出会いは一期一会、新たな住人
徳島の山奥にて、いつものように楓とかーみ様は日向で過ごしていた。
正月も終わり、花粉が舞い、桜が散り始める頃。
春がゆっくりと、夏へと移ろい始めるこの時期――
庭先で、不意に大きな物音がした。
姫子「誰か助けてください!!!」
楓「えっ、ちょっと!!!」
咄嗟に振り向いた楓は、そのまま庭へ飛び出してきた女性に
半ば盾にされるような形で前に押し出される。
そして、その先にいたのは――
空気を淀ませるような気配をまとった、明らかに“普通ではない”女性だった。
澄子「呪って殺る……呪って殺る……庇うお前も……!!」
楓「ヒィィィィ!!」
かーみ様「やめい。」
ペチン
軽い音だった。
あまりにも、軽い音だった。
けれど、その一撃を受けた瞬間、
澄子の表情が「えっ」と間の抜けたものへと変わる。
……数分後。
何故か、かーみ様の前で
きっちり正座させられている澄子の姿があった。
かーみ様「ああ、じゃあ澄子は――楓の後ろに隠れてる子が、屋敷に不法侵入した挙句、祠を壊したから追いかけてきたのね」
腕を組みながら、うんうんと頷く。
かーみ様「まあ、澄子の話だけを聞くのも駄目だから、とりあえずそこの子に聞くけど。君、澄子が見えるなら、私も見えるでしょ?」
姫子「はい……あの、本当にすみませんでした」
深く頭を下げる姫子。
姫子「その……よくある肝試しとかじゃなくて、ただ寝泊まりだけで、朝起きたら出ていくつもりだったんです。私、今旅をしていて、それで……」
言葉を選びながら、必死に続ける。
姫子「祠を壊してしまったのは、本当に申し訳ありません。私にできる範囲ですが、誠意ある行動はしますので……どうか命だけは……」
澄子「ふざけるな!! 貴様、怨霊たる私の祠を壊しておいて、命を差し出さないとは……やはり気に食わん、ここで――」
かーみ様「だからやめなさいって」
軽くため息をつきながら、言葉を遮る。
かーみ様「うーん……姫子、ちょっと手を貸して」
そっと手を取る。
一瞬だけ、空気が静かに張り詰めた。
かーみ様「……うん、嘘はついてないね」
あっさりと言い切る。
そして、視線を澄子へと向ける。
かーみ様「澄子。君の言葉を借りるなら――訳ありとはいえ、勝手に楓の家に来て、その楓も巻き込んで殺そうとした。それだけじゃなくて、私がやめろって言ったのに今また動いてやめなかったよね?」
にこり、と笑う。
その笑顔は穏やかなのに、妙に圧があった。
かーみ様「一応言っておくけど……私、こんなんでも神様だからね?」
⸻
その一言で、場の空気がぴたりと止まった。
澄子「……っ」
さっきまでの禍々しい気配が、嘘のように引いていく。
代わりに浮かんだのは――
少しだけ、気まずそうな顔だった。
澄子「……その、つい……」
楓(謝るんだ……)
思わず、心の中で突っ込む。
かーみ様「まあ、怒る気持ちは分かるよ。自分の居場所壊されたんだし」
少しだけ声の調子を緩める。
かーみ様「でもさ、それで関係ない人まで巻き込むのはダメでしょ」
澄子「……はい」
しゅん、と肩を落とす。
さっきまでの勢いはどこへやら、
完全にしおらしくなっていた。
楓(この人、本当にさっきの人と同一人物……?)
かーみ様「で、姫子」
呼ばれて、びくっと体を揺らす。
姫子「は、はいっ!」
かーみ様「君は君で、ちゃんと責任取らないとね」
姫子「……はい」
ぎゅっと拳を握る。
かーみ様「というわけで――」
一拍、間を置いて。
かーみ様「しばらくここに住みなよ」
姫子「……え?」
楓「……え?」
澄子「……は?」
三人分の間の抜けた声が、見事に重なった。
かーみ様「だって、祠壊したんだからさ。代わりに面倒見ればいいじゃん」
さらっと、とんでもないことを言う。
姫子「い、いや、でも……!」
かーみ様「大丈夫大丈夫。楓もいるし」
楓「え、ちょっと待ってください」
話を振られて、慌てて口を挟む。
楓「私、今初めて聞いたんですけど」
かーみ様「うん、今決めた」
楓「今なんですね……」
額に手を当てる。
少しだけ頭が痛い。
澄子「……私は?」
ぽつり、と小さく呟く。
かーみ様「澄子もいるでしょ、ここに」
澄子「……いいんですか?」
かーみ様「いいよ。どうせ祠、すぐには直せないし」
軽く言い切る。
その言葉に、澄子は少しだけ目を見開いた。
澄子「……そうですか」
どこか、安心したような声だった。
楓(……なんか、増えた)
静かなはずの山奥の家に。
気がつけば、住人が一人――いや、二人。
増えていた。
かーみ様「というわけで、今日から賑やかになるね!」
満面の笑みで言う神様に。
楓は、小さく息を吐いた。
楓「……はぁ」
おまけ
楓「えっと……姫子さん、澄子さん。今日からよろしくお願いします」
少しだけ緊張した面持ちで、それでも丁寧に頭を下げる。
姫子「こちらこそお願いします。すみません、私のことで巻き込んでしまって……」
申し訳なさそうに肩をすくめながらも、ぐっと拳を握る。
姫子「家事はあまり得意じゃないですが、薪割りとか力仕事はできます!! 庭先の草むしりや力仕事はお任せください!」
楓(思ったよりたくましい人だ……)
内心で少し驚きつつも、安心したように小さく頷く。
澄子「楓殿、先程は申し訳なかった。頭に血が上っていたのは事実だし、確かに筋も通っていなかった」
姿勢を正し、どこか武士のようなきっちりとした謝罪。
澄子「怨霊ゆえ、時折怪奇現象が起きるかもしれないが、その際は私なりに対処する。何かあれば、いつでも言ってほしい」
楓「はい、わかりました」
柔らかく返しながら、ふと視線を横へ向ける。
そこには、いつも通りの存在がいる。
楓「でも、お二方とも大丈夫だと思いますよ。うちは見ての通り、かーみ様がいますので。そんなに心配することはないと思います」
あまりにも当たり前のように言う。
姫子「……あ、はい」
澄子「……そう、ですね」
二人とも、微妙に納得しきれていない顔をしていた。
楓「姫子さんは、とりあえず私の部屋の隣を使ってください」
指で廊下の方を示しながら続ける。
楓「澄子さんは……そうですね。うちの食卓、無駄に広いので、明日にでも片付けて人が住めるようにしますね」
さらっと言うが、なかなかに雑な割り振りである。
澄子「食卓に住むのか……?」
楓「広いので大丈夫です」
楓は真顔だった。
楓「とりあえず今日は、私とかーみ様の部屋で寝ましょう。姫子さんと一緒にいて、何かあっても困りますし」
姫子「信用がない……!」
思わず声が漏れる。
楓(まあ、無理もないですね)
かーみ様「大丈夫大丈夫。もし何かしたら――」
にこり、と笑う。
かーみ様「また叩いてあげるから」
姫子「やりません!!」
即答だった。
その様子を見て、かーみ様は楽しそうに笑う。
かーみ様「でも、今日からまた賑やかになるね!」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ柔らぐ。
静かだったはずの家に、
少しずつ人の気配が増えていく。
楓はその様子を見ながら、ふと小さく息を吐いた。
――悪くない。
そんな風に思えてしまう自分に、
少しだけ驚きながら。
テコ入れ早いかな。




