9.突然の消失
そんなお兄ちゃんと慕っていた彼は、ある日突然姿を消した。
理由は分からない。ただ、やっと完成したあの曲を残して。
いつものように彼の家へ行くと、鍵は空いてたものの人の気配が無かった。
「お兄ちゃん?」
胸にざわつく不安。それを無視しながら、歩みを進め、彼の部屋へとたどり着く。
けれど、
「誰も……いない、の?」
いつもの整頓された彼の部屋。ただ。彼の存在が足りないだけ。彼女が彼の家を訪ねてきたときに、彼が不在にしていたことは今まで何度もあった。
なのに、こんなにも不安が広がる。
「な…んで」
あたりを見回し、ふと、部屋の隅に置かれていたトランクがなくなっていることに気がついた。
トランクが…ない。
---このトランクをお店で見つけた時、いつか、夢を叶える為に旅をしたいなって思ったんだよね。
そう照れながら話をしていたお兄ちゃんの、嬉しそうな、でも少し恥ずかしそうにしていた表情を思い出す。
そのトランクが、今、無くなっていた。
立ちすくむフローラの表情が大きく歪む。
なんで、なんで、なんで、
誰も答えてくれない「なんで」が頭を駆け巡った。
それから、いくら待ってもこの部屋の主人は戻ってこない。
あんなに仲良しだと思っていたのに。彼は夢を叶える為に突然出て行ってしまったのか。
なんで、急に旅立ってしまったの?
なんで、言ってくれなかったの??
なんで……
私を連れて行ってくれなかったの??
単純な疑問から、どす黒い感情までが蠢きあう
心の中を必死に隠し、フローラは待ち続けた。