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ミステリア  作者: 野村 誠
黒霧(ブラックアウト)
17/25

黒霧5


「それにしても、この学食は何度来ても飽きんわ。ワイがこの学園に来たのが中学3年の夏やから半年間通いつめとるわけやけど、すっかり常連になってしもた」


 霧島はそう言いながら、机にノートPCを開いた横でカレーうどんをすすっている。

 キーボートの隙間(すきま)にカレーが散りそうなものだけど、器用に汁が飛ばないように食べてる。


「この値段でこのボリュームだもんな。俺も随分助けられてるよ」


「この学食無くなったら、生きて行けんっちゅう奴も結構おるやろな。知っとる? この学食に学園が特別制度を設けとるっちゅう話」


「知ってるというか、俺自身この学園に来た最初の数日はその制度利用してたよ」


 異寄学園学生食堂には、この学園ならではの特別制度というものがあることを俺はこの学園に来た頃に聞いた。

 それは自治会の用意した社会奉仕活動をすることで、学食の食券を手に入れる事が出来るという特殊な制度。


 この町には警察機構が存在せず、町の自治会が実質、治安維持機関となっている。

 しかし、この自治会は慢性的な人手不足で猫の手も借りたい状態らしい。そこで目をつけたのが、この学園の生徒というわけだ。


 社会奉仕活動と言えば聞こえは良いが、結構危険な内容のものもあるようだ。当初は教員を始め反対意見も多かったようだけど、日々の食べ物にも困る生徒が続出したため、現状を(かんが)み渋々黙認しているようだ。


「生きていくってのは、楽じゃないよな…………」


「経験者が語ると笑えんやないか…………」


 少し空気が暗くなってしまったからか、霧島が話題を変えてきた。


「それにしても、杉原クン。いつもこの席に座っとるね」


「ここ窓に近いから、外の景色見えるだろ。他の机から少し離れてるから静かだしな」


 この窓からは校舎裏の校庭が見え、その先には学園の裏門、さらにその先には町が一望できる。何故かこの席はいつも空いている為、いつの間にかこの席が俺の指定席となっていた。


 校庭では昼休憩を利用して、中等部グループがサッカーをしている。

 あんな大人数の輪に入って遊べたら楽しいだろうな。俺は羨望(せんぼう)の眼差しでその光景をながめる。

 するとその向こう側、裏門の方から2つの影が近づいてくる。よく見ると母子のようだ。少し慌てたような様子で学園に入ってくる。


「なあ、霧島。あれ、何だろう?」


「うん? 何やろな、子供の方はこの学園の生徒にしては小さいな…………この学園は緊急時の避難場所にもなっとるからな。避難しに来たんやないか?」


「…………避難って、何から?」


 俺は何か妙な胸騒ぎを覚えた。


 そういえば、昼休憩に入ってからずっと胸の辺りがざわざわする感じがあった。気のせいかとおもってたけど、だんだんその感じが強くなっているような気がする。まるで不吉な何かがこの学園に忍び寄るかのように。


「ちょっと待ってや。調べてみるわ」


 そう言って霧島はノートPCをカタカタやり始めた。


 そうこうしている内に次は、60歳位のお爺さんが裏門の辺りに来て何かを生徒に叫んでいる。校庭で遊んでいた生徒達も異変に気づき、遊ぶのをやめていた。


「杉原クン。ちょっとこれ見てくれや」


 霧島は自分のノートPCのディスプレイを指差している。


 俺は自分の席を離れ、霧島の席へと回り込む。そこに映っていたのは地元(ローカル)のテレビニュース放送。アナウンサーの女性が緊迫した面持ちで地元住民に避難を呼びかけており、画面の上部にはテロップが流れている。




 《現在、異寄町全域に黒霧警報発令中》




 アナウンサーの女性は、繰り返し警告する。


《現在午後12時35分、自治会報道部より正式に黒霧警報が発令されました。特に警戒が必要とされる区域は1丁目全域・2丁目西部・4丁目北部となっています。もし近くで黒い霧状のものを見かけた方は決して近づかないで下さい。黒い霧状のものを見かけた方は至急、高い場所へと避難して下さい》


「なんちゅうこっちゃ、ワイがこんな重要情報を取得し遅れるなんて! ありえへんわ」


 霧島は頭を抱えている。彼は情報屋を生業(なりわい)としているらしいけど、自分の仕事にプライドを持っているようだ。


 そんなことより、黒霧という言葉には見覚えがある。

 さっき郷土史の教科書をめくっている時に見かけた言葉だ。


 俺は数時間前の記憶を辿る。


 確か黒霧とは異寄町にのみ発生する特殊災害のひとつで、数十年に1度の周期で発生する極めて危険な災害だ。

 黒霧の発生原因等は未だ詳しくは解明されていないらしいが、一言で言うなら黒霧とは濃密な負の空気の塊。


 異寄町は土地柄悪いものを引き寄せてしまうらしく、数十年という月日を経て蓄積した人間の負の感情や、霊の怨念、動物の死苦。

 そうしたものが寄せ集まって町に流れ込むことがあるらしい。


 その負の空気というものは、見える人間とそうでない人間がいるらしく、見えない人間にとっては全く無害なんだけど、それが黒い霧となって見える人間が触れると、精神に障害を受けてしまうらしい。

 それをこの町では黒霧現象と呼ぶんだそうだ。


 もしかして俺が朝、寮の窓から見た蝙蝠(こうもり)の大群のようなものはこの黒霧の前兆だったのか?

 だとすると、俺も早くどこかへ逃げた方が良いんじゃないか?


 …………ん? ちょっと待てよ?


 誰かもう一人あの蝙蝠の大群を見たって言う人がいなかったか? 誰だっけ?


 俺の脳裏に朝の光景が浮かぶ……………………


 宮内さんだ!!


 彼女にこの黒霧の情報は伝わっているだろうか? 彼女に電話して教えたいが、哀しいことに携帯番号を知らない。


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