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ミステリア  作者: 野村 誠
黒霧(ブラックアウト)
19/25

黒霧7

 


 そういえば、宮内さんの方は大丈夫かな?


 良く考えてみれば黒霧を見なければ良いだけなんだから、この場に留まり続ける必要は無いよな。

 黒霧の発生時間がどれくらいか分からないし、一度教室へ戻って宮内さんと合流した方が良いか。

 そう思い立ち、移動しようとした時、窓の外を見続けていた2人の生徒が慌てた様子で話し合い始めた。


「おいおい、あの子ヤバくないか?」

「ああ、明らかに様子おかしいだろ」

 俺は2人の会話が気になり、動きを止める。


「何かあったのか?」


「いや、なんか子供が校庭に出てるんだけど歩き方がおぼつかないし、もしかして黒霧に意識を飲まれているんじゃないか?」 


 子供? さっき裏門から学園に避難に来た子供のことか? 母親とはぐれたのか?


俺はどうしても状況が知りたくなり、一度深呼吸して気合を入れてからそっと窓から外を覗く。

 確かに校庭に子供がいる。まるで酔っ払っているかのようにフラフラ歩きながら、校庭中央へと向かっている。

 その様子を見て俺は確信する。


 完全に意識をのまれてる。


 そして校庭の状況もさっきとは変わっていた。

 校庭真ん中の黒い円は半径20メートル程に拡がり、それとは別に校庭の至るところに小規模の黒円が生じている。長く見続けていると、意識が持っていかれそうになるので、一旦目を逸らす。


 もしあの子が黒霧に直接触れでもしたら、多分取り返しのつかないことになる。

 どうにかしてあの子を校舎に引き戻さないと。


 俺がそう思い至った時、もう1人校庭に飛び出してきた人物がいた。


 あの子の母親だ。


 状況に気づき、子供の元へと必死に走っている。


 その母親は黒霧に到達する数十メートル前で子供の手をつかみ、制止する。

 窓からその状況を見ていた生徒から歓声があがった。


 母親は子供の頬を叩き、子供は正気を取り戻したようだ。

 しかし、そうこうする間に周囲の状況は悪化していた。

 小さな黒霧が多数発生し、校舎へと戻る方向にも黒い円が出来ていた。

 それでも子供には母親がついているし、子供の無事を皆が確信していたはずなのに、予想外の事態が発生した。


 あろうことか母親は子供の手を引き、校舎入口手前に発生した黒霧に真っ直ぐ向かって行く。

 黒霧の中へ入っていこうとする母親を、今度は子供が激しく抵抗して止めている。


 まさか、母親の方は黒霧が見えていないのか?


 なおも暴れる子供に対し、母親は軽いパニックを起こしている。俺は窓から身を乗り出す。


「駄目です!! 入口手前に黒霧が発生しています。迂回して校舎に入ってくださいっ!!」


 俺はできる限りの大声で伝えたが、母親の方がパニックを起こして聞こえていない。


「くっそ!!」


 俺が出て誘導するしかない。


 そう考えた時、更にもう1人校舎から飛び出した人間がいた。


 ちょ、何やってんだ、あの人!?


 飛び出したのはクラスメイトの宮内さんだった。


 宮内さんだって黒霧の影響を受けているはずなのに、迷いなく母子の元へと向かっている。 

 

 宮内さんは校庭に発生した黒霧を避けつつ2人の元へ到達し、校舎内へ誘導しようとしてるけど、親子がパニックになっている為難航しているみたいだ。


 俺は耐え切れなくなり、階段を駆け下りる。


 東校舎1階へ降り、学生証をかざして玄関を抜け、校舎裏側の入口に立つ。

 入口から見た校庭の様子は2階から見たものとは全く違っていた。


 黒い渦があちこちに生まれ、光は遮られ、まるで海の底に立っているみたいだ。

 黒霧に意識がのまれそうになる感覚が2階にいる時の比じゃない。

 少し気を緩めるだけで、脳が侵食されそうだ。体中から冷や汗が吹き出す。


 遠のく意識の中で俺は宮内さん達を探す。


 俺の右斜め前、30メートル程先に彼女たちは居た。


 俺は両手で思い切り自分の頬を張り、痛みで気を紛らわせて3人のところへ駆け寄る。地面を走っているはずなのに、地に足がついていない感じだ。


 周囲に発生した黒霧を避けつつ、やっとの思いでそこへ辿り着いた時、宮内さんは中腰になったまま子供をなだめていた。


「大丈夫だからね。お姉ちゃんがついててあげるから」


 それはこの状況下で信じられない程に、穏やかな声だった。


 もしかして彼女は黒霧の影響を受けていないのか?

 そう考え、彼女の表情を伺う。俺と同じように、すごい汗が頬を伝っている。

 良く見ると、膝に置いた手、中腰になったまま曲げている足が震えている。


 それを見て俺は違和感を覚える。


 これはいくらなんでも、普通じゃない。


 彼女は自分の周りで困っている人・助けを求めている人がいると自分の身を呈してまで助けようとする。出会って1週間だけど、そんな行動を何度か目にした。


 この行動は、彼女の優しさからくるものだけでは無い気がする…………使命感?いや、違う…………もっと別の、何か…………


 俺は頭を振って思考を中断する。

 今考えることじゃないだろ。


「宮内さん!」


 彼女は驚いたようにこちらを振り向く。

 今、俺の存在に気づいたようだ。


「す、杉原君。何で、こんな所に? 君も黒霧が見えてるんじゃ…………?」


「こっちのセリフだよ。無茶し過ぎだって!」


 そうこうしている内に周囲の状況は、どんどん悪化している。

「もう悠長にしていられる状況じゃ無い。力づくでも2人を引っ張っていこう! 俺はお母さんの方を連れてゆくから、宮内さんは子供の方を!」 


「は、はい。分かりました」


 彼女は子供を抱きかかえるようにして校舎へ向かう。


 俺は母親の手を強引に引っ張り、誘導する。

 俺達はなるべく黒霧と距離を取るようにして、大きく迂回しながら校舎へ向かう。

 それでも黒霧は容赦なく俺の脳内を支配しようと干渉してくる。


「が、頑張って! もう少し!!」


 校舎から生徒の声が聞こえる。

 (わず)かに意識を持ち直すのを感じた。


 入口を見ると、先生数人が状況に気づきこちらに走って来ている。

 校舎手前10メートル程の地点で俺達は先生と合流し、背を押されるようにして入口まで辿り着く。


 そのままどうにか2階まで登った所で俺たちは力尽き、その場に座り込んだ。


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