イチゴミルク物語〜吸いたい赤は混ざっていく〜
夜のコンビニ。
彼はレジに並ぶ。
手にしているのは血液パックではなく、いちごミルクとチョコレート。
彼は知っている。
いくら法律で定められても、人の心は自分たちを怪物と決めつける。
だから”人間らしい嗜好”を演じる。
でも、レジに立つ店員の首筋がほんのり赤く光った瞬間、喉を締め付ける感覚。
いちごミルクを握りしめたまま、手元が震えだす。
それは、血を求める本能だけではない。
せっかく演じてきたのに、その中身を見られる怖さもあった。
店員は怪訝な目、完全にヤバイ人を見る目。
ただ、心の中でほんの少しだけ”ヤバいやつ”であることを、ほんの一瞬だけ、肯定したくなる衝動。
でも、その衝動で今までの努力を無に帰すのは間違っている。
だから、彼は高らかに言う。
「ポイントカード、あります」
彼は、ポイントカードを差し出した。
店員は困惑しながらも受け取り、機械的にピッと処理する。
でも、視線は外さない。だからか、バーコードリーダーも3回ぐらい空気を読みこんでいた。
その強烈な視線でさらに手に力が入る。
いちごミルクのパックが、ほんの少し潰れる。
店員の手が、ペイントボールに伸びる。
それは、社会的違和感を色で塗りつぶす武器。
「わああああ!?ちょっとまってなにするんですか?」
声は思わず裏返る。
店員はその声にびっくりして、その蛍光色の武器を落とした。
ボールは床に転がり、真っ赤な絵の具がほんの少しだけ彼の靴先に触れる。
店員は、言葉を失い、彼は息を呑む。
コンビニの空気が凍る。
彼は恥で顔が赤い。
店員は床に散らばった赤を見つめながら店長に怒られることを想像していた。
そこに、イカついニイちゃんが割って入る。
「早く会計してくれよ」
その声が重たい沈黙を切り裂く。
「アッハイ」
同時に言う。
彼は交通系ICをかざしてこの場から消えたいと願った。
潰しかけたいちごミルクが、感情の迷子に引っ張られて手から滑り落ちる。
床に広がるピンクの液体。
ペイントボールの赤と混ざってレジ前がカオスになる。
ニイちゃんは、苦笑い。
「あんたら、何してるんや」
店員と彼は同時に天を仰ぐ。
終わった。
ニイちゃんは、ペイントボールといちごミルクのカオスを見て、こう言い放つ。
「もうええわ、セルフレジでやるわ」
そしてスッと去っていく。
店員はその背中を冷ややかな目で見ながら、心の中で初めからそうしてくれよ、と。
彼は床のピンクと赤のマーブルを見つめながら、なんでこっちきたんやろ……、と。
2人の混乱が、レジ前に漂う。
セルフレジでサクッと会計を済ませたニイちゃんは何事もなかったようにコンビニを後にした。
ニイちゃんの事件のあと、彼は帰るべきだった。
でも、動けない。
床を見つめながらただ、ボーッとしている。
掃除を手伝うべきだとは思っている。
そう言いたいのに言えないまま、まだ震える手を見ながら、速い心音を聞いていた。
店員は何も言わずにバックヤードへ。
レジ前には彼だけ。
ゆっくりと靴に染み込むいちごミルク。
甘い匂いがほんの少しだけ彼の空腹を刺激する。
やるか、やらまいかという思考。
それは、掃除のことか?それとも吸うことか?
誰もいない空間で彼は選択に迫られる。
店員さん、帰還。
モップを手に床をふき始める。
「あれ、まだ居たんですか」
反射的にコミュ症ムーブ。
「えっ、あっ、ハイ」
店員は、床のいちごミルクを見て苦笑い。
「あー、いちごミルク大胆にやっちゃいましたね……ははは……」
店員はしゃがんで、モップがけ。
彼の心臓はさらに回転数を上げていく。
店員の体が、脈が近い。
口がモゴモゴしてる。
何か言いたい。
でも、言えない。
「……あの、」
言いかけて、店員の目がふとこちらを向く。
見られて思わず身体が跳ねる。
「あ、そこ拭きたいんでちょっといいですか?」
勇気を振り絞る。
「えっと、あの、吸ってもいいですか」
店員は目を丸くして数秒固まった。
「え、タバコ?喫煙所なら外にありますけど」
「いや……」
「あ、買い忘れた感じですか。何番ですか?あと身分証明書お願いします」
「あっ、ちが……」
「とりあえず、拭いていいですかね?」
怒涛の現実対応。
彼は完全に置いてけぼり。
口元はまだモゴモゴしている。
吸いたいのは、血。
でも、語りたいのは気持ち。
この際どうにでもなれ……!
彼はついに決意した。
店員の肩に手を伸ばす。
しかし振り向きざまにモップの柄。
ゴンッ。
悶絶。
「だ、大丈夫ですか!」
店員、イラつきつつも気遣いモード。
唇を噛んでしまい、血が滲む。
不甲斐なさと痛みで、涙目。
その血の匂いが店員の鼻先をかすめる。
店員はふと目を細める。
「……それ、いちごミルクじゃないですよね?」
もう諦めればいいものの、彼は謎の執着を見せる。
自分の血ではあるが、衝動的にこれは何か爪痕を残さないと損と思ってしまう。
サンクコストの沼。
店員さんも少し変な感じになっている。
口元に手を伸ばして、大丈夫ですか?と聞かれる。
口元はまずいと慌てて手のひらで覆う。
「薬、取ってきましょうか?」
「らいりょうふれふ」
しかし、結構深くいったらしい。
手のひらから、ツーッと血が垂れていく。
赤とピンクの中に一雫、真紅が混ざる。
拭ききれていない床がまた汚れる。
彼はまたモップが飛んでくると思った。
でも、現実は違った。
ふう、と息を吐いた店員。
「なんとなくそんな気はしてましたよ」
「ふぇ?」
情けない声で聞き返す。
「僕もなんですよ。だからなんでこんな執着されてるのか不思議なんですけど……」
衝撃の事実。青天の霹靂。
「じゃないと夜勤なんか誰も入んないんでね……」
やられ損で力が抜ける。
尻餅。
そこには、いちごミルクと絵の具と自分の血。
べちゃり。
ズボンに冷たい赤達が染み込む。
二人とも思わず声が出た。
「あっ」
深夜のコンビニは演者たちの感嘆で満たされた。




