もしかして友達?
朝だ。
日記に手を翳して、私は私を取り戻す。
私はここから始まって、二十四時に毎日死んでいる。
私は一日しか生きられないようなものだ。
どんなに足掻いても全ての記憶は持ち越せない。
授業を受けたって私に蓄積されるものは何も無い。
でも諦められない、学びたい、次に進みたい、明日も生きたい
「……馬鹿な話だ」
一ノ瀬は朝には笑顔でそこにいた。
私は一ノ瀬に守護をかけて、先に家を出た。
最初の授業は王国の歴史だった。
最初にイチ、一ノ瀬家が訪れた
始まりの王家の王族は来たもの全て歓迎した
国に災いが起きた時、四人の王が現れた
雷、火、水、風、それが土地を四つに割った
そしてその四つを四人の王の子孫が守り、国を支えることになった
王家は常に国と共にあった
「おとぎ話の人たちが実際にいるみたいなもんだな」
「何の話ですか?」
昼を食べながら空を眺めていたら、一ノ瀬がそばに立っていた。
なんて目立つ色の髪だ。
宝石のように美しい瞳は光を受けると尚のこときらきらと輝いて見える。
「いや、なんでもない」
当然のように隣に座って来るが、私たちは仲がいいわけでもないのに何故友達のように隣に座るのだろうか。
それとも、私にいないだけで、友達とはこうして流れでうっかりなるものなのだろうか
「先輩、キスの件なんですが……」
「キス?守護は物理的攻撃のみで、痛みを伴わないただの口付けは対象外だぞ」
「いや、僕がしたかったわけではなくて!そりゃしたいですけど!いや、何言ってるんだ僕は!」
「はあ、長兄は元気だな」
全く、何がそんなに面白いのか赤くなったり慌てみたりして忙しいな。
昼の後は珍しく何の授業もない。全く予定がない日は図書館に行ってみたり、夜に星を眺めてみたりするので今日もその予定だ。
「長兄、私は午後受けられる授業がない。先に帰ります。」
「え!そんな時が!?なら、僕と買い物にでも行きませんか?」
「長兄の授業は?」
「さくら先輩へのお礼に勝る授業はありません、命の恩人ですからね!」
「いえ、結構。まだ救っておりません」
一ノ瀬はまだ何か叫んでいたが、お礼をいただくようなことはまだ起きていないのは本当の事だ。
家に帰ってきた。
久しぶりに家の中で一人きりな気がする。
実際には記憶はないのだが。
部屋の中に自分に記憶のないものが増えている。一ノ瀬のものだろう。
熊のぬいぐるみは一体何に使うのだろうか。
香水の瓶があり、鼻に近づけると嗅いだことのある香りがした。
これは一ノ瀬の香りだ。甘い華やかな香りがする。甘い香りのする男なのに、厭らしくないのだな。きっと高いな。
自分は‥もしかして臭いのだろうか、香水など気にしたことがなかった。
選択肢にすらなかった。
「……買い物か」
指についた一ノ瀬の香水のような、障にならないものなら好ましいかもしれない。
滅多にない事だが、買い物に行くことにした。
家のそばには、店が連なる道がいくつかある。
今までは食材だけを買っていたが、路地を入れば女性が化粧品を買うような店もいくつかあった。
人が賑やかそうな店に、それとなく近づいてみる。
香水のきらびやかな瓶に心做しかウッとなりながら、顔を近づけてみた。
これはなかなか難しい。
そもそもどうやって好きか嫌いか選ぶのだ?
数分考えて慣れないことはやめようと帰り掛けたとき、女性店員と目があった。
「お探しですか?」
「……化粧品を少し……」
「あらっ、お若い方にそんな重いのはいりませんわ。こちらはいかが?」
手に乗せてくれたのは、手の中に収まる程度の丸い容器だった。蓋を開くと甘い花の香りがする。
「桜だ…」
「あら、ご存知?桜の花の練り香水ですの。少しだけでじゅうぶん」
実演してくれたのでそれにすることにした。瓶のものは浴びてしまいそうだし、私には無理だ。
それに、桜の花は好きだ。私の名前と同じ花。
「また寄ってくださいましね、なあんにも買わなくてもよろしいのよ、困ったらいつでもお気軽にね」
小包にいれて可愛らしくされたそれを受け取った帰り道は、いつもより少しだけ明るい気がした。
「さくら先輩、ただいま帰りました!」
パタパタと帰ってきた一ノ瀬が近づいてきて止まる。
「あれ、なんか先輩からお花の香りがします。あと、僕の香水の…」
「夕飯は食べたのか、長兄」
「まだです!」
鼻が効くな、野生の生き物か?やはり今までは臭かったのだろうか。汗をかいた後も会っていたし、今まで香りなんて考えもしなかった。明日には忘れてしまいたい。
十月十四日 晴れ
痛みなし、記憶なし
買い物にて桜の香りの練り香水を購入
以上




