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THE KEY  作者: 不二 香
3/3

暴走魔導師 (2)




「……なんですか、レベッカ」

 コリウス教師はコホンと咳払いをし、言葉を直す。しかし生徒の言葉に耳を傾ける寛容の中に、薄い警戒が含まれている。それは教室中が読み取っていた。

 レベッカが教師に対して何をぶつけるのか、好奇の緊張が音もなく広がる。

 そしてその当人は、先ほどまでのやる気のなさが嘘のように、まるで授業など前座だと言わんばかりに、力の強い視線を教師に送る。

「――魔導師と剣士と魔王は、一体何を求めて戦ったんでしょうか?」

 単刀直入なその質問に、彼女以外の生徒全員が思わず目を伏せた。

(そりゃ歴史の時間では禁句だろう……)

 誰もが心の中でつぶやいた。

 だがそんなルールを守るような彼女ではない。

 コリウス教師が仕方ないわねぇ、という顔をして教科書を指先で叩いた。質問が“大人なら呆れる”態度を取ることが許される内容で安堵した、それが声音に滲み出る。

「言ったでしょう、レベッカ。それは誰にも分からないのです。戦いを繰り広げた彼らにしか。教科書にもまだ解明されていないって書かれていたでしょう? 貴女ちゃんと読んだ?」

「この世界の──シャントル=テアの覇権なんかでないことは確かですよね?」

「……レベッカ」

 教師がこめかみを押さえた。

 が、構わず彼女は続ける。

「始まりの鍵は御存知ですよね、先生。彼らがそれを求めて、或いはそのために闘ったのだという仮説も。この鍵はどこにあるのか、何を導くのかさえも明記された文献がないことは私も知っています。けれど魔導師の中では知らない者はいない話のはず。“始まりの鍵”は──」

「レベッカ。それは単なる噂にすぎません、史実ではありませんよ」

「史実でないという確証もないはずです。伝承には必ずと言っていいほど事実の素地がある」

「レベッカ=ジェラルディ。貴女ほどの人が史実とおとぎ話とを混同してもらっては困りますよ。それにその伝説はあなたの言うとおり、未完でしょうに。何に使うのかさえ分からない鍵を、どうして命を賭してまで争うのです? 彼ら偉大なる力を有した3人はそれほど愚かな者たちだったのでしょうかしら? “始まりの鍵”……そしてその対となる“終焉の棺”。分かっているのはその言葉それだけです。使い方も、どうなるのかも分からない。それどころか、存在さえも疑わしい。――歴史の授業で扱うべきことではありませんね?」

「……すべての伝説が完結していたら、世界は続いていきませんよ」

 有無を言わさぬ教師の説教を受け、レベッカが言い捨て椅子に身を投げた。


 そもそも伝説とはなんなのだ?

 アレをこうすればこうなる。だからコレを探しに行く。

 ソレをどうするにはコレをこうするしかない。だからアレを取り戻す。

 そんな昔話を伝説と言うのか?

 違う、それは手引書マニュアルというのだ。

 達成するには力も要ろう。苦難もあろう。謎もあろう。新たな真実もあろう。

 だが、道は敷かれている。

 シャントル=テア最大の伝説は、冒険の手引書にすらなれないほど不完全で、誰も感情移入できないほど断片的だ。

 道は舗装されていないどころか、そもそもない。

 それは見えていないだけなのか、本当に現在進行形なのか。

(まぁ、最終的にどうなるか分かってる伝説だったら、私は絶対手引書を逆に読んで悪役になるものね。大団円なんか破り捨ててやるわ)

 レベッカは髪とそろいの茶色な双眸を細めて独りごちる。

 その頭上を教師の説教が通り過ぎて行った。


「いいですか、レベッカ。あなたの問いに対して、今現在答えは出ていないのです。“始まりの鍵”の伝説が真実であろうとなかろうと、まだ証明されていないんです。証明されなければ、歴史として認められはしません」

「……分かりました」

 絶対に分かっていないレベッカの顔を見ても、その返事の色からしても、彼女の機嫌が完全に損なわれたことは教室中が認識していた。そんな荒んだ空気をものともせず、

「それでは、次の講義までごきげんよう。ちゃんとレポートを書いてきてね」

 お決まりの文句と素敵なおばさま笑顔を残し、無責任なコリウス教師は教室を出て行った。




『…………』

 そして教室に不自然な沈黙が訪れる。

 一同の目が盗むようにレベッカを向き、彼女の顔色を伺う。動くべきか、動かざるべきか。全員が息を殺してタイミングを計っていた。

『…………』

 レベッカ=ジェラルディ。辞書でその項を見てみれば、1.理不尽 2.時に暴走 3.恐怖、とでも書いてあるだろう。学校推薦の優良辞書ならば。

 しかしそんな彼女に権力を与えてしまったのは他でもない生徒自身なので、彼ら自らの過ちである。それは王都の一部悪徳官僚に税金を渡すことよりも大きな間違いであったというのに。

『メディシスタ生徒会 風紀委員長』

 その肩書きが彼女に与えられているのは、彼女の美徳や実力のせいではない。ひとえに彼らメディシスタ生徒会員の投票力……民主主義の力のせい。

 特に風紀委員長というポストはいけなかった。口実がいくらでもある。

 何の口実か?

 言うまでも無い。八つ当たりの、だ。




 腹いせに“生徒会主催で教師的当てゲーム開催・優勝組以外罰ゲーム付き”とかなんとか何か無茶苦茶なことを言い出すのではないかと戦々恐々としている面々を視界の片隅に、レベッカはごく普通に席を立った。

 がたっと椅子を引く音に、びくっと教室中の身が縮む。

 が、

「委員長~」

 そんな草木も凍る空気の中で、平然と彼女に声をかけた不届き者がいた。

「…………」

 無言のままレベッカが顔を向けると、ネーベル=ケルトリア――先ほどコリウス教師に当てられた小柄な少女――が真ん丸な黒い瞳で彼女を見上げていた。

「何」

「この後は?」

「空きよ。取ってる授業はないわ」

「会長が呼んでいました~。すぐに生徒会室へ行ってくださいぃ」

「……シャロンが?」

「えぇ」

「ふ~ん」

 炭酸の抜けた返事を残し、レベッカはクルリと彼女に背を向けた。

 刹那、背後からだんっと豪快に床を踏み鳴らす音が響き渡る。

 追うように続く鋭い怒声。

「またサボる気ッ!?」

「…………」

「ちゃんと行ってくださいよ!! じゃないと怒られるの私なんですからね! この間なんかシャロン会長にため息つかれちゃったんですからッ!! って、聞いてるの!? レベッカ!」

 レベッカ=ジェラルディを呼び捨てできる人間はそう多くない。

「今すぐ行きますという返事しなさい! レベッカ! そしてちゃんと行きなさい! 分かった!? 暴走魔導師! 歩く爆弾!」

(あぁぁぁぁ、うるさいうるさい)

 レベッカは散弾銃で打たれるが如く降り注ぐ言葉に、こめかみを押さえた。

「いい? ちゃんと行きなさいよね? ……最終手段としては、あんたのこの間の魔導構造理論の点数言いふらすわよ。フッフッフ」

 ネーベル。

 普段は語尾を間延びさせる傾向があるが、一端キレると止まらず口調までもが変わる。しかも沸点が低い。

 今じゃ定番となったレベッカの愛称(←学内全体、愛称だと主張している)、『暴走魔導師』も、彼女の無意識から生まれた流行語だ。

 しかし元々が非力なため、キレても手は出ない。

(これ以上おかしな名前をつけられたら、私の名誉問題よね)

 レベッカは思いっきり小さくため息をついた。

 何しろ、彼女は同級生であれ一応レベッカの上司である。

『メディシスタ生徒会 副会長』

 それが3年生ネーベル=ケルトリアだ。

 あの奇人変人な生徒会の中で唯一の常識人だと言われているが、……どうだろうか。他と比べてただほんの少しマシなだけかもしれない。

「はいはい分かりました、ネーベル副会長。ワタクシは今すぐシャロン会長のもとに出頭致します。これでいい?」

 レベッカは息をはき、大仰な仕草で敬礼してみせた。

 そしてローブをひるがえす。

(生徒会室でおやつにしよう。飲み物タダだし)

 思いながら、おお~と尊敬の眼差しを集めているネーベルを背景に教室を出る。

 階段を降りていくつかの教室と実験室を横目に見て、生徒たちがたまっているホールを抜け、またまたいくつかの教室を過ぎてようやく巨大円柱が立ち並ぶ大回廊まで来ると、ほとんど誰ともすれ違わなくなる。

 何故ならば、彼女が向かう方にあるのは生徒会室だからだ。

 一般生徒はよほどのことがない限り、その周囲には近づかない。

 校章にも使われている蔦の彫刻が幾重にも絡む壮大な円柱は門番の如く。

 そこは、人外魔境。未知にして不毛。

 語り継がれる不穏地帯トワイライトゾーン

 トラブルの泉。

 常識の墓場。


 ……そして、戦場。




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