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ミステリア  作者: 野村 誠
孤狼(リカントロピー)
11/25

孤狼8

 


 俺は犬神さんの魂に向けて手を伸ばす。

 宮内さんの異能を抑えるのに成功したからといって、犬神さんに対しても安全だという保証はどこにも無い。

 俺は彼女の魂に触れる寸前、一瞬ためらったけど、それでも他にこの状況を打破する方法なんて見つからない。


 俺は意を決して魂に触れる。


 …………()っ!?


 何だ!?

 俺は思わず手を引く。


 …………熱い?


 燃えるような見た目通り、彼女の魂は熱を持っている。

 精神体の俺が何故、熱を感じるのか理屈はさっぱり分からないけど、とにかく熱い。


 どうする…………


 なんて、迷う必要も無いか。熱いといっても実際火傷するわけでも無いはず。俺が我慢すれば済む話。


 俺は気合を入れつつ、それでも力を入れすぎないように再び彼女の魂に手を伸ばす。

 揺れ動く魂に狙いを定めて手でつかむ。やっぱりかなり熱いけど、なんとかそのままつかみ続ける。


 まるで手の平の皮膚が焼けただれていくような錯覚に襲われる。それでも俺はひたすらに耐える。

  

 数秒間その状態を維持してから、そ~っと手を離す。


 犬神さんの魂は光を失い、揺れも収まったみたいだ。

 犬神さんの胸の辺りに静かに浮遊している。周囲の透明な魂も動きを止めた。


 それと同時に犬神(さんは気を失い、地面に倒れこむ。


 傍に居た宮内さんは犬神さんに駆け寄って、何か声を掛けてるけど今の俺には何も聞こえない。

 ひとまず犬神さんが暴走は収まったのは良いけど、いつまた目を覚ましてもおかしくない。

 今の内に犬神さんを地下室へ連れてかないと。



 ……………………で、俺はどうやって肉体に戻りゃ良いんだ?


 昼間はいつの間にか戻ってたけど。

 あの時は宮内さんの異能を解除して一安心したと同時に、戻れたような気がする。

 そういえば、さっき魂を分離したときは緊張状態の時だった。

 それならば逆に精神を落ち着かせれば元に戻れるかも知れない。


 俺は目を閉じて気持ちを沈めていく…………




 声が聞こえた。


 透き通るような高い声。


 ふと目を開けると、目の前に宮内さんが居た。

 視界も戻っている。


「杉原君っ、聞こえる? 大丈夫っ?」

 予想外にあっさりと肉体に戻れたみたいだ。


 心配そうな宮内さんの声で、俺の意識がはっきりした。俺はすぐにその場で立ち上がる。


「宮内さん、俺は大丈夫。それよりも犬神さんがまた目を覚ます前に、早く彼女をもう一度地下へ!」 

 この体育館が1階で良かった。

 地下への階段は確か体育館を出てすぐだ。


 俺は急いで犬神さんを抱える。肉体に戻ったばかりなので足元の感覚が少しおかしい。

「宮内さん、早く案内して。地下の部屋にっ」


 宮内さんはまだ状況がつかめていないようだったが、俺の声につられて一緒に走り出す。

 宮内さんが体育館の扉を開け、地下室への道を先行する。


 廊下を走り、地下への階段を降りていく俺達の足音が夜の校舎に不気味に響く。

 階段を降りきったところで突然、先行する宮内さんの目の前に人影が現れた。


「ひゃんっ!?」


 宮内さんは小さな悲鳴を上げて、人影にぶつかりそうになるのをすんでの所で踏み止まる。

 目の前に現れたのは静刃先生だった。

 肩口(かたぐち)から血を流し、左手で押さえている。


「あ、貴方達。こんな時間に一体何を…………」


 突然の来訪者に驚きつつ、彼女の視線は俺が抱えている人物に注がれる。


「い、犬神さんっ!? 貴方(あなた)達が何で…………」


「すみません、後で全部話しますから、犬神さんを元居た所に…………っ」


「え? ええ。こっちよ」


 静刃先生はすぐに(きびす)を返し、奥の部屋へと案内する。

 地下には独房があると聞いていたから、てっきり鉄格子で出来たような部屋を想像していたんだけど、ここにある部屋は寮にある部屋とそんなに違わなかった。

 違うのは窓が無いのと、頑丈な鉄製の扉・分厚い壁がある位だ。


 静刃先生は一番奥の部屋の重そうな扉を開き、俺達を招き入れる。

 部屋の内装は更にイメージとは違うものだった。

 一言で言えば、メルヘンチック。

 花柄のベッド、少女漫画が並ぶ棚の上にはぬいぐるみまで置かれていた。女子生徒用の部屋なのかな?


 俺はひとまずベッドの上に彼女を寝かせた。



 (…………ふぅ)


 ようやく俺は一息ついた。一時はどうなるかと思ったけど。


 ふと、ベッドの上の犬神さんを見ると、大きく目を見開いて俺を見ていた。


「……うおっ!?」


 俺は思わず飛び退く。


 その声に反応するかのように犬神さんはベッドの上で飛び上がり、すぐに四つん這いの姿勢で構える。

 俺は一瞬、頭が真っ白になり硬直する。


 犬神さんはこっちの様子を伺うように身構えていたが、あるニオイが彼女の攻撃のスイッチを入れてしまった。

 俺のすぐ後ろに立っていた、静刃先生の肩から流れる血のニオイ。それが、彼女の狩猟本能を刺激したみたいだ。


 彼女は歯をむき出しにして今にも襲いかかろうと姿勢を屈める。

 俺はすぐに部屋から出ようとしたが、足が動かない。


「刹那っ! 駄目っ!!」


 宮内さんの声で硬直が解け俺は一歩引いたが、犬神さんが襲いかかるスピードのほうが断然上回っていた。

 犬神さんは俺に飛びかかり、彼女の爪が俺の顔めがけて振り下ろされる。

 恐ろしい速度で目の前に迫る爪に対し、俺は為す術なく立ち尽くしていた。

 死を直前にしてまるで時間が凝縮したかのように、迫る彼女の姿がゆっくりと見えた。


 そして俺に振り下ろされた彼女の腕は、俺の額のすぐ前で停止した。


  (え……………………?)


 彼女に残っているわずかな意思が攻撃を踏みとどまらせた?


 それは、違った。何時の間にか静刃先生が俺の前に回り込み、犬神さんの両手首をつかんでいた。

 信じられないような人間離れした身のこなし。


 そのまま犬神さんをベッドの上に放るようにして、彼女が動きのとれない一瞬の滞空時間で俺と宮内さんを引きずり出すように部屋の外に連れ出し、先生は部屋の鍵を掛けた。 

 静刃先生は念の為、ドアノブを回して鍵がかかっていることを何度も確認する。


 俺は廊下の壁にもたれかかるように、力なく座り込んだ。

 宮内さんも俺の隣で同じような姿勢をとっていた。

 その後に部屋の扉を殴り付けるようなもの凄い音がしたが、じきに静かになる。


 体中から冷や汗が流れる。

 生まれて初めて本気で死を覚悟した。


 今夜の出来事はトラウマ必至だ。


「聞きたいことは色々あるけど、ひとまず2人共そこで休んでなさい。私はこれ以上騒ぎが大きくならない内に他の先生方に伝えてくるから…………」


 俺達にそう言い残し、静刃先生は地上へと向かう階段を登って行く。


 こうして犬神さんとの、命賭けの鬼ごっこは幕を閉じた。


 その後、園内放送で事件解決の旨が伝えられ、学園の警戒態勢は解かれた。


 静刃先生は肩の怪我を自分で処置して他の先生には隠したらしい。

 もちろん、犬神さんを守る為に。


 もう時間も遅いので詳しい話は明日にしよう、ということでひとまず俺と宮内さんは寮へ戻るよう指示を受けた。


 俺達にそう指示していた時の静刃先生は元気が無かった。

 自分のミスで、生徒を窮地に追いやってしまったことに対して自責の念に駆られていたようだった。


 明日、緊急の職員会議が開かれ、犬神さんと静刃先生の処遇が決定されるらしい。

 ここから先は、もう俺の出る幕では無さそうだ。

 後は成り行きを見守るしか無いだろうな。


 俺と宮内さんは、20分程休憩をとってから寮へと向かった。

 俺はその途中、協力者である霧島に電話して事の顛末(てんまつ)を報告する。


「…………成程な~。ま、ワイ等は出来るだけの事をしたんやから、後は人事を尽くして天命を待つ、てな感じやな。夜中に神経使う作業したんで疲れたわ、ワイはもう一眠りするから後はお2人さんよろしく~」


 そう言って、霧島は電話を切る。

 今回は霧島に随分助けられた。

 今後もこいつとは長い付き合いになりそうだ、そんな予感がした。


 俺もそろそろ寮に戻ろうと思って宮内さんの方を振り向くと、彼女も俺の方に顔を向けていた。


「…………今日は、本当に有難うございました」


 宮内さんはかしこまった様子で、深々と頭を下げる。


「正直、今回は私だけじゃどうにもならなかったと思う。今日知り合ったばかりの私達の為に危険も顧みず、ここまで協力してくれた杉原君には感謝の言葉も無いよ」


 俺はいままでこれ程誰かに感謝されたことなんて無いので、何て返せば良いのか分からずとりあえず黙ってうなずいた。


 宮内さんは顔を上げ、覗き込むように俺の方を見る。


「それじゃあ、ひとまず御礼がしたいから私の部屋に来てくれる?」


「……ええっ!?」


 俺の反応に、宮内さんは首を(かし)げる。


「さっき約束したじゃない? 事件を解決したら、お夜食作ってあげるって。お腹すいてるんでしょ?」


 ああ、そういう事か。びっくりした。


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