5.全てはあの子の為に
いつもと変わらないはずの毎日に、ここ最近微妙な変化が襲う。
「で、いい加減教えてくれてもいいんじゃない?」
まるで金魚の糞のようにフローラの後をついてくる男。あの妙な一方的な取引の日から彼はフローラについて回るのは目立つことこの上ない。
「いい加減にして欲しいのはこっちです。」
そう言っても彼は聞く耳を持たない。
「なら、教えてよ。君があのオルゴールを手放さない訳を。僕も暇じゃないんだから。」
「毎日毎日、くっつき回ってるのに暇じゃない?なら毎日後をついて来ないでください!」
「だったら理由を教えてよ。じゃないと僕はどうも出来ない。」
そこまで来ると、彼女は口を噤んでしまう。
ここ最近のお決まりだ。
腕を組んで、黙って俯いてしまった彼女を見下ろしながら彼は大きく息をつく。
「…詳しい事情は聞かない。ただ、どうなれば君はあのオルゴールを手放すんだ?」
そう問いかけた彼の言葉に、彼女は視線を外しながら小さく呟いた。
「……アレが……持つべき人の所へ戻れば。」
「あ?」
彼女が答えたのは初めてだった。
だが、その条件は飲めない。
「持つべき人ってのは……僕じゃないんだよね?」
彼の確認に彼女は小さく肯定する。
「なんだよ。」心の中で毒づく彼は呆れ半分に彼女を見る。
持つべき人の所へ戻れば、あのオルゴールを手放すらしい。けれど、持つべき人の所へ戻れば、自然とその所有権はそいつに移ってしまう。それが分からないほどバカではない。
「だ、だから。新しいの、私作るって言ったじゃない」
申し訳なさそうに少し顔を上げた彼女が、言い訳っぽく言葉を並べるが、彼には意味がなかった。
「僕はアレがいいんだよねー。しかも、あれとそっくりそのまま量産化は無理でしょ?そこに惚れたんだから、譲れないな」
近くにあった壁に背を預けると、胸ポケットから煙草を取り出し、口に咥えるとスッと小さな火が目の前に現れた。
微かに目を見張るが、何事も無かったようにその火に煙草を近づける。
「…昔、知り合いが吸っててさ、覚えた。」
持っていたライターをしまいながら、昔を思い出すように語る。何かあったのだろう、その表情は誰が見ても悲痛だった。あまり触れないほうがいいだろうと判断した彼は煙草を吹かしながら空を見上げる。
「ねぇ。」
彼女の声に空へと向けていた視線を下ろし、彼女の隣りに座る彼女へと向ける。
「なんで、あのオルゴールにこだわるの?」
どこか消沈した雰囲気を醸しながら、彼女は上目遣いで彼を見ていた。
「…勘。直感。」
その視線から逃げるように彼女から視線を外すとまた空へ向けて煙を吐く。
「大事な人への、贈り物に。ってとこ」
「へー…」
対する返事はそっけない。
興味が無いような返事をした彼女は嫌味ったらしく、ニヤリと笑った。
「シェリアル?」
「うるさい。気安く呼ぶな。」
押さえつけるように、彼女の顔面を掴む。
抵抗しながら、彼女の口から紡がれる愛しいシェリアルの良くない噂。
噂なんてとっくに知っている。
それでも惚れてしまった。
「あれは、俺の女だよ。」