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◇1

「はぁはぁ……っ……」

 夜の暗闇の中、光が届かない裏道を一つの影が静寂を切り裂くように走り抜けていく。日頃から人通りの少ない裏道。一歩間違えればマフィアや裏の世界で働くものなどの柄の悪い連中に出くわしてしまうだろう。しかし、この道には走り抜ける影以外の姿はない。それでも影は何かに追いかけられるかのように走って行く。

「とりあえず……どこかの……民家へ……逃げないと……」

 息も切れそうにしながらも、目的を確認するように言葉を紡ぎ出す。戦争が多発し、国が不況と化しているこの御時世。ほとんどの家は鍵を閉めきって、怪しい者にはドアも開かない。それを影は知っていたが、そうしないと生きていけないのも事実。雪は降らぬも夜は一桁台の温度。野宿などしたら寒さにやられたりすることはおろか、下手すれば軍の見回り兵に捕まり、最悪は銃殺されてしまう可能性だってあるのだ。それに明日起きたら戦争が起きていて、爆弾が降ってきてここらへん一帯を荒野にしてしまうということもありえなくはないのだ。

 そしてそんな中、特に恐ろしいのが《魔法》というものだった。

 《魔法》とはこの世界の深くにある地上とは全く違った世界《汚れ無き楽園クリアエデン》に住む人間の想像の存在とされた生物《夢幻獣キリン》の力のカケラから得られる物。現代の科学ではどのようにして生成されるのか解明されてないので魔法と呼ばれている。生成の仕方はわからないが武力として使えると認識されてからは殺戮の武器としてしようされている。

 そんなものが広まっている荒れた世界の中を影は必死に、何かに追われるようにしながら走りつづけた。






 少年は街をただ歩いていた。目的もなく散歩をするように、いや、散歩をしていたと言った方が正しいだろう。歩いている場所は商店街。道の脇にはいろんな食物が並べられている。とはいえ、品物の数は少ない。原因は不況----ではない。正確に言うならば不況も原因だがもっと大きな原因がある。盗人だ。すべての品物を店頭に並べていたら盗んで下さいと言っているようなものだ。ついでにぶらぶらしてる少年は盗人に見えるだろう。この荒れた世界でのんびりと散歩などする者はほとんどいない。命の危険が伴うからだ。だから少年以外は散歩なんてものをしないし、散歩している人間が存在しているなんて思わないのだ。

 少年は盗人と思われることも気にせずに自分のしたいこと、散歩を続ける。すると前から男がこちらに向かってかけてくる。ついでに、泥棒だー! そいつを捕まえてくれー! という声まで聞こえてくる。男の手には果物があるのを肉眼で見た少年は右手を前に出した。そして小さな声で、

「《勝利のグングニール》」

 とつぶやいた。

 ちょうど男が3メートルぐらいの位置まで来た瞬間に足を止めた。その理由は男の目の前にやりが現れたからだ。その槍は少年の手に握られていた。

「その果物を店の人に返して下さい。そうしなければ僕はあなたを傷つけます」

 少年は無表情のままそう言って槍を男の首にむけた。男は口をポカンと開けて驚きながら一言発した。

「ぐ、グングニル様……」

 するとそれを見ていた周りの人が次々言葉を発する。

「グングニル様!? グングニル様だぁ!」

「グングニル様だと? あ、あああ! グングニル様が第7区に来てるぞー!」

 声がどんどん広がっていく。しかしグングニル様と呼ばれた少年は素知らぬ顔で男を見ていた。

 男は後ろから追いかけて来た果物の主に謝罪をし、果物を返した。しかし果物の主はそれだけで腹の虫がおさまることはなく、一緒に警察署まで来いと言った。それを見ていた少年は口をだす。

「あの、すみませんが一度だけ許してもらえないでしょうか?」

「グングニル様、でも今逃がすとまたおなじことをこの男はやりますよ」

 少年は頭を下げて、

「お願いします。今度こんなことがあったらあなたの好きにしてください。でも一度、一度チャンスを下さい」

 果物の主は呆れるように溜め息を吐いて男を向く。

「今度やったらあんたは牢屋行きだからか」

 そう言って去っていった。男は少年に頭を深く下げて言う。

「グングニル様! すいません!」

「頭を上げて下さい。私も昔はスラム暮らしをしていたから辛さはわかります。けど、ここにいるみなも同じなんです。だから今度このようなことがあれば僕はあなたは助けませんよ」

 そう言って右手の槍を「おつかれ」と言いながら撫でた。すると槍が消えた。男が何か言おうとして口を開こうとすると、少年は男の手に果物が2つほど買える金額の紙幣を置いて、

「それで何か買って下さい。僕は用事があるのでもう行きます」

 そう言って歩き去って行った。その背を男は見えなくなるまで見つめていた。






「今日の夕飯はこれでいいかな」

 少年は右手に下げたビニール袋を見ながらつぶやいていた。時刻は七時。外は暗く、太陽の代わりに空には丸く白い月が2つ並んで見えていた。外を出歩く者は見回りの兵や野良猫などのみ。少年はさほど気にすることもなく、自分の家へと目指して歩いていた。

 今日はいつもよりも遅い時間の外出。原因は少年の仕事。早く終わることもあればその逆もまたしかり。少年の家までの長い道のりはいつもと変わらずに沈黙している。そんなどうでもいいことを考えながら少年は家の近くまで着いた。そして家に到着し、中に入ろうとして後ろを振り返った。と、少年の後ろにいた人物が驚いて尻餅をついた。

「あの、大丈夫ですか?」

 少年はそう言って手を差しのべる。尻餅をついた人物は「ありがとう」と言いながら少年の手に掴まり起き上がった。フードを深くかぶり、顔を隠している人物は起き上がるとぱんぱんと埃をはらう。少年は無表情にその姿をぼっーと見ていた。埃を払い終わると、少年は問いかける。

「僕に何か用ですか?」

 フードの人物はハッとして、少年の方を向くと頭を下げながら言った。

「あなたの家に泊めて下さい!」

「………………?」

 少年は話についていけず、首を傾げた。それを見てフードの人物はまた言う。

「今晩泊まるところがないので、あなたの家に泊めて下さい!」

 少年は反応を示さずに無表情のままフードの人物を見ていた。フードの人物は困りもう一度言おうとすると、

「じゃあまず、顔を見せて名前を教えて下さい」

 そう事務的に告げた。






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