初めてのお出かけ
翌日の朝
「さくら先輩、ダンスの授業で着るドレスは決まっていますか?」
散々考えたけどドレスを贈るくらいしか思い付かず朝から聞いてみた。
「ああ、家にあるもので済まそうかと思うが」
「普段のお礼に、僕がプレゼントしたいんです!よかったら、ぜひ!」
制服に着替えて朝食を食べていた先輩は、浮かれた僕に対して少し考える素振りをみせる。
「家の金で買うのだろう。それはつまり東の国の民の金だ。私はまだ長兄を後継者にすら出来ていなく、しかも外交など要事で使うわけでもない。お礼とはいえ、民達の金でドレスなど貰うわけにはいかない」
想像を遥かに超えた真面目な回答が返ってきた。
普通の女性なら少しは浮かれてもいいものだが、そこが先輩らしいなとも思いつつ、僕はほんとにただの間抜けなボンボンだと思われてるのだと悲しくなる。
「先輩‥僕もまだ学生ですが、仕事を任され少しは稼いでいます。商いの才能なら先輩よりあるかもしれないんですからね」
僕の言葉に目をまんまるにして驚いた顔を見せる先輩。
嬉しいやら悔しいやら、複雑な気持ちになった。
しかしなんとその日の放課後、ドレスを選ぶ許しを得たのだ。言ってみて本当によかった!!!!
レイに自慢したら、俺の案なのに先を越されたとぶつぶつ言われたけど、一緒に住んでいるだけの虫も朝イチの速さでは負けないのだ。
虫を舐めるなよ!
その日は目に見えて浮かれていた。
もしかしたら数センチ地上から浮いていたかもというほど嬉しかった。
「せんぱい、行きましょう!」
授業の終わりの鐘の音と同時に講堂に入った。
外には馬車まで待たせてある。
楽しみすぎて朝から下見にも行ってきた。
準備は完璧だった。
「馬車?すまない、私は馬車が苦手でな。でも買い物ならすぐに行けるぞ」
「え?」
先輩がひとたび指を鳴らすと、そこはもう店のある大通りだった。
驚く僕に意外そうな顔をする。
「なんだ、一ノ瀬家は転移は使わないのか?」
「いや、でもここまで簡単に…」
転移とは、封言を使って移動することである。
よくあるのは、塩やコショウを元の位置に戻すとか、元々置いてある場所が決まっているときに使われている。
もちろん人の転移もすることはある。
封言が得意な人の中には、行ったことのある場所に印を付けて簡単に飛べる話は聞く。
しかし多人数になると話は全然違う。
守護もそうだが、移動させる人間を覚えておかねばならない。
過去に家族で転移した時は、床に封言士が仕掛けを施して、待ち構える側にも同じような仕掛けをしていた記憶がある。
いくら僕に守護をしているとはいえ、先輩の能力は、僕らが思っている以上に高度なのではないか?
「すまない、怖かったか?分離するような距離ではないから説明を省いたのが悪かった、どこか痛いか?」
転移は未熟な者が使うと体の一部が分離して元の場所に残る大事故になる。覚えていない箇所が取り残される。
それで僕がショックを受けたと勘違いしたのだろう。完全に勘違いだ。
「帰りは歩いて帰ろうか?」
「先輩、大丈夫です。ほんとに大丈夫ですから!」
心なしか沈んだ様子の先輩に慌ててドレスの店に向かうことにした。
ドレスショップには午前に来て予め相談しておいたので、通された部屋に入るとドレスが6着置いてあった。
「どれも美しいな‥なんだか不思議と長兄の瞳の色に似ているな、流行っていたのか」
「まさしく!そうでございます、お嬢様は色が白く美しいので、どちらもお似合いになるかと」
裾にボリュームがあったり、袖があったりなかったり、胸元が開いたり背中が開いたり。
女性のドレスには詳しくないが、次から次に着せ替えられて現れる先輩を見ているだけで幸せだった。ハマってしまいそう‥
さも全く違う色のドレスのような顔をして、それ単体で見るとどれも僕の瞳の色に似ている。
「お嬢様、お綺麗ですわ」
「ちょっと派手だな‥」
どのドレスも目眩がする程似合っていた。
正直言って全部クローゼットに入れて毎日僕だけに見せて欲しかったが、先輩はその中から迷わず手早く1着だけ選んだ。
「僕もそれが一番素敵だと思います」
心からそう思った。
シンプルなストレートなラインのドレスは華美すぎず、僕もそれを先輩が選びそうだと思っていた。
背中や胸元が開いているのは絶対にまずい。上品にレースで隠れていてとても良かった。
僕の亜麻色は、先輩の黒い瞳と黒い髪にも合っているように見えた。
胸元や腰に入った赤色の細工はもちろん南の火の王の証、見る人が見たら僕が贈ったものだとわかりすぎるデザインだった。
「本当に買ってくれるのか?」
「ええ、時間もないからオーダーでもないし、既製品ですから。安価なものですみません」
先輩は恥ずかしそうな僕の姿に、納得した表情を見せてお礼を言った。
正直言ってこれは嘘だった。
ここにある6着は全て先輩のためのオーダーの品で、サイズは学園の制服の発注元から取り寄せた。
朝、先輩を誘ったあとすぐに王族御用達の店に連絡し、訳を言って用意してもらえる分だけ用意してもらったのだ。
なんと朝から夕方までの半日で揃えてもらった。正直なところ1着か2着かと思っていたから6着もあって驚いて声が出てしまいそうだった!
このために僕は四家の跡取りに生まれたのだと感じた。
「ありがとうございました。」
店を出た時に店のオーナーに会釈をした。
ふとその奥の作業場に目をやると、床には紙や布が散らばっていた。
デザインから縫製までを6着半日で‥?
感謝で涙が出そうだ‥
「また必ず来ます。」
「お待ちしております」
先輩には1着だけ買ったと見せかけて他のドレスももちろん購入した。
どれも似合っていたからいつか絶対着てもらおう。オーナーのためにもね。
宝石店の前を通りかかったとき全く偶然、店主が先輩に声をかけた。
「お嬢さん、素敵な恋人をお連れですね。彼の瞳の石はいかがですか?」
もちろんこれも全然朝から手配した!!
先輩は絶対の絶対に僕の色の石に興味があるはずだからだ。
恋人だと言っておいてよかった。店主が意味ありげにこちらを見る。
「え、この色の宝石があるのか?」
恋人と呼ばれた事は全く気にもせず促されるまま先輩は店内に進んだ。無反応は想定内だ
店内の一角には、不自然なまでに僕の瞳の色と近い石が所狭しと並んでいた。
これはなかなか大変だった。
僕の目の色は茶色にも見え、黄色にも金にも見える。ドレスと違ってオーダーで作れるものではない上、僕は説明のために多人数に瞳を見せびらかさないといけなかった。
店主に宝石を見るループで瞳を覗かれた時のことは忘れられない。
しかしどうにかなった。転移や馬車で取り寄せた。とりあえず一つは宝石商を持っていてよかった。
「どれも近いが‥少し違う。ご主人、この店にもっと輝いているのはないのか?こんなものではないのだ、この瞳はもっともっと輝いているだろう」
僕を指差し店主に尋ねる。
まさかここまでこだわりがあるとは思っていなかった。選んだ石をアクセサリーにして渡すつもりだったのに、これではまずい。
「お嬢様、輝きが伝わっていないのでは?ライトをお持ちしますね!」
店は暗い。確かに光で照らせば変わるのかもしれない。
ドレスの時と全然違うこだわりように、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか‥ドレス店のオーナーは複雑だろうな。
「これだ」
先輩はひとつの宝石をつまみあげた。
店主はライトを両手に持ち、今にも崩れ落ちそうだ。
先輩の選んだそれは、柔らかな輝きを持つ黄色に近い宝石だった。確かに角度によっては茶色に見えたり、金に見えないこともない。
「お嬢様、そちらはシトリンでございます。混じり気がない大粒の天然のものはそれはそれは珍しく大変に貴重なものでございます」
ダイアモンドほどの知名度のない石。貴重だと言われたらそれらしいが、単純に人気がない可能性もある。
大粒の宝石は透き通りライトの光を浴びて先輩の指先で輝く。
僕の色にしては輝きすぎている気もするが‥
先輩は僕に向けて掲げて満足そうだ。
「ほら、そっくり同じだ。あまりにも美しいと思ったら、この瞳は宝石だったのか」
店主も大きく頷き、恥ずかしいやらでまともに先輩の顔が見れなかった。
「え、僕に払わせてくれないんですか!?」
「約束したのはドレスだけだろ、当たり前だ」
店主も僕も止めたが、先輩は聞かなかった。
先輩は言い値一括で払ったそうだ。
値段は教えてもらえなかったが、宝石はネックレスにすることにしたと教えてくれた。
自分で贈ったものではないとはいえ、先輩の胸元を僕の色が飾る日が待ち遠しい。




