8.記憶の欠片 求めるは彼
まだ、幼かったあの頃。
彼は……あの人は、私の憧れの人だった。
「フローラ。」
そう、優しく囁かれる度にふわっと気持ちが舞い上がる。
まだ幼いだの、子供だの言わせない。
あの頃の自分にとっては、あれは、全力の恋だった。
近所に住んでる優しいお兄ちゃん。
まだ幼かった私はよく遊んでもらっていた。
お兄ちゃんがいなくなってしまうまでは。
「お兄ちゃん?」
いつものように近所に住むお兄ちゃんのもとを訪ねると、いつもは出迎えてくれるはずの人影がなかった。
不思議に思いながら通い慣れた家の中を歩き、彼の部屋を目指す。
そして、ゆっくりとドアを開けるとベッドの上で何か思案にふけっている彼がいた。
「お兄ちゃん!」
フローラの呼びかけに、ふと我に返った彼は驚いたような、戸惑ったような表情を見せた後、いつも通りに笑った。
「フローラ、来てたのか」
ベッドを、降りて近寄ってくれる彼がいつも通りだったから。フローラも幼いながらに察し、先ほどの空気には触れなかった。
「うん、もうすぐ完成だから」
ごそごそとカバンを漁り、ソレを取り出す。
「うん、フレーズ。考えてきたか?」
「まだ、ちょっとだけー。」
フローラが取り出した紙を受け取ると、ソレを凝視しながら部屋の隅に置いてあるピアノへと向かう。
後を追いかけて椅子の横にピタッとくっつくと、彼はその紙を楽譜台へと置いた。
そして軽やかに指が鍵盤を叩く。
「こんな感じ?」
「うん!」
自分の書いたリズムをアレンジを加えたり、時にはそのまま繋げてくれる。
そのセンスと、技術は天才的な才能だ。
「今日はいつまで出来るの?」
「んー…この後、フィレンツェさんの所のパーティに呼ばれてるから…5時までな。」
忙しい合間を縫って相手をしてくれる。
大好きな人の為に曲を作りたい。そういったフローラに快く賛成して手伝ってくれる優しい近所のお兄ちゃんは、ピアニストだった。