第二十四話 『共通テストと自己採点』
共通テストを受ける浪人生たちの会場は、出願時の住所をもとに、近くの会場に割り振られる。
現役の頃は高校の所在地をもとに割り振られるので別の試験会場だったが、
浪人生になってからの3回はこの水戸市にある某大学で受けている。
そして今日4回目だ。
受験生がわらわらいたが、若くみえる。
そりゃそうだ、現役生なんて4つも年下なのだから。皆、肌が全く違うのだ。
出鼻から落ち込んでいると、五條が後ろから声をかける。
「よう、ベテラン」
「言い方」
俊はイヤホンで英単語を聞いており、タロウへ片手を上げて挨拶。
澪は入口前でスマホを掲げて写真を撮っていた。
「投稿するな、余裕だな」
「投稿じゃない、ストーリーにあげてただけ」
「違いがわからん」
そんな中、終は落ち着いていた。
「お前なんでそんな安定してんの?」
「昨日7時間寝れた、テスト前にこんな熟睡できたの生まれて初めてだ」
「裏切り者ぉ」
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タロウの受験科目は
1日目は地理総合/地理探求、国語、英語 (リスニングあり)
2日目は生物、化学、数ⅠA、数ⅡBC、情報Ⅰだ。
今日の本命は英語。
タロウは文系科目で一番苦手だった。
そして最後の最後、
疲労が蓄積する時間にやってくるラスボス・英語のリスニングが開始。
落ち着いてヘッドホン装着。
ナレーターの声が聞こえる。
――あ、これ去年も似た声だった。
集中。
聞け。
聞け。
……聞けてる。
意外と解ける。
驚くほど今年は落ち着いて解けた。
長文読解にあてた時間はそんなに変わらなかったが、今年は単語の暗記量をひたすら増やしたので、読解がスムーズだった。
俊の英単語100連発に感謝した。
1日目の文系科目はかなり手ごたえがあったことで
タロウの胸は弾んでいた。
その後は同じ教室だった終と会話をして
少しだけ和んだタロウは帰路についた。
共通テストは2日間にわたる試験。
「できたできなかった」という会話はお互いの翌日のコンディションに影響を及ぼすため仲がいい友達でもテストの手応えについては話さない――というのが暗黙のルール。
――の、はずだった。
翌日。
昨日と同じ会場・同じ教室にたどり着き、
1教科目の生物・化学が始まる前にタロウはトイレに向かう。
20分前、すでに行列。
タロウは仕方なく並ぶと、そこに敵が現れた。
「自己採点マン」だ。
「英語めっちゃ簡単じゃなかった? 俺自己採点186点だった」
「マジ!? てかお前、自己採したの?」
――186!? 得点率93%……今年は簡単だったのか。
共通テストはその日のうちに、各予備校から独自に作成した解答速報が公開される。
しかし基本的には皆1日目の夜には自己採点をしない。
先の通り、出来がどうであれ、2日目のコンディションに影響を及ぼすからだ。
例によってタロウも採点はしていなかった。
そのセオリーを破って、自己採点をし、声高らかに自分の出来を吹聴するものを人は「自己採点マン」と呼ぶ。
「そうそう、気になって採点しちゃった。今年は国立のボーダーめっちゃあがりそうだわ」
「マジかよ。じゃああそこの回答ってb?」
「いや、そこはーー……」
トイレの列に並ぶタロウの真後ろで男子生徒二人が昨日のテストについて話し始めた。
彼らはどうやら現役生のようで五條の出身校である、公立の名門進学校の制服を着ている。
――逃げたい。
タロウは直感的にそう思ったが、
トイレは長蛇の列。
ここで並びなおしたら、時間通り席に戻れないだろう。
HPが削れる音がする。
「あそこはcだよ」
――俺はbにした。
「リスニングはひっかけでー……」
――そこ、ひっかかった。
得点率93%だという現役生の話す回答と、タロウの回答はことごとく異なった。
――やばい、俺。
心臓の音が大きくなる。
――昨日全然できてないかも。
トイレの列はなかなか進まない。
時計を見ると残り5分。
なんとか順番が来ると、タロウは急いで用を足し、
自分の席に戻った。
その数秒後に、試験開始の鐘が鳴った。
タロウの手は震えていた。
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そこからタロウにはあまり記憶がない。
昼休み、母親が作ってくれた弁当も全部食べられなかった。
ひと口食べるたびに、数学の公式が一つ一つ頭からこぼれていくのではないかと思った。
先ほどの現役生たちの会話が頭の中をこびりつき
タロウを言いようのない不安で支配したまま、2日目の3教科を終えた。。
次の日。
医学部専門予備校 メディカル∞インフィニティには予備校生が集まる。
共通テストの自己採点の結果を伝え、二次試験の対策を予備校教師との面談が設定されているためだ。
いつもの終、五條、俊、澪、黒岩が面談待ちの間
ラウンジで談笑をしていると、そこに遅れてタロウがやってきた。
「タロウ!ようやく来たな」
終が声をかける。
タロウは口を真一文字に結んで、表情が読めない。
「自己採点の結果、どうでした?」
俊が尋ねる。
「……皆は…?」
俊 90 %。
白川 89 %。
黒岩 88 %。
五條 86 %。
終 84 %
という結果だった。
「予備校のLINEグループも反応してないから心配してたんですよ。
どうでした?」
「……」
「……あまりよくなかった、とか?」
「自己採してない」
「は??」
「だからしてないんだってええええええええ!!!」
タロウ、絶叫。
他のみんながはあ~~~~??と声を上げる。
「いやバカですか、自己採点しないとどこの国立受けるかも決められないでしょ!」
俊があきれたように、大げさな身振り手振りでタロウを責める。
「だってさあ~~~」
タロウは昨日の2日目の悲劇を話した。
自己採点マンが現れたこと。
そこがトイレの列だったので逃げ場がなかったこと。
その後の理系科目をメンタルボロボロの状態で受けたこと。
回想終了。
「それで怖くて自己採点する勇気が出ないと」
「ウン。もう絶対ぼろぼろだし、70%もないかもしれない」
「問題用紙、貸してください」
共通テストの問題用紙には、自己採点用に自分の回答を書きうつしておき、これをもとに自己採点を行うのだ。
俊に渡すと、瞬く間に採点を終わらせ、ふう、と息をつく
「見てください。総合得点率も出しておきました」
タロウの総合得点率:87%
「……本当に2日目はボロボロだったのに」
「……」
「化学とか、適当に埋めたところいくつもあったのに…」
「2日目は確かに、いつもより取れてないです。
ただ1日目は
地理総合/地理探求 96/100
国語 192/200
英語 (リスニングあり)189/200
でしたよ。
タロウさんは文系科目はめちゃくちゃ得意じゃないですか。
共通テストは文系科目+情報で 550/950。
そもそも総合得点率で勝負する一次試験の共通テストはかなりタロウさんに分があるはずなんです。
なのに戦いの途中の2日目にくだらないマウント取ってる若造に惑わされて
何やってるんですか!」
俊はまるで自分のことのように嘆いていた。
同じ現役生の俊が「若造」を言うとちょっとおかしみがある。
全員がその様子にちょっと笑った。
タロウは、文系科目は確かに俊にも負けないくらい得意だったが
理系なのに文系が得意なんて、なんかカッコ悪くて、医学部ではなく文系学部に行ったほうがいいと言われているようであまり誇ることができなかった。
しかし国立大学のボーダーは9教科の総合得点率。
今はその文系科目がタロウの背中を押してくれていた。
「タロウさんの短所は、ごまかすところですよ……。
2日目の科目だって本当はもっと実力があるはずなのに」
その言葉はタロウの胸にズシンと重く響いた。
予備校の掲示板のほうに目をやる。
各国立大学のボーダー予想表が貼られていた。
「北関東医科大学の、今年の予想ボーダーは……」
「予想は87~88%」
五條が答える。
またボーダーライン上。
タロウの受験は、まだ終わっていない。




