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第二十八話 『面接本番』

面接室の前に椅子が2つ並んでいて、そこに座るよう案内係に指示をされた。

全員姿勢よく、静かに座っている。

タロウの心拍数だけが騒がしい。


――4浪の理由。絶対聞かれる。

――志望動機は…えっと、出だしなんだっけ……。

医者を志したのは、子供の頃に内科にかかったのがきっかけで……。


その時思考が止まった。


――タロウさんの短所は、ごまかすところですよ……。


再び、(しゅん)の言葉を思い出す。



ドアが開く。


「次の方」

タロウの前に座っていた受験生が呼ばれた。

背筋まっすぐで、凛々しい声で「はい」と返事をし、部屋に入っていく。


――あいつは医者が似合うな。


顔を見上げると、ガラスに自分の姿が映っている。


4年間、着続けているスーツ。一応母が入試前にクリーニングに出してくれたが少しくたびれてきた。

顔は自信なさげに、眉が下がっていて顔色が悪い。

なんて情けない、でもこれが、越知内(おちない)タロウだ。


________________________________________


「次の方どうぞ」

「はい」

タロウの番がやってきた。

セオリー通り、ノックをし向こうから返事が入ってきたら

ドアを開ける。


そこには面接官3人が長机に座っており、一番右の教員が

「どうぞ」とタロウの入室を促した。


みんなにこやかに、優しそうな顔をしている。


――とりあえず圧迫じゃなさそう。助かった。


失礼します、と断って、タロウは面接官の前のパイプ椅子に座った。

宜しくお願いします、を合図に試合開始。


越知内(おちない)さんは今回も含め5回もうちの大学を受けてくれているんですね。

4浪したその理由は、ご自身ではどう思われますか?」


来た。

にこやかだが、理由によっては許されないというピリついた雰囲気が漂う。


タロウは考えるより先に口が先に動いた。


「越知内だから落ちないと思ってました」


面接会場がシンと静まり返った。


――やばい。やらかした。普通だったら爆笑を誘うところなのに!


面接官は全員ぱちぱちと瞬きしている。

タロウの弱点はこういうところだ。

正直に答えればいいのに、つい自分の気持ちをごまかしてしまう。


「……それでは、うちの大学は医学部のみの単科大学ですが

医師を志した理由を教えてください」


「それはかっこいいから……」


タロウはまた考えるより先に口が先に動いた。

しかし今度は途中で、言葉を止め、面接室に一瞬の静寂が訪れる。

タロウは少し考えて続ける。


「ごまかすのをやめます」


うつむいてメモを取っていた面接官が顔を上げた。


「……5年前に、祖母を膵臓癌で亡くしました」


空気が変わった。


「両親が共働きだったのでよく祖母に預けられました。

僕は中高では成績もふるわず、運動もできず、特技もなく、しょうもない学生時代でしたが祖母はいつも僕を褒めてくれました。


その祖母が高校2年生の時に、倒れました。

両親が不在で、僕と二人きりだった時でした」


面接官がタロウの高校の内申書を確認する。

出身高校はたしかに、偏差値56程度の中堅公立高校で、

この高校からの入学生は正直この10年間見たことがない。


4年間でどれだけ勉強をし、一次試験を通過するまでになったか、

努力を感じた。


「恥ずかしい話ですが、気が動転してしまって

なんとか救急車を呼んで祖母と一緒に乗りました。

その時に運ばれたのが、この北関東(きたかんとう)医科大学(いかだいがく)です。


病院で詳しく検査をして、祖母が膵臓癌を患っていることが分かりました。ここ最近発症したものではなく、長く患っていたものだったそうです。

祖母は、ずっと背中や腰が痛いと言っており、それも膵臓癌の症状でした。

なのに、僕は『そんなに痛いなら、整骨院へ行けば』とか的外れなことばかり言っていたんです。


救急車で運ばれたときには、残念ながらだいぶ病状が進行していたので手術はできなかったのですが北関東医科大の消化器外科の先生方が最後の抗がん剤治療までみてくださって

僕ら家族におばあちゃんと話す時間をくれました。


自分はおばあちゃんの手を握るだけで、何もできませんでした。

おばあちゃんの症状に、長いこと気づいてあげられませんでした。

だから医師になりたいと思いました」


タロウは話すうちに熱が入りいつの間にか、「おばあちゃん」といつも通りの呼び方になってしまっている。

面接官はじっと、タロウの話を聞いていた。

この回答が正解かどうかはわからない。しかし続ける。


「4回落ちましたが、諦められませんでした」


声が少しだけ震えていた。

面接官は「そうですか」とだけ言って、うなずく。


タロウは高校2年生までは特に熱心に勉強することもなく

のんびりとしたそこそこ楽しい高校生活を送っていた。

自分の未来はそこそこの大学に行ってそこそこの会社に入るのだと思っていた。

祖母の死を間近で見て、変わった。


医師を志した理由、正直に言えば最初は “悔しさ” だけだった。

祖母を救えなかった悔しさ。

何もできなかった自分への怒り。


でも4年経って、少し変わった。

医者になりたい理由は、祖母だけじゃない。

落ちても、落ちても、やめなかった自分も含まれている。



その後、いくつかの質問をかわし、

面接は終了した。


廊下に出ると膝が笑っていることに気づいた。


先に終わっていた俊が待っていた。

タロウはふらふらとした足元のまま、俊に力なく手を振った。

「どうでした」


「半分うまくいった気がする、半分は事故ってる」


「いつも通りですね」

俊がふっと笑う。


「フォローになってない」


いつものようなやり取り、

タロウはようやく日常に戻ってきたと思った。


「……俺さ」

「はい」

「面接で、おばあちゃんの話、した」


俊は少しだけ目を細める。

「それは、あなたの原点でしょう」


「でも、利用した感じしない?」


タロウは面接の志望理由で初めてこの話をした。

今までできなかったのは、祖母の死を、自分のために使いたくなかったからだ。

だからこんなに浪人する理由と、夢をずっとごまかしてしまっていた。


「利用?」

「面接ウケを狙いにいった感」

「タロウさん」

珍しく、真面目な声。


「本気で医者になりたい人間が、自分の原点を話して何が悪いんです」


タロウは黙る。

俊は続ける。


「4回落ちても、やめなかった。それがおばあさまへの思いの強さの証明でしょう」

「…そっか、そうだな」

そう言って、二人は帰路についた。

タロウの二次試験は終わった。


その日は久しぶりに、ゆっくり風呂につかった。

そして風呂から上がって自室に戻ろうとすると、祖母の写真の前を通る。

遺影の祖母は、相変わらず優しい顔をしている。


タロウは立ち止まる。

「……話したよ」


誰もいない部屋で小さく笑う。


「面接のネタに使った。ばあちゃん」


罰当たりだろうか。

ネタにするなって怒るだろうか。


でも嘘じゃないから。


5年前――。

病室の白い壁、消毒液の匂い。

真っ白なシーツの上に置かれた、祖母の細い手を握りながら

タロウは祖母を見つめていた。


――タロウは優しいから、医者向いてるよ。


あの言葉が、きっとタロウの原点だった。

いよいよ明日で完結します!

また見に来て下さいね。

乞うご期待!

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