表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステリア  作者: 野村 誠
孤狼(リカントロピー)
10/25

孤狼7

 


 精神を分離させる方法は、昼間の一件を思い返せばなんとなく分かる気がする。


 まず第1段階として体の感覚を出来る限り遮断し、肉体から精神を剥離しやすい状態にする。

 あの時はまず凶也に視覚を奪われた。

 そして宮内さんの能力で極限状態に追い込まれていた俺は、他の感覚もほとんど麻痺されられていた。色んな偶然が重なり、精神が分離しやすい条件が整っていたってことになる。


 そして第2段階として、肉体から精神へと意識を移す。

 昼間は宮内さんの異能により強い精神干渉を受け、いやおうなく精神側へと意識が強まった。

 あの独特の感覚は日常生活ではまず体験する機会は無いと思う。しかし今ならまだあの感覚が思い出せる。


 俺はまず目を閉じて雑念を捨てる。

 大きく深呼吸を繰り返し、少しづつ意識レベルを落としながら感覚をぼやけさせる。

 その状態のまま意識の奥底で昼間見た自分の魂をイメージする。


 乳白色の俺の魂。

 暗闇に浮かぶそのガラス玉に向かい、俺の意識を流し込む。そのガラス玉の中に俺の意識が完全に入り込むイメージ。

 完全にそこに意識が定着してから、俺はゆっくりと目を開ける。

 すると、視界が赤茶けたものへと変わり、犬神さんの体の中に魂が浮かぶのが見える…………………はず?

 なん、だけど…………

 目を開けた先に広がるのは先程と変わらない、いつも見ている世界。


 顔を横に向けると、俺の顔にすぐ傍に宮内さんの顔があった。

 彼女は、依然期待の眼差しで俺の行動を見つめている。そんなに見られても俺にはどうして良いかも分からない。


 というか、何でだ? 他に精神を分離する条件があったのか?

 俺は思わず頭を抱えて考え込む。宮内さんも異変に気づいたようで、俺に声を掛ける。


「な、何かあったの…………?」


「…………今更言い出しづらいんだけど、昼間の時のような精神分離に成功しないみたいなんだ。実はこの異能の使い方がいまいち良く分かって無くて…………」


 俺は文句のひとつも言われるだろうと思って覚悟したけど、彼女の反応は予想とは違っていた。


「…………ありがとう、杉原君」


「へ? …………な、何が?」


「正直、杉原君が何をしようとしているのかさっぱり分からないけど、自分の精神を分離させようなんてことは生半可な覚悟でやることじゃないんでしょう? それも出会ったばかりの刹那の為になんて、なかなか出来ることじゃないと思うわ」


 言われてみれば、俺は何でここまで必死に犬神さんを助けようとしてるんだろう?

 きっと彼女の境遇が自分に似てるから、重ねて見ているんだろうな…………


 静寂と暗闇に包まれた体育館の中で、犬神さんの足音だけが響き渡る。

 先程まで体育館の中央で座っていた彼女だが、それに飽きたのか館内をウロウロし始めていた。


 犬神さんの噂を聞いて、獣化した彼女は目に映る全ての人間に襲いかかる獰猛(どうもう)さを持つかのような想像をしてたけど、こっちから何かをしない限り危害を加えてくるようには見えない。

 前回、彼女が暴走したのも皆が追い掛け回した結果じゃないのか?

 野生の獣だって、意味無く相手に襲いかかったりはしないはず。


 とにかく事態が膠着(こうちゃく)している今の内に、何か手を打たないと………………


 しかし俺が思考を始める前に、突然この膠着状態は破られる。

 


 (ピロピロン♪)



 俺のポケットの携帯から音が鳴った。

 迷惑メールの着信音。


 しまった、携帯の音消しておくのを忘れてた。

 その音に犬神さんが反応する。光る両眼をこちらに向け、警戒するようにこちらに近づいてくる。


 どうする、動かない方が良いのか?

 それとも何かアクションをとるべきか?


 腰を浮かそうとした俺を、宮内さんが俺の肩に手を置いて止めた。宮内さんは黙って首を振る。

 そして、彼女は立ち上がって俺と犬神さんの間に入り、大きく両手を広げ立ち塞がった。

 それを見た犬神さんは一瞬 躊躇(ちゅうちょ)したが、それでもさらに深い姿勢でゆっくり近づいて来る。


 いや、いくらなんでも危険過ぎるって。

 犬神さんが宮内さんに対して攻撃しない保証は無い。


 しかし、この状況で俺が下手に動くのは逆効果だ。犬神さんは宮内さんのすぐ足元まで来ている。犬神さんが手を振れば、宮内さんの足を切り()ける距離。膝に置いた俺の手が自然と震える。


 しかし、宮内さんは全く身動きせず俺をかばうかのように立ち続ける。

 一体彼女はどんな精神構造をしてるんだ。

 犬神さんは何かを確かめるかのように、宮内さんの足元でニオイをかいでいる。

 犬神さんは宮内さんに危険は無いと判断したのか、今度は宮内さんの体の影から顔を出して俺の方を見る。


 宮内さんの影から覗くその顔は、やはり人間のものでは無い。

 そして間近で見て気づいたけど、その顔は俺が今まで見てきたどんな獣のものとも違った。

 憎悪(ぞうお)悲哀(ひあい)怒気(どき)寂寥(せきりょう) あらゆる負の感情が浮かびあがったかのような、なんとも言えない複雑怪奇な表情。

 1個の生物が持ちうる感情じゃ無い。


 昼間普段の犬神さんの姿を見ていた俺は、いかに獣化したとしても彼女と分かり合えるような気持ちでいたけど、それは間違いだったと、いやおうなく気づかされた。

 無理やりにでも押さえつける以外に方法は無い。


 しかし身動きが取れない以上、俺に出来る事はやはり魂を分離させることしかない。

 俺は祈るような気持ちで再び目をつむる。

 先程と同じイメージを浮かべたその矢先、体から魂が抜け出るあの感覚が俺の全身を支配した。


 突然の事だったので一瞬状況を理解出来なかった。


 さっきと特に違う事をしたわけではない、けど。


 まさかと思い精神の目を開くと、視界が赤い。


 3度目の無音の世界。



 …………成功だ…………


 どういう理屈かは分からないが、精神が緊張状態の時の方が精神が分離しやすいらしい。


 宮内さんは、意識を失った俺の体を支えてくれている。

 彼女は何やら話し掛けているようだけど、精神体となった今の俺に聴覚は無い為、何を言っているのかは分からない。

 体育館の中央へと目を移す。


   !?


 そこに居るはずの犬神さんは居なかった。

 代わりに謎の物体が、そこに有った。

 (何だ、これは…………?)

 一瞬、巨大な泡の(かたまり)が体育館中央に発生しているように見えた。

 それが、無数の魂の集合体だと気付くのに数秒を要した。


 人間の魂よりも少し小さい、透明な色の魂が犬神さんの周辺に(うごめ)いている。

 昼間見たどのクラスメイトの魂とも違う、圧倒的なまでの異様さ。

 さっき犬神さんについての話を聞いていた為、それが彼女にとり()く悪霊の魂だという事にすぐ理解が及んだ。


 異質だと言われ続け、同じような境遇の異質な人間を求めてきた俺だけど…………正直彼女からは恐怖しか感じられない。

 きっと俺を見て逃げ出した人達は、こんな気分だったんだろうな。


 泡の(かたまり)は俺の肉体の方へとゆっくり移動する。

 そのまま俺の肉体のすぐ傍まで歩み寄り、宮内さん同様俺のニオイを()いでいるみたいだ。

 周囲の魂のせいで良く見えないけど。


 いつ攻撃されてもおかしくない。

 早く彼女を止めないと帰るべき俺の肉体を壊されかねない。


 俺は恐怖を振り払うように犬神さんの方へと一歩近づくが、さすがにこちら側の俺に気づく様子は無い。 

 俺の魂がいつ肉体へ戻るかも分からないし、すぐにでも彼女を止めないと…………


 そう思い、俺は彼女自身の魂に目をやる。

 周囲の透明な魂とは違い彼女自身の魂は琥珀(こはく)色のものだ。他の人と同じように色が付いている。

 確か凶也も同じ色だった気がする。 

 そして昼間の宮内さんの時と同じように発光して揺れ動いている。

 しかし、揺れ幅が尋常では無い上、光り方もまるで小さな恒星のようだ。

 それを見ていると彼女の魂が燃やし尽くされるんじゃ無いかと不安になる程に。


 俺の為にも彼女の為にも、早く押さえ込んだ方が良さそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ