01
ひどく浅い海と、月が見え隠れする曇り空。
そして、冷たい夜風と、静かな波の音。
他には、何もない。
空を舞う鳥も、群れをなして泳ぐイルカも。
海を彩る、鮮やかな珊瑚さえ。
生き物の気配のない、虚の世界。
その広大な世界を、一人の少年が歩いていた。
彼は、何故自分がこの世界にいるのか、分からなかった。
気付けば足首までを浸す海の中にぽつんと居て、それ以前の記憶は、穴が空いたようにぽっかりと消えていた。
唯一覚えているのは、「リクヤ」という自分の名前だけ。
自分が何を、どれくらいの物を持っていて、失ったのかは、分からない。
しかし、その穴は、かなり深く、大きかった。
ただ、ここが自分が居た場所ではない。
それは、薄っすらと分かっていた。
そして、言い様のない虚無感を抱えながらも、右も左もゴールもないこの海を、少年、リクヤはたどたどしい足取りで進み続けていた。
白く裾の長いシャツから伸びる手足は折れそうなほど細く、疲れきったその顔に表情はなく、見るからに青白い。
そして、行くべき場所を見つけられないその瞳は、深く淀んでいた。
そのリクヤをさらに追い詰めるように、冷たい夜風と足首を浸す海が、体温を奪っていく。
なけなしの力で震える自分を強く抱きしめ、
必死に寒さに耐えていたが、もう、限界だった。
『冷たい』を通り越して、痛む足を上手く動かせなくなり、リクヤはとうとうその場に倒れるように膝をついてしまった。
パシャん、と、水滴が彼を中心に飛び散り、また海へと還っていった。
寒い、寒い、寒い••••。
震えは止まらなくなり、寒さのあまりに奥歯はガチガチと鳴る。
立たなくちゃ。歩かなくちゃ。
そう言い聞かせるも、身体は鉛のように重く、立ち上がれない。
突如視界がぼんやりとしていく。
こんな時に、ひどい眠気が彼を襲っていた。
せめて、と仰向けに寝転び、水面に顔が沈まないようにする。
「誰か、助けて。寒いよ•••」
抱きしめていた腕を宙に浮かせ、消えるような声で人を求めた。
当然のように、返事はない。
彼は、この世界で自分以外の人間に出会ったことがなかった。
自身がそれを深く分かっていたはずだった。
それでも自分と同じ、人間という温かな存在に期待してしまった。
月は雲に覆われ見えない。
冷たい夜風と海に囲まれながら、リクヤは目を閉ざし、腕を水面に落とした。