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第二十九話 『掲示板の前で』

3月8日、合格発表当日、午前10時。

北関東(きたかんとう)医科大学(いかだいがく)の掲示板の前は、すでに人だかりができていた。

近年はHPでも合否を確認できるようになったので、

タロウは毎年自宅のパソコンで確認していたが、今年は予備校仲間とせっかくだから見に行こうと誘い合って、現地までやってきた。


タロウたちはその人だかりの真ん中くらいに陣取った。


「心拍数がすごいです」

(しゅん)がめずらしく緊張しているようで、横で呟く。

黒岩も腕を組み警戒態勢。

(みお)は神に祈るように手を合わせている。

五條は意外と静かだ。

(おわる)はスーツ姿。


「なんでお前だけスーツなんだよ」


「今日は国家公務員一般職の説明会なんだ」

「そんなもの今日行くな」


そんなくだらない話をしていたら係員がやってきて、掲示板にかかっていた白い布が外される。

地響きのような、ざわめき。

人だかりは一斉に前へ押し寄せる。


タロウは、自分の番号を頭の中で3回唱える。


(10307)

(10307)

(10307)



目で追う。まずは一番上の行で、自分に近い番号の列を探す

ここの列か。


10068

10089

10150


「あるぞ……この流れはある……」


10198

10256

10289


「くる、次だ。次だ……」

心臓がバクバクいっている。

覚悟を決めて、次の行を見る。









10307



心臓が落ちる。


——あった。

10307



一瞬、理解が追いつかない。

タロウは目をこすった。


番号は消えない、見間違いじゃない。

ある。

本当に、ある。



「……あ」

声が漏れる。



「あった~~~~!!」

澪が叫ぶ。


俊が息を吐く。

「……受かりました」


五條は一歩下がり、静かに掲示板を見る。


タロウはまだ固まっている。


そのタロウを終が肩を叩いた。

「タロウ」


その瞬間。

5年分の感情が、一気に崩れ、溢れてきた。


「うわぁああああああああああああああああああ!!」


号泣、そして絶叫。

知らない受験生が何事かと振り向いた。


タロウはじりじりと人込みをかき分け最前列まで行き、掲示板に額をつける。

「10307ぁぁぁぁ!!!!!!」


「番号に抱きつくな」


「5年待ったんだぞ!!」


涙が止まらない。

でも笑っている。


澪も泣いていた。

ぐしゃぐしゃで写真映えしないけど、きっと一番、今の澪が輝いている。


五條がもはや力尽きて座り込んでしまったタロウに近づく。

「おめでとう」


「……五條さんは?」


五條は少し笑う。

「まだ後期がある」


悔しさを少しにじませながら、でも折れてはいない。


「ちなみに俺も後期、受けるよ」

黒岩も続いた。


「ふたりとも待ってる」


五條と黒岩は二人とも笑って

「先行っとけ」

と言った。


座り込んでいるタロウの肩をつかみ、

終が「こんなとこ座ってたら邪魔だろう」といって

道の端に移動させる。


「終…」

この浪人時代、最も長く過ごした仲間だ。


終は笑って、タロウに

「俺も受かった」

と言った。


「……!!???? マ…

「公務員」


タロウは一瞬思考停止。


「みんな受験だから言えなかったんだけど、実は12月に内定もらってたんだ。

国家公務員一般職。今日はその内定者懇親会。だからスーツ」



「この……っっっ!! 分散投資成功者め!!!!」


終は笑った。その笑顔にタロウは少しホッとする。

「だからかなあ。共通テスト少し気が緩んじゃって」


その横顔は少し大人びて見える。

彼も彼でたくさん悩んで選んだ道だというのは、タロウもわかっていた。


「現役の時に補欠合格なんてしちゃったからここまでしがみついてきたけど

ようやく、諦めがついた。

そんなわけでタロウ、俺は春から国家公務員だから」


「……響き、かっこよすぎだろ!!!!!!」



道は違っても、またともにスタートを切れることを、

二人は喜んだ。


________________________________________


タロウはスマホを取り出し、父に電話をする。

ワンコール目で父は出た。


『……はい』


タロウは言う。

「受かった」


長い長い沈黙。


……


……


……おい、そろそろ何か喋れ、と思った時


「……そうか」

と父は言った。


それだけ。

でも、十分。

父の声は少しだけ震えていた。


タロウは笑いながら泣く。

「5年かかったわ」

「知ってる。うちの苗字がようやく仕事したな」

「遅すぎるよ」


だからさ、とタロウは続ける。

ずっと言いたかった言葉を、今なら言える気がする。



「俺にもっと期待してよ」

「……」


父親は電話口で少しの間、考える。

そして大きく息を吸った音が聞こえた。


「お前が医学部を目指したのは

おばあちゃんのことがきっかけなのを知ってたから、

私達まで強く言えば追い詰めてしまうのではないかと思っていた…...。

だけど期待されないと感じるのも寂しいよな。悪かったよ」



また父が深呼吸する。


「タロウはいくつになっても

自慢の息子で、我が家の期待の星だ」




タロウはありがとう、とだけ言って電話を切った。


空を見上げる。

ようやく祖母に報告ができる。



「おばあちゃん、受かったぞ」



少しだけ報告をして、

少しだけスキップをして、

タロウはまた前へ歩き出した。







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