表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/31

第十八話 『夏、地獄の自習室』

夏の医学部専門予備校メディカル∞インフィニティ自習室は

一年で一番の混雑を見せる。

夏期講習生や普段自習室を利用しない現役学生も、自習室に現れるからだ。


予備校生が増えればトラブルも増える。


「今日はその実態をお教えしよう」

タロウは今年初めてメディカル∞インフィニティで夏を迎える

黒岩(くろいわ)(しゅん)に説き始めた。なぜか「奇妙な物語」のタモさん風で。



その1:冷房戦争

夏は人間の本性をむき出しにする季節だ。

八月。医学部専門予備校 メディカル∞インフィニティ予備校の自習室。

この日 外気温35度を超えるも自習室の中の冷房は19度を示していた。


「設定したやつ出てこい!!!!」

タロウは入室5分で唇を青くして震えあがった。


「寒いぃ~……」

(みお)はカーディガン二枚着こんでいる。

我慢強い黒岩は無言で耐える。

俊は平然。


「なんで平気なんだよ」

「集中してるからじゃないですか」

「え?人間やめてるからって?」


夏の自習室の推奨設定温度は25度だ。

しかしそのボーダーが人間を2種類に分断した。

・25度寒い派

・25度暑い派

の2つだ。


寒い派……夏でも長袖、ブランケット装備。

暑い派……半袖短パン。うちわ装備。


この2つの種族は決して相容れることなく、戦争が頻発する。


誰かが壁のリモコンに手を伸ばす。

ピッ。

19度→27度。


三分後。

ピッ。

27度→19度。


無言の攻防が幾度となく続く。

タロウは黒岩と俊に、もっともらしく「いいか君たち」と告げて

「この戦争をおさめることは医学部に入ることより難しい」

と言った。


「集中してください」

と、俊。

黒岩は苦笑い。



________________________________________

その2:席取りバトル


普段の医学部専門予備校 メディカル∞インフィニティは

自習室の席が取り合いになることはなく、十分な座席が用意されている。

しかし夏は先の理由から利用者が増えるため奪い合い。


朝7:50の開室前にはすでに5人並んでいる。


「窓側ァァァ!!」

8時になり、事務員さんが開けてくれたのと同時に

タロウは窓際の席をめがけて走り始める。


「落ち着いて」

社会人経験ありの常識人・黒岩がタロウをなだめる。


窓側は特に人気だ。

理由は外が見えて、閉塞感が薄らぐから。

自然をみて現実逃避もできる。

さらに角の席はコンセントも付いているため神席と認定されている。


なんだか祭りみたいにこの争奪戦を楽しんでいるタロウは

この日も窓際の角席をゲットした。

タオルを置いて席を確保。


そしてこれからの自習にむけて自販機コーナーとトイレに行くため

一時離席をする。


そして5分後。


席に戻ると見知らぬ浪人生が座っていた。


彼はタロウのタオルを机のしきりにかけてよけている。


タロウが「そこは俺の席です」というと


見知らぬ浪人生、

「物だけ置いて離席ダメですよ」

という。

正論。


タロウがしぶしぶタオルを受け取り、周りを見渡せば

席は一つも空いていなかった。


昼休み、いつものメンバーと昼食を食べながら愚痴。

「戦場にルールを求めるな」

ぼそぼそとパンをかじりながら泣いている。


「いやガチの戦場じゃないですから」

________________________________________

その3:浪人の生態観察

予備校の人数が増えれば、その分レア個体の出現頻度も高くなる。


① 無限独り言型

「いや違う違う違う」

「なんでだよ」

「違うって」


等々、問題を解きながら一人でぶつぶつ呟いている。

シンプルに怖い。


自習室でこのタイプが隣になったら、そっと離れるべし。

ただし試験会場で一緒になったら最悪。逃げ場はないのである。


② ミュージシャン型

このパターンは2種類いる。

イライラすると机をたたいて不機嫌アピールする奴。

もう1つは

シャーペンや紙をめくる音が異常にでかいやつ。


びっくりするからやめてほしい。大体無自覚。


③ 参考書タワー型

三科目同時進行している。

昼過ぎになるとほぼ崩れて自習室の注目の的となる。


④ イヤホン完全遮断型

若干音漏れしており、他の予備校生たちから眉を顰められるが

本人は何も聞こえていない。


現実の距離感も世界から切断される。


⑤ 異常早食い型

昼休み五分でまた席に戻る。

何かと戦っているのか、

「昼休み削って勉強する俺スゲー」に浸っているのか。


「……とまあ、そんな感じだ」


つまり、タロウは続ける。


「夏の予備校は動物園だな」


得意げに話すタロウに、俊はすかさず


「あなたも展示側ですよ」

と言った。


越知内(おちない)タロウ(22)

ヒト属 ヒト科 浪人生族

好きな食べ物:カップラーメン

※注意※ たまに先輩風を吹かせます。ご注意ください。


________________________________________

夏バテと焦燥

8月の日差しは強い

カーテン越しでも教室に入ってくる強い日差しに、

タロウは目を細めながら思う。


――去年もここにいたな。


同じ席。

同じ机。

同じ赤本。

違うのは、年数だけ。

一瞬、胸が重くなる。


教師が言う。

「いいか、君たち。夏が勝負だ。夏を制する者は受験を制す!」


「その標語何回聞いた?」

4年連続。


でも今年こそ

「最後の夏にする」

タロウはそう誓った。


冷房戦争は毎日続いた。

席取りは相変わらず戦場。

だが浪人たちは今日も机に向かう。

滑稽で、

必死で、

ちょっと面白い。

それが夏の自習室。


そうして過ごすうちに

夏はもうすぐ終わろうとしていた。

あとがき小話「終と1ポイントの悪夢」



終は静かに模試の結果を見ていた。

E判定。

いったん現実逃避するように、模試結果の紙を折る。

無言。

そこへ、空間がゆがみ天井がピカーンと光った。

白いヒゲの神様が現れる。


「願いを言え」

お決まりのセリフ。


「別に願いなんてないです…」

終は神様のほうを一瞥もせず、じっとうつむいている。


「強がらなくてもいい」

4浪中の終には何かあるだろうと神様はもう一押ししてみる。

「名前はあったんだ……。補欠だった。

……あと1点あれば合格だったかもしれないのに……」

終はポロポロと大粒の涙をこぼしていた。


神様は

「え!? 今、補欠不合格のこと思い出す!?」

「1点でいいから、欲しいです……」


神様は突然の成人男性の泣き顔におろおろしながら

読者のほうを向く。

「も、申し訳ないが、彼に1ポイントくれてやらないか。

それだけで終を悪夢から救うことができる」


というわけで。

もしよろしければ、

終の“あと1点”を

そっと置いていっていただけると嬉しいです。

神様はたぶん喜びます。

作者は大きな声で歌います。

終は……

迷いながらも前に進みます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ