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記憶が一日しか持ちませんので、貴方のことは知りません  作者: 涙川
第一章

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泣き虫

葬儀は終わり、レイと別れて先輩の家に帰った。

レイも泊まりたいとか言ってたけど無視しておいた。


家に着いたら、部屋中で優雅に歩く虫を見た。

レイに言われたことが頭をよぎり窓を開けて外に捨てた。


僕が小虫なんてことない!

シャワーを浴びてから、一番いい服を着た。

まだ20時だ。

 


「今夜は先輩に話しかけるぞ…」

先輩の部屋の扉を叩くのは実は初めてだった。

ただでさえ無理矢理上がり込んでいるのに、呼びつけるのも気が引けたし、気を遣わせたくなかった。


 

 トントン

扉を叩くとしばらくの間の後に、中からドアが開いた。


「どうした」

髪の毛を緩く上に纏めた先輩が立っていた。

いつもよりラフな服を着ていて普段は隠れている首のラインが出ていて、咄嗟に目を逸らしてしまった。

目を逸らしてしまったら、逆に意識して見ていたとバレバレなのに。

 

「足が痛くて眠れないのか?」

「そ、そうです」

 騙したようで罪悪感を感じたが、もうそれ以外に用意していた会話のネタを全て飛んでしまっていたので、そう答えるしかなかった。

 


「仕方ないな。おいで」

促されるまま先輩の部屋に入った。


そこには華美な家具はなく、しっかりしたソファと机と椅子、それにベッドと大きな本棚があった。

花の模様の布が掛けられている。

枕元には写真が飾ってあって、手のひらに収まるくらいの小さな丸い容器もおいてあった。

桜の花が描かれている。

 


「殺風景な部屋ですまないな」

「あ、ジロジロ見てすみません」

「見て面白いものはないよ。長兄、ここに座れ」

 ソファに座って横を指差した。

素直に従ってそこに腰掛けた。

柔らかいソファや部屋の中全てから、先輩の香りがする。

いや、それはまずい、それでは変態だ。部屋の匂いを嗅いではならない。

先輩は僕の足に手を乗せ、詠唱をはじめた。


触られるだけでどうにかなりそうだ。

こんなにも好きなのに、何もできないもどかしさで頭が焼き切れてしまう。胸が張り裂けそう



 

「よし終わったぞ。なんだ、泣くほど痛かったのか」

先輩が覗き込んでくる。

泣いたつもりはなかったのに。自分が弱くて嫌になる。

背が伸びても出会った日から全く成長していない。



僕は結局先輩の威を借りて先輩の陰に隠れているだけ。

弟、ルカから守ってくれている先輩がすごいだけで、僕はただの空っぽの後継者の器だ。

このまま家を継いでも周りの強い意見に翻弄されるだけではないか。

僕に務まるのか不安な人間がいてもおかしくない。


 

「痛くて、眠れないんです……先輩と一緒に眠ってもいいですか?」

強く強かにならないと力は手に入らない。

精一杯の弱々しさで先輩に縋った。

これしかない。可愛さは足りないが、もうこの一点で押し倒すしかない。

 


「だめですか…」

「……………わかった…」

勝った。


先輩は頼られるのに弱い。自分では関わりたくないと言うくせに、人との関わりを好む傾向にある。


こうして先輩と同じ布団で眠る権利を手にしたが、ここで冷静になってはならない。

冷静に考えたら絶対にまずい、付き合ってもいない好きと伝えてもいないのに同じ布団で寝るなんて常識では考えられない。

 

「…………」

 

僕ときたら、こんなときに繰り出す洒落た話題もない!


レイなら今頃上手くやって恋人になっているかもしれないのに、なぜ僕はこうなんだ。自分のだめさでなら一晩でも二晩でも語り明かせそうだ


 

「長兄の瞳は輝いていて美しいな。私はその色の宝石の名を知りたい。いつか私が長兄を忘れても、その宝石を見るたびに懐かしく感じるだろう。買っておかねば…」

いつのまにか僕を見ていた先輩がつぶやいた。


僕の瞳が輝くのだとしたら、そこに映る貴女が美しいからに違いない。


今でさえ、布団に横たわる全てが美しい。

その吐息の全てを与えてほしい。その栄誉がほしい。喉から手が出るほどほしい。もう少しで触れられる。もう少し、あと少し……


 

「では。よくおやすみ、痛みが眠りを邪魔せぬよう祈るよ」

先輩は僕の手に触れ、目を閉じた。そのまま眠ってしまったようだ。

 


もう少しで口付けてしまうところだった。理性が飛んでいた。もういっそのこと全て飛んでしまっていたら良かった!


ああ‥死んでしまいたい‥


触れられた手を離す事は出来ないが、それ以外の何も手出しできない状況にただ辛いだけだった。


結局一睡もできないまま、朝を迎えた。

 

 









「それで結局何もしなかったって?」

「…………」

翌朝、授業にいかずに会話を楽しんでいる三人の元を訪ねて相談したら案の定大笑いされた。

笑ってもらうしかない。もう手詰まりなのだ。

 


「いいじゃないか。デートにでも誘って宝石を買ったらいい。 自分の瞳の色のでかい石でもなんでも」

「……今日はもう昨日の話を覚えてないのに?」

「しかしほんとにハルの目は好きなんだねぇ」

レイに顔を覗き込まれる。目は、とやたらと強調されている気がするけど気にしない。

確かに言われてみれば、毎回のように褒められている。

記憶を毎日なくしている彼女は、毎回その都度そう思って言葉にしてくれているのだろう。

 

「確かにそうだ、僕の目気に入ってるよね?人生で初めて自分の目が愛しい!!」

浮かれて手を挙げた。そんな僕に目もくれず、レイは二人と喋っている。



「ねぇ、俺の目の色のドレスあげたら着てくれるかなぁ?」

「レイの?まぁ、黒なら彼女もそうだし、バレないかもね」

自分の瞳や髪の色を贈るのは好意の表れだと常識だが、彼女に伝わるかはわからない。彼女の瞳や髪も黒なので、伝わらない可能性もある。


 

「そっか。じゃあ俺、早速あげなくちゃ」

「えっ何を?」

「来週はダンスの授業だからね、あ、ハルは違う学年だったから出れないんだった。ごめんね〜」

この学園は、卒業式のあとに舞踏会が開かれる。


貴族の子達はそれぞれ舞踏会デビューしている者も多く慣れているが、学園には一般からの生徒も一定数いるため、定期的にダンスや礼儀作法の授業が行われるのだ。



 

「ダンス‥学年…そんな‥」

この中で僕だけ歳が一つ下なことをこれほど恨んだことはない。


ドレス姿だけなら家で見ることがあるかもしれないが、授業でパートナーになれるのは同じ学年の人間だけだ。他の学年の人間を伴うことが許されていないのは僕も知っている。


もう学年には半年いて、一度やっているのだから知っていたはずなのに考えもしなかった。


 

「まぁ、そう気を落とすな。卒業式のパートナーなら誰でもなれるじゃないか。」

リアに励まされて、スタートラインの差を感じてしまった。

半年に一度は必ずやっているから、なんならもう三回も見逃している


何ということだ……しかも卒業式までの一年以上は指を咥えて我慢するしかないなんて!!


その間もレイはパートナーに名乗りをあげることも出来るのに!!

何とかしないとまずい‥






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