町を訪れる人間もまた、異質」


 彼女は俺の反応を伺うかのように、話を続ける。


「まぁ、異質と一口に言ってもその異質さは千差万別。ただ、その人が最初にこの町を訪れた時、どういう行動を取るかでその異質さがどういう類のものかアタシにはある程度判んだよ…………最初にこの辺りに来る人は珍しいけど、その中でも迷い無くこの店を訪れたキミは、異質の極みと言えるね」


 俺はこの言葉に心底驚いた。


 自分の異質さは自分が誰より知っているから、今更それを知らされたところで驚きはしないけど、それを他人から指摘されるのは初めてだった。

 何者だ、この人?


 唖然(あぜん)としている俺を見てお姉さんが一言。


「ん~、まあ、でも、どんな異質な人間だって、生きてはいけるんだからあんま気にしなくてもいいよ、とりあえず」


 …………なんか微妙にフォローされた。


「いや、気にしてませんけど。それより、俺の異質さがどういうものなのか、何か分かった事があれば、ぜひ教えて下さい」


「あぁ?」


 お姉さんは眉をひそめて、こっちを(にら)む。

 

 え? 怒らせた?

 

 一歩退いて、逃走の準備をする。

 俺の反応を見て、お姉さんは不思議そうな顔になった。


 別に怒ってはいないようだ。

 ただ聞き返しただけらしい。


「この店はね、余程異質な運命を背負う人間でないと、見つけることすら出来ないんだよ。つまり、キミの異質さはその類稀(たぐいまれ)なる数奇な運命に起因していると言える。それにキミ…………不思議な魂の形をしてるね」


 そういって彼女は俺の胸を指差す。


 魂の…………形? この人には魂が見えるとでも言うのか?


「まるで、2つの魂が合わさったみたいな、(いびつ)な形…………この町に来る人は、皆、異質な魂を持ち合わせてるもんだけど、キミが持つような魂は見たことが無いな。魂というものは、人との関わりに深く影響する。キミほどの異質な魂の所有者だと、一般的な人の魂とは合わないだろうね。今まで、色々苦労してきたんじゃない?」


 お姉さんの話は突拍子も無いものだったけど、すんなりと受け入れることが出来た。


 それは俺が15年の生活の中で、自分の異質さの根源について出していた結論とほぼ同じものだったから。


 俺がいままで他人との関わりの中で感じてきた、言いようのない隔たり。それは俺の魂、更に言うなら、魂に運命付けられた因果そのものの異質さが原因ということらしい。


 この話を聞けただけでもこの町へ来た意味は十分にある。

 というか、ホント凄いなこの人。初見でそこまで見抜くなんて…………


「あんま、驚かないね。今までの人生の中で何かしら感じるものがあったってことか。ならこの際伝えておこうか。キミにはキツい話かも知んないけど」


 彼女はそう前置きすると、鋭い視線を俺に向ける。


「異質な魂というものは、人・物・現象、関わらず、同類のものを呼び寄せる。キミは、この町においてすら特別だ。もし、この町で生きていきたいと考えているなら、出来る限り異質過ぎる人や場所に近づかないこと、それを守りなよ。でないと、キミの異質さが周りを傷つけることになるかも知れない」


 そんな事は自分でも嫌という程理解している。

 今まで俺の周りではありとあらゆる怪現象が発生してきた。


 周りの人間は最初面白がって俺に近づいてくるけど、すぐに付き合いきれなくなる。その結果、少年時代俺についたあだ名は疫病神。思い出したくも無い暗い過去だ。


 俺の表情を見たお姉さんは、ほんの少しだけ哀しそうな()をしていた。


「…………もしこの先何かあれば、ここに来な。アタシはここで数多くの異質を見てきた。アタシに助言出来ることもあるかも知んないから」


 お姉さんはさっきとは違い、優しい口調でそう言った。さっきの忠告は正直応えたけど、きっとあの言葉は俺の為でもあったんだと思う。俺は彼女にお礼をして、出口へと向かう。


「あ、ちょっと待って。もう1つだけ……」


 お姉さんの声に応じ、俺はもう1度振り返る。


「さっき言ったようにキミの魂は2つがくっついたような形になっているんだけど、それが離れかかっているようにアタシには見えるわ。離れたらどうなるのかとかは、見当もつかないんだけど、一応気を付けといた方が良いかも」

 気を付けようも無いと思うけど、とりあえず(うなず)いといた。




 外に出て陽に当たる。


 どうやら生まれながらに、俺の異質さは決定されていたらしい。

 どうして、俺が異質な運命なんて訳の分からないもんを背負わなきゃいけないんだ?

 そんなの対処のしようもないだろ。


 もしかして彼女に聞けば、どうにかする方法もあるのかもしれないけど、今はなんかもう聞く気にもなれない。


 いつか、俺が自身の異質さを抱えきれなくなる日が来る気はしている。その時になって考えりゃ良いか…………



 今日から新しい高校生活が待っているんだ。

 俺は気持ちを切り替え、これからの学園生活に想いを()せる。地図を片手にさっき買った丸こげ焼肉おにぎりを食べつつ場所を確認する(口の中がじゃりじゃりした)。

 駅から学校までは数百メートルの距離だ、そう時間はかからないはず。俺は路地裏を抜けてから再び通りへと出て学校へと向かう。


 学校は小高い丘の上にあり、そこへ向かう道すがら町内が一望できる。

 これからこの町で暮らしていくのだと思うと不安と希望で胸が膨らむ。


 俺にとってこの町は特別な場所になるかもしれない。


 朝の冷えた空気。風に揺れる木々の葉音。鳥の(さえず)り。全てが俺にとって新鮮に感じる。普通の人は新しい町に来る度にこんな感覚を味わえんのかな。少し(うらや)ましい。

 そんなことを思い巡らせながら、正門へと続く坂道を登ってゆく。


 学校正門前に着いてから、門の表札に(しる)された学校名を確認する。

私立異寄学園(しりつことよりがくえん) 中等部」

私立異寄学園(しりつことよりがくえん) 高等部」

 どうやら、中高一貫校らしい。そうなると異寄高校という呼び方は正確じゃ無いんだろうけど、地元の人がそう呼んでいるのだから、それで良いんだろう。


 正門からそっと園内を見渡すと、意外にも近代的な造りをした進学校のような雰囲気だ。しかし、園内からは来る者を拒むかのような、近寄り(がた)い空気を感じる。


 (ウィ~~~ン)


 ふと何かの音が聞こえ、上を向くと監視カメラがこちらを向いていた。学園にはあらかじめ連絡しておいたから、不審者と間違われたりしないはずだけど。

 俺の姿をひとしきり観察した後、監視カメラは園内の方へと向き直った。その後は、園内を映し続けている。防犯意識の高い学園なのか?

 でも、監視カメラは外からの侵入者を警戒するというより、まるで園内の何かを監視しているように見える。


 正門裏には3階建ての建物があるんだけど、どうやら守衛所(しゅえいじょ)のようだ。学園の守衛所にしては相当に大きな建物で、こちらからは中の様子は見えない。

 なんか良く分からん学園だ。


 とりあえずは職員室へ挨拶(あいさつ)へ行くか。

 この学園の入学式は既に終わり、授業も2日程行われたはずだ。俺は家族とのごたごたで、少し来るのが遅れてしまった。

 まぁ、遅れようが早まろうが、俺が孤立すんのは変わらないだろうけど…………

  

 俺は不安な気持ちを振り払うかのように、(いさ)んで学園へと一歩踏み入れる。




   …………!?



 その瞬間、突如、目眩(めまい)を感じた。

 今まで感じたことも無いような、圧倒的な虚脱感が全身を支配する。

 一体、何が起きたんだ? 朦朧(もうろう)とする意識の中で俺は辺りを伺う。


 見回しても先程と変わったところは無い。ただ疲れているだけなのか? 2日間、何も口にせず動き回っていたのだから無理はないけど。しかし、さっきの感覚はまるで何かが体から抜け出たような…………


 俺はしばらく身動きも取れずその場に立ち尽くす。神経が麻痺(まひ)したような、鈍い感覚。

 頭だけはかろうじて動くので、一応周りを警戒する。誰かに何かをされたわけでは無さそうだけど、自分の体に何が起こったのかまだ分からない。目の前には誰もいない校庭が広がっているだけだ。  


 今日は平日なので授業は行われているはずなのに、不気味な程に静かだ。

 俺は校庭の片隅に目を()ったところで、視線を留める。


 …………誰か、居る。


 遠くて良く見えないけど、誰かが校庭の端の所でこちらを見ている。しかし、何か違和感がある。なんというかそいつは存在が虚ろだ。


 徐々に神経伝達が回復しつつあった俺は、1歩前に踏み出す。


 更に1歩、もう1歩。


 俺が近づいて行っているにも関わらず、そいつは身じろぎ一つせず、ただ棒立ちで俺を見ている。まるでそこに人の映像が投影されているかのような感じだ。


 背筋に寒気を感じた。


 そいつの姿は良く知っている。しかし、そんなはずは無い。しかし距離を半分ほど縮めた頃、それは確信に変わる。


 校庭の片隅で亡霊のように立っているそれは、俺自身の姿だった。


 そいつは切なげに(はかな)げにただ、俺を見ている。

 あれはもしかしてドッペルゲンガーというやつだろうか?

 ドッペルゲンガーを目にした者は数日中に死ぬという話を聞いたことがあるけど、そんなものきっと迷信だろう。そうに違いない。


 顔の表情を見て取れる距離まで来た時、ふと、そいつが薄ら笑った気がした。


 俺は思わず、足を止める。


 その瞬間、目の前が暗転した。


 気を失ったのかと思った。でも意識だけははっきりしている。目は開けていたはずなのに、何も見えない。

 恐怖と混乱で、全身が総毛立つ。


 音が消えた。耳を澄ませても何も聞こえない。

 俺は必死に、自分の置かれている状況を理解しようと、視覚に全神経を集中する。


 物を見るって、どうやるんだっけ?


 何度もまぶたを開けたり、閉じたり、必死に試行錯誤を繰り返す。まるで眼球に黒い膜が張ってあるみたいだ。

 何度繰り返したか、そのうち俺は、目を開けたままもう一度目を開けることに成功した。


 自分でも何言っているのか分からないけど、今の自分の行為を表現出来る言葉はそれしか無かった。


 再び光が戻る。


 しかし、目の前の世界は、俺が今まで見てきたものとは全く異なるものだった。

 まるで写真のネガを見ているかのように、視界が赤茶けている。

 目から出血でもしているのかと、目を擦る。しかし、自分の顔に触れてる感覚が無い。

 意味が分からない。何がどうなって、こんな事になってるんだ?


 前を見ると、そこには俺が居た。気を失ったかのように、地面に倒れている。それはさっき見たドッペルゲンガーとは違う、質量を持った人間のようだ。間違い無く、目の前のそれが、本物の俺自身だ。


 じゃあ、今、ここに居る俺は何だ? 自分の身体を見る。見慣れた自分の手。昨日家を出る時に着てきた、青いチェックの上着。しかし全身が虚ろでぼやけている。


 まさか、俺の方がドッペルゲンガーになっているとでも言うのか?

 いや、だとすると、今の俺の状態は幽体離脱とでも呼んだ方が正しいのか?

 幼少から様々な異常現象を体験して来た俺だが、幽体離脱したのは初めてだ。


 その時ふと、あるネット上の書き込みを思い出す。

 「異寄町の住人たり得る程の異質な人間が、この町の異質な空気に触れた時、それまでに無い特異な能力を開花させることがあるらしい」

 さすがにこの情報に関しては信じていなかったが、もしかすると事実なのかも知れない。


 再び目の前に倒れている俺の身体を良く見てみると、胸の辺りに何か白いものが浮かんでいる。まるでガラス玉のような球体。

 色彩の乏しいこの視界の中でそれだけが白く輝き、異彩を放っている。この異常事態なのに大粒の真珠のような美しさに思わず目を奪われた。


 俺の肉体がそこにあるという事は、きっと今の俺は精神のみの状態なんだろう。感覚も肉体から受容するものとは全く違う。なんとも形容しにくいけど、感覚が広範囲に及んでいる感じだ。

 普段と違う感覚だからなのか、そのガラス玉の正体を俺は直感的に理解出来た。


 あれは、俺の魂だ。


 そう言えば、さっきの雑貨屋のお姉さんは俺の魂の形が(いびつ)だと話していたように記憶してるけど、目の前のそれは綺麗な真球だ。大きさはソフトボールぐらい。

 お姉さんは俺の魂が2つに分かれそうな状態だとも話していた。もしかしてたった今、分離して本来の有るべき形状に戻ったのか? それともお姉さんと俺の魂の見え方は違うのか? 漫画とかだったら魂は炎のように描かれることが多いけど。


 疑問が疑問を呼び、混乱が深まるばかりだ。きっとこの場でいくら考えても答えは出ないだろう。それよりとにかく、今は元の身体に戻りたい。


 自分の身体の所まで行けば戻れるのか?

 ひとまず地に伏している俺の方へと移動する。移動と言っても歩く感じじゃ無い。自分の意思でどこへでも行けるみたいだ。

 このまま遥か上空まで飛んでみたい気もするが、戻れなくなったりしたら怖いのでやらない。


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