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第十五話 『4浪の肩書き』

【共通テストまで 196日】


“浪人”は職業ではない。

だからなのか名乗った瞬間、なぜか敗北感が出てしまう。


7月に入ったばかりの夜。

その日は昼間に降った雨のせいで夜になっても蒸し暑かった。

小腹がすいたタロウは勉強の息抜きがてら家の近所のコンビニに向かう。


お気に入りを次々と買い物カゴに放り込んだ。

・カップ麺

・エナジードリンク

・GABAチョコ

この3つをタロウは浪人生セットと呼んでいた。

少し浮かれた気持ちでレジに向かうと。


「……タロウ?」


突然の声掛けにタロウは固まった。

ゆっくり振り向くとそこには高校の同級生・佐藤がいた。


彼は真っ黒なスーツを着て、首には青のストライプのネクタイ。

フレッシュな新社会人オーラをまとっていた。


まぶしい。

タロウの脳内警報が鳴り、「逃げろ」と告げていたがもう遅い。


佐藤は笑顔でタロウに近づいてきた。


「えー! まじか偶然! 久しぶりじゃん!」

「……おう」


人懐っこい佐藤の呼びかけにも、一瞬沈黙してしまう。

そして、必ず来る質問。


「今何してるの?」


来た。

世界共通、浪人生殺し文句。


タロウの喉が詰まった。


――学生?

違う。


――フリーター?

嘘。


――研究中?

何を。


3秒沈黙。

たった3秒と言えど長い。

佐藤は純粋な目でタロウの答えを待っている。

悪意はゼロ。

だからこそその視線が痛かった。


タロウは覚悟を決めて言う。

「……浪人?」


なぜか語尾が上がって疑問形になってしまった。


佐藤、右斜め上に視線をやり少しだけ間。過去の記憶を思い出しているようだった。

「あ~……そっか! 医学部だっけ?

東高レベルから医学部目指すなんて、マジですごいよ」


その声に嫌みや同情は少しもなく、爽やかな問いかけだった。

彼は高校生の頃からこういうやつだった。明るくて優しい、誰からも好かれる真のムードメーカータイプ。

だからこそ刺さる。


「うん。まあ」

「何浪目?」


ナイフ2本目。


「……4」

まだ5ではない。

でも十分重い。


「すげーな、根性あるな。高校の頃から頭良かったもんな!」


本気で言ってる。

悪意ゼロ。


――根性って言葉便利だな。努力が報われてない人に使うやつだろ。


佐藤は続ける。

「俺はメーカーで営業やってんだ。毎日怒られてるわ」


「へぇ」


タロウは今22歳。

同級生たちは社会人1年目に当たる年だ。


佐藤のカゴの中には700円の弁当と特茶、デザートまで入っていた。

自分のカゴの中のカップ麺が急に惨めに見える。


「また飲もうな! 田中たちと今でもよく会ってるんだ。今度誘うよ!」

爽やかに手を振りながら店を出ていった。

タロウも胸の横で小さく手を振り返しながら、精一杯笑顔を作る。


佐藤を見送り、改めてレジ。

「546円になります。袋いりますかー?」

レジの店員が商品をスキャンしながら間延びした声で問いかける。


「社会的地位ください」

「は?」


「いえ、なんでもないです」


帰り道、蒸し暑さがうっとうしく感じた。


「浪人ってなんなんだろうな」

タロウはぼそっとつぶやいた。


肩書というには履歴書にも書けない。

名刺もない。

社会人は会社名。

大学生は大学名。

浪人生は「無所属」だ。



部屋に戻り、タロウは解きかけだった数学の問題に向き合った。

ふと、コンビニの光景が蘇る。


――今何してるの?


あの質問。

悪意はない。

でも何度も思い出してしまうくらい、破壊力がある。

タロウはノートの端に書く。


越知内(おちない)タロウ 22歳 浪人】

横に小さく足す。

【暫定】

少しだけ笑う。


「暫定王者みたいでかっこいいな」


誰もいない部屋。

自分で言って、自分で笑った。

________________________________________


翌日。医学部専門予備校 メディカル∞インフィニティ。

俊に言う。

「昨日、高校の同級生に会った」

「どうでした」

「社会的に死んだ」


俊はタロウの手を取り、脈をはかる。

「生きてますよ」

「社会的にっつってんだろぉ」


タロウは最年少の本気のボケに、机につっぷした。


「“今何してるの?”って質問は凶器だよ」


俊、少し考えて言う。

「でも、聞かれなくなったら終わりですよ」

「? どういう意味?」


「期待されてるから聞かれるんです。気を使ったら逆に聞きません」

一瞬、黙る。

タロウは昨日の佐藤の顔を思い出す。

少しだけ、胸が軽くなった気がした。


数年後。

また佐藤に会ったら。

もしまた聞かれたら。


そのときは、きっと胸を張って言えるようになろう。

「医学生」

いや。

もっと正確に。

「4浪医学生」


社会的死を、ネタに変えて。

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