第二十三話 『共通テスト前夜』
【共通テストまで 1日】
ついに明日は共通テストだ。
ただいまの時刻は22:47。
タロウは22時には布団の中に入ったが、目はぱっちり・脳も完全に覚醒している。
「今からできることはない、できるのはしっかり寝て、なるべくクリアな脳で明日を迎える事だけ……」
自分に言いきかせながら目を閉じる。
3秒後。
――数学……あの公式あやふやかも……
――英語リスニング頻出単語……暗記途中だったかも……
――マークミス……
タロウの目は冴えわたっている。
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時刻を確認する。
【23:12】
スマホに手が伸びる。
「どうせ寝られないなら、ちょっとだけ……」
YouTubeの検索欄に打ち込む。
“共通テスト 逆転合格”
挙がっている動画はこの通りだ。
・偏差値45から医学部合格
・共通テスト前日にやったこと
・共通テストの心得
普段であればタロウは「こんなので受かったら苦労しない」とスルーするところだろう。
ただ今夜のタロウは切羽詰まていた。
――もしかしたら俺だけ知らない裏技があるのかも……
だから自分は受からなかったのかも……。
そんな不安がよぎり、タロウは思わず再生してしまっていた。
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【偏差値45から医学部合格】
爽やか現役医大生が自分の合格体験談を話す動画(ちなみにタロウより年下)。
『僕は高3の秋までE判定でした』
「うそだろ」
『でも最後の3ヶ月、本気でやって——』
「その3ヶ月どこで売ってる? 却下」
次の動画へ。
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【共通テスト前日にやったこと】
『前日は早く寝ましょう』
タロウが時計を見ると時刻は23:48。
「お前のせいだぞ」
次の動画へ。
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【共通テストの心得】
『共通テストはメンタル勝負です』
「それ一番困る」
タロウは頭を抱えた。
メンタルが強かったら、前日に眠れなくてこんな動画見ていない。
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時刻は00:07。
おすすめ欄がくるってくる。
・医学部浪人生合格ルーティン
・浪人生活の真実
・落ちた日の過ごし方
「やめろおおおおおおおお!!!!」
YouTubeのアルゴリズムは正直で、残酷である。
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こんなの見たって仕方がない。
タロウは布団に潜り込み、もう一度寝ようと試みる。
脳内シミュレーションをしていたら
ようやくまどろみ始めたタロウは、うっすらと夢を見始めた。
英語の試験でマークがひとつずつズレる夢。
「やめろおおおおおおおお!!!!」
飛び起きた。
寝間着代わりにしている高校時代のジャージが、汗でぬれている。
時刻は00:31。
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喉が渇いたのが気になって眠れないので
1階の台所に行って、水を飲んでいると母が起きてきた。
「眠れない?」
「……まあ」
緊張しているのを見抜かれたくなくて、そっけない返事になってしまう。
「大丈夫だよ。おやすみ」
母はそれだけ言って、寝室に戻っていた。
――その根拠はどこだよ。
でも少し落ち着いた。
目を閉じると祖母の言葉を思い出す。
“タロウは優しいから、医者向いてるよ”
――ばあちゃん、医者って優しさ関係ある?
ちょっと笑えた。
深呼吸。
吸って。
吐いて。
吸って。
吐いて。
……。
……。
「よし」
タロウは部屋に戻り、スマホで時刻を確認した。
すると俊からLINEが来ていた。
【早瀬 俊:起きてますか】
即レス。
【越知内 タロウ:起きてる】
【早瀬 俊:何してるんですか。寝てください】
【越知内 タロウ:無理。全然寝れん】
タロウはまたおせっかいな俊のことだから
自分を叱るために連絡してきたのかと思っていた。
すると
【早瀬 俊:僕もです】
驚いた。あのA判定しか取ったことがなく、
優秀な高校に通う現役生でも、同じ不安を抱くのかと。
タロウは少し安心した。
明日共通テストを受ける学生も予備校生も、自分以外はみんな準備万端のフルパワーで来るのだと勝手に思いこんでいたことに気づく。
きっとみんなが同じ気持ち。
頑張った人間ほど、明日が来るのは怖いのだろう。
そう思えたタロウは俊に
【越知内 タロウ:目をつぶっているだけで、一定の休息効果があるらしい。お前は大丈夫。お互い頑張ろう】
そう返事をして、ベッドマットに体を深く預けた。
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朝、浅い眠りから予定の6時半にばっちり目が覚めると
鏡の中の自分はでっかいクマをこさえていた。
「これで戦うのか」
でもやるしかない。
タロウは制服代わりの私服を着て、カバンの中の持ち物を確認する。
受験票・身分証明証、確認。
HBの鉛筆6本、確認。
消しゴム2個、確認。
「よし」
玄関では珍しく父と母が見送りに来た。
「いつも通りでいい」
「落ち着いてね」
「うん」
ドアを開けると冷たい冬の空気がタロウのほほをさらった。
ここまで来たら行くしかない。
浪人4年目。
タロウ、出陣。




