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第一話 『4浪、爆誕。』

午前10時00分。

越知内(おちない)タロウ(22)は、パソコンの前に正座していた。


画面には

北関東(きたかんとう)医科大学(いかだいがく) 合格発表】

と大きく表示されている。


タロウはふうーっと長く息を吐き、覚悟を決める。


――落ち着け。去年はスクロールが速すぎたせいで番号を見間違えてぬか喜びした。今年は丁寧に見ていく。


タロウの受験番号:10432


スクロール。

10398

10401

10407


「あるぞ……この流れはある……」


10415

10421

10429


「くる、次だ。次が俺だ」


10436


「(俺の番号)飛んだぁぁぁぁぁぁ!!!?」

スクロールを戻す。


10429

10436


「10429と10436の間!!!!間に俺がいるだろ普通!!!」


F5で再読み込み。


【該当番号はありません】


「……」


やけに静かに感じた。

急に静かになったタロウを気にしたのか、1階のキッチンからタロウの母が声をかけてくる。


「タロウ〜?どうだった〜?」

「……」


「タロウ〜?」


「4浪、確定しましたァァァァ!!!!」


やけくそになってわざとちゃらけて伝えてみる。


改めて紹介しよう。

彼は越知内タロウ、22歳。

医学部を目指して浪人中。たった今4浪が確定した。


________________________________________


彼の結果発表が響き渡った3月8日 うららかな土曜の午後。

リビングにはタロウの母がいた


「4浪かあ…...4は縁起が悪いねぇ」

母はみかんを剝きながらのんびりとした声でそう言う。


「追い打ちやめて!?」


「今年は手応えあるって言ってたのに……残念だったわねえ」

医学部受験失敗も4回目となると、母もこの状況に慣れてきたのか

励まし方がテンプレだ。


「手応えは毎年ある!!実力がないだけ!!」


________________________________________


夕方にはタロウの父が帰宅した。

玄関でネクタイを緩めながら真っ先にタロウを呼んだ。


「……結果はどうだった」


「父さん」

「うん」

「俺、進化した」

「どう進化した」

「3浪から4浪へ」


結果を伝えると、父は

「それは進化じゃない。累積だ」

「言い方が銀行!!!」


タロウの父は勤続30年の銀行員である。



「……来年はどうする」


結果を叱るでもなく、励ますでもなく父はこう続けた。


「受ける」

「……そうか」


父はそれ以上何も言わず、風呂へ向かった。


「怒らないの怖いんだけど!?」


――結果発表からずっと、俺は父の怒りをどう受け止めるか考えていたのに!

これは優しさなのか、失望なのか。

父の本音はいつもわからない。


________________________________________


夜になり、夕食も食べ終えたタロウはひとり部屋に戻り、

あらためて今の自分の状況を考えてみる。


机には医学部受験の赤本が積み上がっている。

今日には全部捨てる予定だったのに、来年に持ち越しだ。


「22歳、4浪か……」


スマホで「医学部 4浪」と検索してみる。

するとサジェストには次々と言葉が出てきた。


“医学部 4浪 割合”

“医学部 4浪 末路”

“医学部 4浪 まだ間に合う?”


さらにスクロール。


“医学部 4浪 やめとけ”


「ネットが冷酷すぎる~」


自分の落ち込みを紛らわすため、タロウはベッドの上に倒れこんだ。

――検索なんてするんじゃなかった。

こんな時にネットの情報はメンタルに悪すぎる。


すると、スマホが震えた。

光る画面を確認する。

送り主の名は五條 政宗(ごじょう まさむね)だった。


【五條 政宗:どうだった】


【越知内 タロウ:4浪、爆誕】

3秒で既読が付いた。


【五條 政宗:まだまだだな】


「アニメの強敵キャラみたいなノリするな」


________________________________________


次の日、タロウは結果報告と、今年も授業の申し込みのため予備校に向かった。

入口の自動ドアが開くと

目の前にある受付には黒パーカーの男が立っていた。

背が小さく見えるが、猫背なだけで実際は168cmあるらしい。


彼こそが昨日メッセージをよこした男、

五條 政宗。

タロウよりさらにレベルの高い5浪目ほやほやの24歳。

覇気のない半目がチャームポイント。


「また会ったな、4浪」

覇気のない渋めの声で五條はタロウに声をかけてくる。


「称号みたいに言うな」

昨日のメッセージからタロウも察してはいたが、受付で申し込みをしているということは

この男もどうやら今年も浪人生活を送ることが確定したようだった。


「焦るな、4浪は一番伸びる時期だぞ」

「あなた4浪目も落ちてますやん。説得力ないですやん」

「いや、伸びるのは成績ではない。焦燥感だ」

「やめろ!!!」


タロウが大げさにのけぞってみせると、

五條はチャームポイントの半目を三日月のように補足して

「はは」と笑った。


予備校の申し込みが終わると、二人はどちらが誘うでもなく

ロビーのテーブルに座った。

五條は自販機にコインを入れ、缶コーヒーをタロウに差し出した。

年上ぶりたいのか、五條はたびたびタロウに奢ってくれる。


「安心しろ。医学部では4浪は誤差だ」

「5浪が言うと恐怖でしかない」


タロウは渡されたコーヒーを一口飲む。

彼の好み通りの微糖だった。


「俺との差もたった一年だ」

五條なりの励ましかもしれないが、全然嬉しくない。

彼の予備校の中のあだ名は「長老」だ。


「それが一番怖いんだよ」


________________________________________


4月1日、タロウが慣れた様子で予備校の教室に向かうと

ホワイトボードに【新年度スタート】と書かれていた。

今日は4浪目生活初日、予備校ではこの一年の過ごし方を説明されるオリエンテーションが予定されていた。


入り口はおそらく一浪目のまだ10代の男子がまごまごと教室を確認している。

初々しいその様子に、タロウはほっこりすると同時に、その「幼さ」に自分の年齢との差を感じて焦りを覚えた。


時間になると講師がやってきて、浪人は大学に入れば関係ないと励まし

「今年こそ決めるぞ!」

と、浪人生たちのやる気を奮い立たせようとする。


――これ、去年も一昨年も聞いた。


すると五條がタロウに小声でささやく。

「毎年言ってる」

「夢壊すな」


――俺も同じこと思ってたけど!!


講師の熱い演説はまだまだ続く。

「浪人は武器だ!積み重ねた年月は無駄じゃない!」


「過積載だな」と、五條はまた小声でぼやく。

「俺もこれ以上の装備はいらないんだよぉ~」


受講生たちを励ますために、懸命に話す講師の話にもう感銘を受けない。

可愛げのないタロウたちだった。


________________________________________


オリエンテーションが終わると、五條とタロウは二人そろって予備校を出た。

タロウは空を見上げてぼやく。


「4浪か……」

「数字に意味はない」

「あるだろ」

「あるな」


五條はははっと乾いた笑いを発した後 沈黙する。


「でもな、4浪は“終わり”じゃない」

「……」

「あきらめない限り まだ、途中だ」


「五條さん」


自分に言い聞かせているような五條をタロウは呼び止めた。


「ん?」

「来年、俺どうなってますか」


五條は少しだけ笑って


「俺の隣に立ってるかもな」


そう言って、励ますように俺の背中をたたく。


「それだけは嫌だあああ~......」

「いや、俺が落ちてる想像するんじゃない」


暖かい春風が二人の横を通り過ぎる。


――こうして始まった。

越知内タロウ、4浪生活。

医学部合格まで、あと一年。

……の、はずである。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


この物語は、それぞれが「合格」という同じ目標を追いながらも、抱えている事情や恐れ、立場がまったく違う受験生たちの姿を書きたいと思い、始めました。


A判定でも不安は消えず、

E判定でも諦めきれず、

年齢や家族、過去や期待に揺れながら、それでも前に進もうとする。


そんな「静かな戦い」を、少しでも感じていただけたなら嬉しいです。


もしこの物語を

・続きが読みたい

・応援したい

・どこか心に残った


そう思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると大変励みになります。


いただいた反応一つひとつが、物語を続ける力になります。


今後とも、彼らの行く末を見守っていただければ幸いです。


よろしくお願いいたします。

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