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記憶が一日しか持ちませんので、貴方のことは知りません  作者: 涙川
第一章

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二人だけの舞踏会


先輩と二人で買い物に行った日から数日が過ぎ、あっという間に授業で先輩がドレスを着る日が来た。


既製品だと言って渡している手前当日に仕立て屋に手直しさせるわけにもいかず、準備は学園内で完結するために当たり前だが様子を見る事は叶わない。


朝から何も手がつかず、どうにか先輩のドレス姿を見る手段はないかと考えあぐねていた。



授業は朝から昼過ぎまで行われる。

実際の夜会に近い形で行なわれ、実質的には本物の舞踏会を兼ねている。

この学園で育つ人間は貴族だけでなく一般の生徒も王城で働き、上流階級として生きていく。

学生の頃から優秀な人間同士は繋がりを持っているのだ。


 

「待てよ、あんな姿を見せたら先輩が美しいことに学園中の人間が気づいてしまうかもしれない…」

ドレスを贈ったあとに気付くのは馬鹿らしいが、何を着ていても美しいのだろうから今更と言えば今更なのだろう。

そもそももう三回も見逃しているのだから今更か。


舞踏会は学園内にある会場で行われる。

会場には、窓があっただろうか、外から覗けなかっただろうか。

 

「こんなところで何してる」

自分が不審者めいていることに気付き、後ろから声をかけられたのに慌てて振り向く。

そこには先輩がいた。息を呑むほど美しい。


黒い髪は豊かに束ねられて、普段とは違う化粧品の香りがした。首には僕の色の宝石が輝き、ドレスはあの日よりもっと似合っていた。

 


「め、女神かと思いました……」

僕がそう言うと、ドレス姿なのに腕を組んで眉を顰める。


「そんな冗談言うためにコソコソ隠れてたのか。自分が思っているよりその髪はどこにいても目立つからバレバレだったぞ」

「冗談じゃありません!さくら先輩は僕が見た女性の中で一番美しい人です」

僕の言葉を珍しく先輩が鼻先で笑わなかった。なんなら微笑んだように見えた。


窓を探していたとバレたくなかったので、会場のそばの広場に向かった。まだ開場まで時間があるようで先輩も一緒だ。


「ドレスを貰った手前、着た姿も見せようと探していたのに、まさか会場にいたとはな。」

だから早く来ていたのか。

素直に待っていたらよかった!


「とてもとても似合ってます。」

「このドレス、既製品とは思えないほどサイズが合っていてな、私は背が高い方なので不思議だよ」

「不思議なこともありますね」

表情に出さないように必死だった。どうかバレていませんように。

僕に見せるためか、先輩は腕を上げてデザインを見せたり、裾を広げるために回ってくれたりする。かわいい。


「胸にかけて入っている施工も気に入った。良い腕だ」

注視しにくい場所の話はやめてほしい。

いや、しかし、デザインを見なくてはオーナーに悪いだろうか?しっかり見たほうがいいの?見ていいの?


「話を聞いているのか?」

ドレスの気に入った場所はたくさんあったらしい。そんなに喜んで貰ったならよかった。

まだ家に残りのドレス5着もあるので、ぜひ全ての好きなところを探して教えてもらいたい。



 

「はぁ‥僕はこんなに美しいドレスを贈れたのに、誰かと踊る貴女を見送るしかできないんですね…」

時間が経ち、開場の時間が近づくにつれ、その手を離すのが惜しくなってきた。

シンデレラを送り出す魔法使いが男だったらこんな気持ちかもしれない。今回だけではない。まだあと3回はある。耐えられるかな‥会場を燃やしてしまいそうだ


 

「なるほど‥ドレスを贈った人間には確かにその権利があるな」

謎の理論で納得した先輩は、改まって僕に向かってかしずいて手を差し伸べてきた。

 

「では一ノ瀬ハルト様、貴方の本日のファーストダンスの栄誉を私にいただけますか?」

女性からのファーストダンスの誘いなんて聞いた事ない。


「でも僕は中には入れなくて…」

「そもそも私は中で貴族連中と踊るつもりはなかった。ただ授業を受けに来ただけだ。でも踊りたい相手がここにいるなら、ここを舞踏会の会場にしたらいい」

先輩が他の人と踊るつもりがなかったと聞いて嬉しかった。もしかして今までもずっとそうだったのかな。そうだったらいいのに


差し伸べられた手に手を重ねると、広場の真ん中まで連れ歩く。

真ん中に来ると先輩はドレスの端を持ち、小さく腰を下げて会釈をした。

僕も合わせて頭を下げ、再度近付き手を重ねた。先輩の腰に手を当て、先輩も僕の肩に手を回した。

 

音も無いのに不思議とダンスが始まった。

最初は少しだけ不安だったけど、何も示し合わせていないのにリズムが合ってきて不思議だった。

ステップを踏んでドレスの裾が煌めく。

会場の中には豪華な床や装飾があるだろうに、どんなシャンデリアの輝きもこの場の彼女には勝てなかった。


「ダンスがお上手ですね」

「かなり授業で練習したんだ。まぁ、披露するところもなかったが」

ダンスの時はこんなにも近かっただろうか。

女性と組むのは初めてじゃなかったのに、どこか恥ずかしい。

先輩の瞳は、太陽の光を反射して少し赤色に見えた。


しばらく踊っていたら、目立ってしまったのか周りに人だかりができていた。

それと時を同じくして、会場の中から楽器の音色が聞こえてくる。開場したようだ。

 

「ドレスとダンスをありがとう。楽しかったよ」

そう言ってダンスを止め一礼すると、先輩は会場の中に消えて行った。

それに続くようにして周りの観衆も会場の中に吸い込まれていった。



「一ノ瀬様、さきほどのお相手はどちらの方ですか?」

僕が誰か知っている人の中で、僕に媚びを売っておこうと思う人がまだいたとは驚いた。


一ノ瀬家の出来の悪い長男の話は貴族なら大抵は知っていて、この学園の中でも腫れ物のように扱われているのに。だから僕はレイと違って学園中から持て囃されることはない。



離れがたいと思っていたのは僕だけなのか、その場の魔法は解けたようにただの広場が広がっていた。


 

 

 


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