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第六話 『SNSの向こう側』

白川 澪(しらかわ みお)は、現役のとき“落ちる側”の人間ではなかった。


公立中学ではもちろんずっと上位。

毎年医学部を数人は輩出する公立高校でも安定して学年トップ層に入っていた。


現役の時の志望は東北地方にある中堅の国立大医学部だった。

模試もA判定とB判定をずっと行き来していた。


堅実で、現実的で、先生も親も頷く選択だった。


「医学部、十分狙えるよ」

「あなたなら大丈夫」

「さすが白川さん」


今思えば、無責任なもてはやしだ。

しかし澪も、そう思っていた。


——本番までは。


共通テストの朝、今までに経験したことがないほど手が震えた。

試験会場に到着し開始時間になっても、その震えは収まらず 周りの鉛筆の音や紙をめくる音がやけに大きく感じ、まともに集中できなかった。

どうやって試験を受け、どうやって帰ってきたかほとんど記憶がない。



なんとか二次試験にたどり着くも、

テスト開始時間になると再び手は震えてまともに回答できたものじゃなかった。

そのまま続いた面接では声が上ずって予定していた回答は全て飛んでしまった。


自己採点の数字を見た瞬間の絶望は、今も思い出すと

胸のあたりがずっしりと重くなる。


結果は“不合格”。


結果を伝えに、高校の職員室を尋ねると

高校の友人たちは次々と進学先を決めていて嬉しそうに担任教師に報告していた。


「白川なら受かると思ってた」

「惜しかったね」


職員室の教師はそうして優しい言葉で澪を励ましたが

そのとき、担任に言われた一言が残った。


「白川なら、本当はもっと上いけたのにね」


——もっと上。


浪人。

自分には無関係だと思っていた分、

その2文字は、思った以上に重かった。


春になり予備校に通いだすと

大学に通学するために駅に向かう高校の同級生たちをよく見かけた。

そのたびに、澪は彼らに見つからないよう、脇道にそれた。


安全圏を選んだつもりだったのに。

堅実に、確実に。

それでも落ちた。

自分よりも下だと思っていた同級生は合格し、大学生活を楽しんでいる姿を見るたびに嫉妬心が渦巻き、そんな自分を一層みじめに感じた。


浪人を決めた日、志望校のランクを一段上げた。

――北関東(きたかんとう)医科大学(いかだいがく)


偏差値も倍率も、現役の時にうけた大学よりもひとつ上だ。


母は少し驚き、父は静かに言った。

「どうせやるなら、後悔のない選択をしなさい」

と言った。


自分は落ちたのではない、

ひとつ上の大学に行くために、浪人を選んだのだ、という風に同級生たちに思わせたかった。


________________________________________


最初にSNSへ投稿したのは、ただの気分転換だった。


机の上の参考書。

カフェの窓際。

付箋だらけの問題集。



《浪人生活スタート》

思ったより、反応が来た。



「頑張って!」

「応援してる!」

「白川なら絶対いける」


画面の向こうには、失敗した自分はいない。

“前向きな浪人生”。

少し見栄は張ってしまったが、嘘ではなかった。


本当に、諦めてはいなかったから。


________________________________________


だが現実は、甘くない。

浪人最初の模試――

北関東医科大学:D判定。


現役のときより手ごたえはあったし、知識も増えている。

それでも判定は下がってしまった。


大学のランクを上げたために、母集団のレベルも上がったからだ。

“上を目指す”というのは、そういうことだった。


家で一人で勉強をしていると、鼓動が速くなるのを感じた。

そんな時はスマホを開いて


《あとちょっと!》


投稿する。

すると通知はすぐに鳴る。


♡ 12


その数字を見て、澪は呼吸が少し整うのを感じた。


その時から、澪はSNSに執着するようになってしまった。

投稿をして反応があれば、「自分はまだ大丈夫だ」と思えるからだ。


承認欲求?

たぶん違う。

自分は落ちて可哀そうな浪人生じゃない、そう見せたかった。



自分はまだ大丈夫、大丈夫、大丈夫……。


フォロワーはどんどん増えていくが、

その数字と反比例するように、澪の心はだんだんと締め付けられていっていた。




【共通テストまで 252日】


ある日、タロウが予備校の授業を終え自習室で課題を解いていると、スマホが震える。インスタグラミンのDMが1通届いたようだった。

送り主は澪だ。


―――――――――――――――――

@mio_shirakawa0908

多浪さんって、受験怖くないんですか?

―――――――――――――――――


ラウンジにいつもの4人が集合する。


「完璧に病んでいる。1浪のこの時期にはよくある。これはもう精神科案件だ」

さすが5浪目の五條。

メンタルを病んでいく浪人生を山のように見てきていたせいか、特に驚きはしない。


「これは真面目に答えてあげましょうよ」と、(しゅん)


「みんな怖いに決まってるだろぉ!」

タロウが叫ぶと、


「大声で言うな」

と終がツッコんだ。


「僕はまだ現役なので分かりませんが……」


「「「お前は黙ってろ」」」

浪人生トリオは口をそろえていった。


「さて、どうやって答えたものか……」


―――――――――――――――――――――

@tarou_no_tarou:

怖くないです。努力すれば関係ない。

――――――――――――――――――――――



消す。


―――――――――――――――――――――

@tarou_no_tarou:

年齢はただの数字です。

――――――――――――――――――――――


消す。


その様子を見ていた終は

「本音でいい。みんな怖いって言ってやれ」

という。


「本音はダサい」

タロウは首を振る。


その時五條が言った。


「いや、ダサいのは信頼できる。

かっこつけていなくても、泥臭くても大丈夫だということを彼女に見せてやれ」


五條が言った。

いつもふざけたこという時と同じ、真顔だったが

この時はやけにかっこよく、芯を食っているようにタロウは感じた。


「名言っぽいですね」


俊の褒めに、五條は大げさに照れて見せた。

タロウは澪に返信をする。


―――――――――――――――――――――

@tarou_no_tarou:

正直に言うと怖いです。

でも、やめたらもっと怖いです。

――――――――――――――――――――――


既読がつく。

澪からの返信は来なかった。

________________________________________



翌日、インスタグラミンに澪の投稿が上がった。


――――――――――――――――――――

今日は6時間。

いつも盛った写真載せてたけど、これがリアルです。

#北関東医科大学

―――――――――――――――――――――

そこには、コンビニの安い紙パックのジャスミンティーと、

ボロボロの数ⅢCの参考書の写真が添えられていた。


“いいね”はいつもの3分の1もなかった。


「フォロワー減るって!」

「真実はウケないからなあ」


キラキラインスタ女子の突然の方向転換に、

全然SNSに詳しくない浪人生たちが口々にもっともらしいダメ出しをする。


「でも、俺はこっちのほうが好きです」


俊の言葉に、全員がうなずいた。


その時。

「あの~」


振り向くと、白川澪がいた。


「皆さん、北関東医科大学を志望してるんですよね~…?」


突然の声掛けに4人は目を合わせ


「俺はE判定だ」

「俺はD判定」

「私もD判定だ」

「僕はA判定です」


澪はなぜか判定を教えてくる4人に、少しだけ笑顔を見せた。


「私も北関東医科志望なんですぅ。

同じクラスだし、よかったら情報交換させてください」


「映えないけど、俺たちでいいのか?」

「やめてくれぇ」


「はい、カッコ悪い自分はただの過程。

合格すればいいですからっ」


「でも服装は「映え」を意識した~まんまなんだな」


澪の服装は、今日も花柄のミニワンピースに、ヒール付きのパンプス。

髪の毛もばっちり巻かれている。


「はい、これは私の戦闘服なので」


澪はふっきれたような、明るい笑顔でピースをして見せた。

こうして澪は4人とたびたび会話を交わすようになった。


澪はまだSNSは続けている。

フォロワーは減ったようだったが、本音は増えた。

だがそれが一部の受験生たちには結構ウケているようだった。

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