第十六話 『北関東医科大学の壁』
【共通テストまで 188日】
偏差値というのはただの学力を示すだけ数字のはずなのに、人格まで評価された気分になる。
その日、医学部専門予備校 メディカル∞インフィニティでは
掲示板にデカデカと「志望校ボーダー表」が貼られた。
これは前年度の共通テストをもとに、各国公立大学の一次試験のボーダーラインを一覧にしたものだ。
【北関東医科大学 ボーダー総合得点率87%】
タロウはそれを見て立ち尽くす。
「は?」
「去年より1%上がりましたね」
それを見た俊がいう。
そもそも「共通テスト」とは。
正式には「大学入試共通テスト」といい、日本の大学入試における全国共通の筆記試験だ。
「センター試験」に代わって2021年に導入され、多くの国公立大学や一部の私立大学で利用されている。
特に国公立の場合はこの共通テストが「一次試験」の役割を果たしている。
採点の手間と受験会場のキャパシティなどの関係で、
二次試験には志望者全員を呼ぶわけにはいかない。
そのために、一次試験の成績によって、二次試験に進めるかどうかを決まるのだ。
「ボーダー」というのはその二次試験に進めるラインのことだった。
タロウは自分の模試の成績表を見る。
総合得点率:86%
「……」
沈黙。
「俺はボーダーの男だ」
「1%足りてません」
「四捨五入で90だろ!」
「入試は四捨五入しないし、
ボーダーの87%も四捨五入したら90ですよ」
俊、的確なツッコミをいれる。
「冷酷!」
その夜、タロウは家族と食卓を囲んでいた。
なんと無しについている、テレビのクイズバラエティ番組の賑やかさが、食卓の静けさを際立たせる。
タロウは無言でご飯をかきこんだ。
父は無言。母だけは今日スーパーで見かけた迷惑客の話を熱心に二人に話している。。
その母の話をさえぎるように、父はタロウに問いかけた。
「あー……そういえば共通テスト模試の結果がそろそろ帰ってきたんじゃないのか」
ぎくり。
出来れば触れてほしくなかった話題だ。その話題が出る前に、部屋に戻りたかった。
とはいえ両親はタロウの浪人の大切なパトロン。
パトロンに報告しないわけにはいかない。
タロウはソファに置いてあったリュックから模試結果の紙を、父の前に置いた。
「こちらになりまぁす!」
総合得点率:86%
「北関東医科大学の今年のボーダーはいくつだったんだ」
父は問う。
「……87%。1%足りてない」
そうか、と相づちだけ打つ父。
沈黙。
「まあ、お前がやりたいだけやりなさい」
そう言って父はタロウに模試結果の紙を返し、
再び箸をもって食事を再開した。
おかずのいかと里芋の煮物を食べて「うまいな」と母を褒めるも
「それ、ヤオケンで買ったお惣菜よ」と一蹴されている。
タロウは模試結果の紙をリュックの中にしまった。
4浪目にしてもまだボーダーに届いていないのに、しかられなかった。
しかし胸がずっとざわついていた。
「やりたいようにやればいい」
その言葉がタロウにとっては重かったのだ。
翌朝。
父が珍しく出勤前にタロウに声をかける。
「タロウ」
「ん?」
タロウはちょうど今起きたばかりで歯を磨いている。
「受かったら焼肉行こうな」
タロウ、吹き出す。
「なんで焼肉。食べ物で釣られる年だと思うなよ! まあ行くけど!」
「馬の人参としては分かりやすいだろ」
父はようやく笑った。
口下手な父のことだ、今朝なんと声をかけるかずっと考えていたのだろう。
父が背中を向けて、「いってくる」と言った。
その背中に、タロウは
「俺、今年はやるから」
「そうか」
「うん、やる」
「応援してるぞ。いってきます」
父はそのまま顔を向けずに、会社へ向かっていった。
父の期待を少し感じた。少しだけかかるプレッシャー。
でも、嫌じゃない。




