第七話 『E判定、強制リハビリ』
【共通テストまで 233日】
医学部専門予備校 メディカル∞インフィニティ・ラウンジ。
タロウは机に突っ伏していた。
手には北関東医科大学・E判定の紙が握られている。
「俺はもう……E判定の民だ……」
「勝手に民族化するな」
「E判定族の長だな」
終と五條は口々に言う。
「やめろぉぉぉう!!!」
いつもの口調で浪人生トリオが騒いでいると
俊はタロウの手から、静かに判定結果の紙を奪った。
「原因、分析しました」
なんだなんだ、と3人の注目を集める。
「英語、長文3/30点で壊滅。
数学、途中式が崩壊。
化学・生物に至っては、時間切れで最後の設問までたどり着いていません」
「言い方がきつい! 俊くんは国語の勉強をした方がいいと思う」
「北関東医科大学は二次試験に国語はないですから。そんなことより、タロウさんにこちらを提案します」
そういうと俊はカバンから何やら取り出した。
出されたのはA4サイズのコピー紙の束。
【越知内タロウ E判定脱出プログラム】
表紙には明朝体で物々しく書かれている。
「嫌な予感しかしない」
「タロウさん、E判定に慣れきってしまっているのは良くない兆候です。」
「よって、僭越ながら僕が蟻地獄から抜け出す手助けをさせていただきます」
俊の持ちだした紙にかかれているプログラムを
タロウはそれを一つずつ読み上げていく。
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【越知内タロウ E判定脱出プログラム 第一条】
朝7:30
早瀬 俊特製の小テストに強制参加。
「早い、早すぎるって!」
「E判定を脱却するにはまず早起きから」
「その心は」
「データによると、現役合格者は朝が強い。朝は記憶の定着率がいいとされています」
「俺は夜型のAB型だ」
「E型の間違いでしょう」
「言い方!」
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【越知内タロウ E判定脱出プログラム 第二条】
昼休み
医学部頻出英単語100連発
「単語帳を作りました。間違えたら最初からやり直してくださいね」
俊は分厚い単語帳を取り出して見せる。
「鬼か!!!」
「基礎です。長文は覚えている単語の数が多ければ勝負できますから」
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【越知内タロウ E判定脱出プログラム 第三条】
スマホ没収
「これだけは無理。勘弁してください」
タロウは大げさに、机の上で頭を下げ、土下座のようなポーズをした。
「SNS断ちしましょう。タロウさん、自習室で15分に一回スマホ見てるし」
「澪の投稿見れないじゃん。俺は毎回“いいね”して応援してるんだ」
タロウさん、と、俊は彼の眼を真っすぐ見つめる。
「他人の応援より自分の偏差値です」
「辛辣ぅぅぅ!」
タロウは大げさにのけぞる。
「予備校を出るときには返しますよ」
次の日から俊による【越知内タロウ E判定脱出プログラム】が始まった。
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翌朝 7:29
タロウは眠そうな目で、教室のドアを開けると
そこにはやる気に満ち溢れた表情の、俊がすでにいつもの席に座っている。
「遅刻です」
「まだ29分だ!」
「E判定の方って時間にルーズなんですよね」
「おいこら、人格否定は良くないぞ!」
俊はクリアファイルからプリントを1枚取り出した。
「今日は数学です。この設問を解いてください。途中式まで書いてくださいね」
「答え合ってればよくない?」
「北関東医科大の二次試験では途中式まで見られます」
「人格も見られている気持ちだ」
「大丈夫、それは面接で見られますから」
俊の言葉は全然フォローにはなっていなかった。
そのプリントをタロウに30分で解き終わらせると、
俊はそれを回収し、そのまま学校へ向かっていった。
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昼休み、医学部頻出英単語100連発
いつも俊は学校が終わった夕方の時間の授業から合流するが、
土日は朝から浪人トリオとともに出席する。
そのため、この日は俊も昼食をともにしていたため、
英単語を俊が一つずつ読み上げて問題を出していた。
「abandon」
俊が問題を出す。
「放棄する」
タロウが答える。
「いいですね。では“despair”」
「…………E判定」
「違います」
「『絶望』だ」
隣から終が口を出した。
「終さん、正解です」
俊の褒め言葉に終がガッツポーズ。
「今の俺じゃないか~」
絶望するタロウを俊は無視をする。
「もう1回最初から。abandon」
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――3日後の昼休み。
タロウは目の下にクマを作り、明らかに顔色は青白く ぐったりしている。
「もう1回最初から。abandon」
今日も今日とて医学部頻出英単語100連発の真っ最中だ。
「鬼だ…俊は鬼教官だ…」
「まだ3日ですよ、大げさです。
今回の単語帳は初級編ですから、早く脱出しましょう」
俊はこのプログラムが始まってから、なぜか生き生きしていた。
そこへ澪がやってきた。
「タロウさん、最近インスタの投稿ないですね?
何かあったんですか~?」
「スマホ、没収されてる」
「え?」
「E判定脱出プログラムを実行中なんです」
「スマホ見れないとか……軍隊ですか~?」
「いや、浪人生だ」
「その医学部頻出英単語100連発、私もやっていいですか~? 英語苦手で」
「やめとけ地獄だぞ」
「歓迎します」
俊は嬉しそうに言った。
「でもその前に私 自販機で飲み物買ってきますねぇ」
「あ、僕も欲しいので行きます。タロウさんサボらずやってくださいね」
俊と澪が2人で席を離れて、ラウンジ奥の自販機コーナーに向かった。
タロウはひゃ~い、と適当な返事をするわりには
俊特製単語帳をまじめに眺めていた。
「俊くんって、なんであの浪人生トリオとつるんでるの~? 確かにいい人たちだけど、普通 現役生って現役生同士でつるむじゃん」
自販機で飲み物を選びながら、澪は俊に尋ねた。
「しかも勉強の面倒まで見て、えらいよねえ。学校もあるのに」
俊の飲み物を選ぶ手が止まった。
「それは合格したいからです、4人で一緒に」
「そっか、そうだね~。変なこと聞いてごめんね」
俊の言葉に嘘はなかった。
しかし澪にそう尋ねられて、俊は初めてあの3人のことを自分が想像以上に大切に思っていることに気が付いた。




