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ミステリア  作者: 野村 誠
黒霧(ブラックアウト)
18/25

黒霧6

 


 宮内さんは、今教室にいるはずだ。ひとまず俺も教室に戻って…………  

       

 慌てて食堂から出ようとした時、園内スピーカーのスイッチが入る音がした。軽くマイクを叩きスイッチが入っているのを確認する音がしてから、園内放送で流れた声は俺の知っている声だった。


《…………私は、日本史を受け持つ阿古田だ。生徒諸君、私の言う事を良く聞いて落ち着いて行動してほしい。つい先程、自治会より黒霧警報が発令された。まず、校庭に出ている者・校舎1階にいる者は速やかに校舎2階以上に移動しなさい。若い諸君等は、黒霧の存在自体知らぬ者もおるだろうが、黒霧の説明に関してはこれからする。その前に全校生徒・教員を含めこの放送を聞いている者全員、落ち着いて東校舎か西校舎の2階より上に移動しなさい》


 阿古田先生は繰り返し、上階への移動を促す放送を続けている。


 それを聞いて、食堂内が騒然となった。


 黒霧という災害は郷土史の教科書に載っているくらいだから、この場の大多数はその存在を知っているようだ。

 しかし、前回の黒霧が発生したのは45年前。この場で黒霧という災害を実際に体験した人間は少ないだろう。


 そういう意味で学園の対応が遅かったことも責められない。先生達もどう指示を出すべきか思案していたんだろう。

 そこで黒霧という現象に一番詳しい阿古田先生に白羽の矢が立ったみたいだ。


 混乱する食堂内で、俺の隣にいた霧島の行動は冷静だった。

 情報取得に遅れをとった情報屋の面目躍如といったとこか。霧島は大声で皆に呼びかける。


「大丈夫や、心配いらん!! 黒霧の進行速度はかなり遅い。今すぐ移動すれば逃げ遅れる心配はあらへん!! あせる必要は無いから、ひとまず皆食堂を出て2階へ移動するんや!!」


その一声で場の混乱が少し沈静化した。慌てて出口へ走り出す生徒も数名いたけど、他の皆は比較的落ち着いて出口へと向かっていた。


「杉原クン。ワイらも行くで」


 霧島は俺の方を振り返る。俺はもったいないので残った豚肉の生姜焼きを急いで食べる。


「いや、食っとる場合かっ。お前は落ち着き過ぎや」


 校庭の方を見ると、外で遊んでいた生徒や学園に避難しに来た人が校舎内へと入っていく 様子が見えた。


 豚肉の生姜焼きを完食した俺は、霧島と一緒に食堂を出て渡り廊下へと出る。

 渡り廊下からは校庭が見渡せるが、ここから見る限り今の放送は皆に伝わり、校舎内へと移動したようだ。校庭には誰もいない。阿古田先生の放送は続いている。


 《もし周りにこの放送に気づいていない者がいたら、声を掛けあい助け合ってほしい。黒霧はまず低い場所に溜まり、堆積するように上に広がる性質がある。だからこの学園内で最も高い建物である東校舎か西校舎に移動すれば安全だ》


 俺と霧島は食堂を出て、東校舎の2階へと移動した。


 俺達の教室も東校舎にあるため宮内さんも東校舎にいるはず。



 そしてこの東校舎へ移動するか西校舎へ移動するかの2択が後に、俺達の命運を大きく左右することになる。



 頃合を見計らったかのように阿古田先生は黒霧に関しての説明を始める。


《黒霧が何なのかは諸説あるが、負の思念の集合体だと言うのが通説だ。強い思念というものは発したものを離れ、ずっと残り続けるものらしい。そうした負の思念が数十年という月日の中で寄せ集まり、ある一定量を境に(せき)を切ったかのように溢れ出すのが黒霧現象だ。文献に残っている黒霧現象は過去3回。厄介な事に毎回発生場所が異なり、どこに発生するかが予測 出来ない》


 阿古田先生はこの後も黒霧に関する詳細な説明を続けていたが、東校舎2階の窓から校庭を見ていた俺はあるものに気をとられ、説明を聞き逃していた。


 窓からは裏門側の校庭が見えるんだけど、校庭の真ん中辺りからまるで黒い湧水が染み出すかのように、半径2m程の大きさの黒い歪な円が出来ていた。


 もしかしてあれが黒霧か?


「あれ、何なのっ!?」


 俺達の後ろの方で一緒に移動していた女生徒が、校庭を指差して声を上げる。


 食堂から俺達と一緒に30人程が移動して来ていたが、ほとんどの生徒は不思議そうに校庭と女生徒を見ている。

 どうやらこの中で黒霧が見えているのは、俺を含めて4、5人のようだ。霧島にも見えないらしい。


 校庭に発生した黒霧は少しずつだが、確実に拡がり続けている。


 俺は引き寄せられるように窓際に近づき、黒霧を見下ろす。俺はいままで生きてきて、これ程深い黒を見たことがない。

 見ているだけで吸い込まれていきそうだ。

 まるで、校庭に小型のブラックホールが誕生し、周りの物すべてを飲み込んでいくような感覚に支配されていく。

 ゆっくりと足元が地面から離れ、体が宙に浮き、そのまま漆黒の闇の中に…………


「何しとるんや、杉原クン!!」


 突然肩をつかまれ、我に返る。


 気がつくと俺はいつの間にか2階廊下の窓を開けて上半身を乗り出していた。


「…………え?」


 振り返ると、右手で俺の肩をつかんだまま困惑した表情をしている霧島がいた。

 霧島が止めてくれなければ、危うく俺は2階から落ちるところだったみたいだ。


 それにしても何だったんだ、今の感覚。


 まるであの黒い霧の中に引き込まれていくような…………


「杉原君には黒霧が見えとるんやな?」


「あ、ああ、校庭の真ん中に黒い霧みたいのが発生してるように見えてる」


 俺は窓に背を向け、黒霧を直視しないようにしながら答える。

 俺の言葉を聞いて周りの生徒も校庭を注視したが、やはり見えるのは数人だけのようだ。


 自分の意識をしっかり保とうとする気構えでいなければ、見ているだけで黒霧に意識を飲まれそうになる。

 そして、この感覚は俺だけではないみたいだ。さっき最初に声を上げた女生徒が突然、手で両耳をふさいでその場に座り込む。


「…………なんか変な声が聞こえる…………私の頭の中で…………」 


「え、ちょっと、どうしたの?」


 隣に居た、彼女の友人が()け寄る。座り込んだ女生徒は体を震わせている。


「こっちに来いって…………あの霧の中から…………」


 あの黒霧は負の思念の集合体。

 生きている人間の意識に干渉しているのかも知れない。

 郷土史の教科書には黒霧に直接触れると危険だと書かれてたけど、視界に入れるだけでも影響があるみたいだ。


 俺はひとまず、姿勢を低くして視線の高さを窓枠よりも下に移動させる。

 横を見ると、他の人は校庭を眺めたままだ。


「なあ、皆もひとまず座った方が良くないか?」


 俺は他の人にも警戒を促す。俺の声に応じて数人がその場に座った。そのまま窓の外を見続けている数人は黒霧が見えていない人のようだ。


 俺は隣に居た霧島にもさっきの感覚を説明する。


 それを聞いた霧島は首を傾げて、あぐらをかいた膝の上にノートPCを乗せて何やら調べている。


「過去の黒霧に関して色々調べとるんやが、見ただけで影響があるなんて情報は一切無いわ…………今回のはいままでの黒霧とは違うんやろか? しかし、この場の2人が同じ症状を訴えとるんやから勘違いの類では無いやろな」


 霧島はノートPCを閉じて立ち上がる。


「杉原クン。ワイは放送室に行ってこの情報を阿古田先生に伝えてくるわ」


「ああ、俺はここでもう少し様子を見てるよ」


 霧島は頷いてから、放送室がある西校舎4階へと向かった。


 俺は壁を背にしたまま、近くの生徒達の様子を見る。


 さっき声をあげた女生徒は友達に肩を抱かれたまま座り込んでいたが、ひとまず落ち着きを取り戻したようだ。


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