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クロツフェル帝国とスヴァノ帝国。この2つの国は大陸でちょうど真逆の位置にあった。
2つの国は地理的なアドバンテージから少しずつ広がり、いつしか大きな国になっていった。始めは合併や土地開拓で国を広げていたが、いつしか帝国となり周囲の国を戦争で奪うようになった。
北に広がる国がクロツフェル帝国。現皇帝はクロツフェル12世。彼は代々続く王家の12代目であり、若い頃は前線に立って戦っていたほどの腕である。そしてその1人娘サーシャ。彼女は争いを好まない心優しき少女であり、その人柄から国民にも好かれている。
そして南に広がるはスヴァノ帝国。現皇帝はスヴァノ3世。100年程前に革命があり、暴君から今の皇帝へと変わった。スヴァノ3世は戦に置ける腕もあり、戦略においてもかなりのものである。そして彼の弟は彼以上に戦績をあげており、現在も戦へと出ることがしばしばある。
両国の戦いは50年以上も続いており、この代でグングニルの出現によりスヴァノが勝利するのではと噂されていた。
「──────不用心すぎるんじゃないか、クロツフェル国のお姫様?」
レオンはそう言った。
少女は動揺した。しかし、それを表に出すことなくレオンを見据える。
「動揺はしないか……いや、見せないといったところか」
レオンは少女を見ながら言う。
少女は見抜かれている動揺も押し殺す。
「………………確かに不用心かもしれません。しかしこれは私の独断で決めたことですので他の方に迷惑はかけられません」
「なるほど。つまり国を抜け出してきたと?」
「はい」
少女は嘘偽りなくまっすぐレオンを見て言う。
レオンは少女の目から真実であると悟る。
「立ち話も疲れるだろう。詳しいことはオレの部屋で話そう」
レオンはそういうとくるっと後ろを向き、歩き出す。少年と少女はそのあとを追う。
レオンの部屋に入るとそこはベッドと本棚と机が置かれていた。メイドがイスを2つ運んでくる。この部屋にはイスはひとつしかないのだ。
「さて、本題に入る前に……グングニル。彼女から名前を、本名を聞いていたか?」
少年は無言で首を横に振る。
「……だろうな、予想はしていたが本当だったか」
レオンは呆れて言う。
「ここからが本題だ。お姫様、君は何をするつもりでこの国まできたんだ?」
「それは、この戦争を終わらせるためです」
「本当にこの戦争が終わると?」
「はい」
少女は強くその言葉をいいながらうなずく。
その言葉をきいてレオンは少女を見つめ、言う。
「50年も続いてきたこの戦争がそんな簡単に終わると思っているのか?」
「簡単に終わるとは思ってません。ですが、別の国といえど予言の麒麟のことは知っているのでしょう?」
レオンは黙り込む。レオンも少年もその予言が何を指しているかは知っていた。
「予言が本当に起こったならば、私の国もスヴァノ国も崩壊をまぬがれません」
「予言が本当に起こる確証はあるのか? この国じゃ月はまだ一つしかないぞ」
その予言によれば前触れの手始めとして月が二つになるという。しかし二つ目の月など観測されていない。
「私は姫であると同時に未来を見通す力を持っています」
「予言者か……なら、それを君の親であるクロツフェル12世に言えばいい」
「もちろん、このことは伝えました。ですが……私の国で最も力を持つとされる予言者はそのような未来は見えないといいました」
少女はそう言ってうつむいた。
名預言者の言葉と少女の言葉じゃその信頼度など図る必要もないと思われるものだろう。
少年そう思ってもちろん言葉にはせず、聞き役に徹する。
「だからと言って単身で敵国に乗り込んでくるのは一体どういう了見なんだ? 今は奇跡的に生きているが、普通だったら今頃死んでるか捕まって人質だぞ」
「それはもちろんわかっています。ですが、自体はそれほどまでに深刻なことなんです」
少女は力強くそうつげる。
この深刻な問題に対面しようというのに大国同士で争っていてもダメなのだと少女の顔から伝わるようだった。
「……わかった。それならオレも協力してやろう」
突然の言葉に少女は驚いた。
まさかこんなに簡単に力を貸してもらえるとは思ってもみなかったからだ。少女は一日中でも説得するつもりでいたのに、その必要もなくあっさりとレオンは言った。
「本当によろしいんですか?」
「ああ、ただしそれにはいくつかの条件がある」
「言ってください」
「まず一つ、サーシャ姫。あなたの名前はここにいる間変える。二つ、この国にいる間はオレのメイドということにして自分をクロツフェル帝国の姫だと決していうな。三つ、予言のことはオレから言う。お姫様にスヴァノ王と会うことはさせない」
つまりはここに匿う兼監視。それだけではない。きっと最悪な場合はクロツフェルに対する人質かもしれない。それでも、とてもいい条件なのは確かであった。
「しかし、スヴァノ王に伝えたことをどう私に証明していただけるのでしょうか」
「おいおい、君は人にそんなことを言える立場なのか? まあ、そこは問題ない。行かないのはお姫様だ。オレとグングニルとお供のメイドの3人で行く。もちろんお供のメイドには一言たりとも王に発言する権利はないが」
つまりメイドとして一緒に連れて行く代わりに王と会話はさせないということだ。少女はスヴァノ王と面と向かって説得をするつもりでいたが、これだけでも今では十分にいい条件だった。
「……わかりました」
少女はそういい礼をする。
「さて、それじゃあ早速お姫様にはメイドになっていただこうか」
「今すぐにですか?」
「グングニルは王と仕事上の話がこれからあるんだ。お姫様としても早い方がいいだろう」
そしてレオンはグングニルの方を向く。
「それから、お前は今日からオレの屋敷に泊まれ」
「え? もう僕は関係ないでしょう」
少年は少女をレオン将軍に預けてまたいつもの日々に戻ろうと思っていたのでそう返した。
「自分が連れてきた女性の面倒ぐらいお前が見るべきだろう」
レオン将軍のその言葉を聞いて少年は思った。厄介なことに巻き込まれてしまった、と。