王国の建国祭
好きってなんだろう
私が好きになったものは、片っ端から全て叔父に利用されてきた。与えられたのは部屋の中で遊べる娯楽と、封言の本や空の本だけ。
窓から迷い込んだ小鳥を世話していたら、ある日無残な姿で窓辺に落ちていた。私は‥その子を庭に埋めてやることもできなかった。そっと窓から手放しただけ。
懐いていた侍女は、私が絵を贈った後から姿を見かけなくなった。もう彼女の顔も思い出せない。
好きになってはいけない。愛したらいけない。
叔父さまはもう居ないのに、やっと自由なのに、小さい頃からの癖で気持ちにブレーキを掛けてしまう。どうしても怖くて仕方ない。
そんな私にどうやって選べって言うんだ?
「こんばんは、櫻子」
どうやら私はしばらくぼーっとしていたらしい。
気づいたら夜会の会場で目の前に殿下がいた。
私の国に行ってからあっという間にひと月が過ぎていた。今日は王国の建国記念日だ。5月になると催しが行われるとは聞いていた。
撫子が国を継ぎ、私の継承権を復活させた今、私は正式にこの国で来賓として振舞うのを求められていた。
「輝ける皇太子殿下にお祝いを申し上げます。」
「うんありがとう。それで、考え事かな?」
殿下は、白の正装姿でこの世の誰が見ても見間違えようのない王子だった。
「よかったらダンスはどうかな?」
「いえ‥私にその資格はありません」
「どうして?婚約者が決められないから?」
殿下に隠し事はできない。私が頷くと飲み物をウェイターから受け取って私に渡した。
「心の中ではもう決めてると思うんだけど、伝えるのが怖いんだね」
「‥本当に私は、この国で結婚しないといけませんか?結婚なんてしなくてもこの国のために尽力します。」
「それは櫻子が苦しいだけだと思うよ。四家の後継者は絶対に結婚するはずだ。好きな人が他の人と結婚してしまっても、後悔しない?」
殿下の言葉に困ってしまう。
確かに私は4人が好きだ。4人ともに大切に思っている。それじゃダメなのだろうか?
「酷なことを言うようで悪いけど‥櫻子はちゃんと美人だし、好きな人を選んでもいいんだよ」
「‥ありがとうございます」
「もう櫻子の事を貶める人は居ないんだからね」
そう言い残して殿下は去っていった。
私が殺したからもういない人のことを思う。叔父も父も母も配下の人たちもいない。
ばけもの あかのばけもの 血まみれの女
血の色は災いの色 ひとごろし 災厄 誰も私のことをそう呼ばない。
手に持っていた飲み物を飲み干した。甘い味がした。
「こんなところに居た、探したよ」
突然声をかけられて驚いた。そこには見上げないと見えない程背の高い人が立っていた。見慣れた姿だが、ここにいるはずのない人だった
「レイ?どうしてここに?」
「父さんが来れなくなったから代理で来たんだよ」
正装を着こなしたレイは目立っていた。会場内で目線を感じるほどに素敵だった。青い髪は黒いスーツやジャケットに映える。
「もし足が痛くないなら、俺と踊ってくれる?」
レイの胸元には赤い花が咲いていた。私の色の花だった。
「ここで踊ったら婚約者だと思われるから今日は誰とも踊るつもりないんだ。
「知ってるよ。俺はそう思ってもらいたいから誘ってるんだ」
黒い瞳は、近くで見たらキラキラ輝いていた。
私は何も知りたくなくて、知ろうとしてなかったのかもしれない。
レイがどうして私を好きでいてくれるのかもわからない。この国に来て、4人と出会ってからも私はずっと化け物なのに。
「‥1曲だけなら」
「うん。ありがとう」
レイの誘いを受けて、スカートを翻してダンスをした。レイと踊るのは私の国で踊ったときぶりだった。不思議と心地よいリズムでステップが馴染む。
「足の怪我良くなった?跡はない?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
私が自分で刺した足の傷は、もう塞がっていた。
私が足に刃を突き立てたあの時でさえもレイは冷静だった。婚約者をレイに頼んだのは正解だった
上にある背の高いレイの顔をまじまじと見た。
私も178まで背が伸びたのに、それでもレイは20センチは大きい。ヒールを履いてもまだ届かない。
「‥そんなに見られたら恥ずかしいよ」
「私より小さい女性と付き合うと、キスは大変そうだなと‥」
「俺の昔の話、聞きたく無かったんじゃないの?」
閉口するしかなかった。あの時なぜ自分から口付けしたのかわからない。口を塞ぐ方法ならいくらでもあったはずなのに。
「あの日、嫉妬したのかもしれない。レイと普通に出会って付き合ってきた女性が羨ましいよ」
「どうして?」
「私は結婚相手を探していて、その子達は自由に恋をしているからかな」
私には気軽に付き合って別れる、そんな選択肢はない。婚約してしまったら、この身を捧げてしまったら後には引けない。
「私は‥普通の結婚生活を想像出来ないから怖いのかも」
「それなら見てみたらいいよ、まだ卒業まで丸1年。時間はあるからね」
踊り終わり、レイは私に微笑んだ。
私の手にキスをして去っていった。
当主や貴族たちと言葉を交わしてその日のパーティーは終わった。
目覚めたとき、とても喉が渇いていて起きた。
枕元にあるはずの水を飲もうとして手を伸ばすと、誰かの手に触れて飛び起きた
「おはようさくら」
「レイ、驚かせないでよ!」
「おはよう櫻子!」
「すまない、俺は止めたんだが」
私の部屋には4人がいて、ベッドの脇に座って私にコップを差し出していたのはレイだった。
「‥‥どうやってここに?」
「僕、合鍵持ってます」
「‥‥何をしに?」
そう言えば、うちにいた時に合鍵をハルトに渡したままだった。
時計を見たらまだ朝の8:00だった。8時に人の寝室に集まるな。
「お祭りだし、せっかくならさくらと回りたいなって」
「‥昨日会ったときに誘えばよかっただろう」
受け取った水を飲むと頭がスッキリしてきた。
昨日?とハルトが聞いている。パーティーの話をすると羨ましいときゃーきゃっ言っていた
「‥そこの服を取って、部屋を出てくれ」
「まさか櫻子さん、またあのネグリジェで寝てたんですか!?」
「うるさいから騒ぐな‥」
ハルトが騒いで、今度は何の話?とレイが聞いている。
私のパジャマがセクシーであろうとなかろうと、何の関係があるんだ
「いいから早く出るぞ」
リアが皆の背中を押して部屋から出て行ってくれた。一安心して、簡易なワンピースを選んで着た
リビングに行くと思い思いのことをしている。身支度をしていた間に朝食を作ったのか、ハルトが私を読んだ
「朝ごはんできてますよ。」
「‥ありがとう」
「二人で過ごしてた頃みたいですね!」
ハルトが私にカップのコーヒーを差し出してきて微笑む。毎日ネックレスで見ていても、その瞳は宝石よりも実物が美しい。
5人ぶん律儀に用意された朝食の前に座らされて、皆が集まってくる。いただきます、と言って食べはじめた。
黙々とパンをかじるリア、焼いた卵に何をかけるかで議論しているレイとハル、サラダを食べているシオン
「‥皆がいて、こうして過ごすのが私は一番幸せだよ」
「お礼なら何度も聞きましたよ!帰ってから事あるごとに!」
平和な日々に感謝してしまう。家族団欒のわからない私には、この光景が一番それに近いと思う
「結婚なんて言わずにこのまま4人で過ごせたらいいのに‥」
私がそう言ったら、ピタっと動きが止まった
不自然なほど静かなので困惑する
「でも、今のところ一番婚約者に近いのは俺だよね。」
「いや、好きなのはやっぱり僕ですよね?」
そう聞かれて答えに詰まる。
「好きかと聞かれたら全員好きだよ。この中の誰と結婚しても幸せだと思うよ」
「そんな一般的なことじゃなくて、誰と結婚するのか早く決めてよ。櫻子」
シオンまでそんな事を言って笑う。
レイは偽の婚約者として務めてくれて、名実共に素晴らしい相手だろう
ハルトを選べば後1年は猶予ができる。その間に私は国の安定を維持できるかもしれない
シオンは王都で仕事をする。王都にいれるのは何よりのメリットだ。そして国を継ぐ必要がないのも大きい
「俺でもいいぞ、櫻子」
「話をややこしくしないでよリア。ふざけないで」
「俺は城で騎士団に入るからな。誉の近くに一番いるのは俺だろう」
そう言われて考える。思いもしなかったが、リアを選んでも‥?
「さくらは、できたら俺たちの国を見てから決めたいんだよね」
「え?そうなんですか?」
「まぁ住むことになるかもしれないなら、そうだろうな」
私をそっちのけで何か話している。
リアも三男で継ぐ家もないし、王都から離れずに済むならいいかもしれないな。
「夏休みに俺の国へ行こう」
「夏に夏の国?それってかなり暑そうだね‥」
8月の暑さにレイは嫌そうな顔をしている。
「僕の国とレイの国は王都から距離があるんですよね」
「なかなかじゃあ行こう!って気軽に言える距離じゃないね‥」
「無理にとは‥」
それぞれ見てみたい気持ちはあるが、そう簡単に行ける場所じゃなさそうだ
「家族だけなら、いま王都に来てるんですけどね」
ハルトの言葉に思わず手を止めた。
ハルトの両親、御当主とは昨夜のパーティーでも会ったが、その前に会ったのはルカの一件の時だけだ
私の顔が暗くなったせいか、ハルトが話題を変えた。
「建国祭といえば!出店ですよ、櫻子さん!去年は行きませんでした?」
「‥そうだな、イベント事には疎くて」
「じゃあ楽しみですね」
にっこり笑った。
食事を終えて街に出かけた。起きたときから気づいていたが、花火まで上がって空砲の音が響いている。街は大賑わいだ。
「‥こんなに人がいたのか」
「すごいですよね、はぐれないように気をつけてくださいね」
ハルトが私の背を押す。
人混みでレイだけ頭が出ていて、これなら迷子にならなそうだなとぼんやり考えた。
一番混んでいた道を抜けて、比較的落ち着いたところで出店を覗いた。フルーツジュースの他は、見たことのない食べ物ばかりだ。
「流石に大きなイベントだな。人の賑わいが凄まじい」
「そうなんです。だから毎年、僕は一人で家族に頼まれて買い出しですよ」
私に何かを差し出して、ハルトは笑う
白くてモコモコした何かは綿毛のようだ。
「‥食べれるのか?」
「綿菓子知りませんか?美味しいですよ、お砂糖からできてます。」
指でつまんでぱく、と食べてみせる。
真似すると、口の中で溶けるようだった。
甘くて美味しい。
「ありがとう、美味しいよ」
「よかったね!櫻子」
「これも美味しいよ」
次から次に買ってきたものを渡されて、気づいたら手荷物が増えていた。
フルーツに砂糖をかけた飴に、パンに何かを挟んだもの、どうやって食べていいかわからないものばかりだった。
それを食べる私をにこにこ見て4人は満足したようだ。
「綿菓子を誉にもあげたい、買って帰ろう」
「そうだね!そうしよう」
レイが早く動いて、綿菓子の屋台に向かっていた。自分で買うつもりだったのに、まだ何も買えていない
「ハルト兄さま?」
その時ハルトを呼び止める声がして振り返ると、ハルトに瓜二つな男の子が立っていた。
その姿は、ルカを思わせる。眩暈がした。
まさか生きているわけない、私が助けられなかった、助けなかったのに。
「ルキ!なんでここに?」
「買い出しだよ!」
ハルトの話の内容から、どうやら兄弟の中の一人らしい。多いとは聞いていたが、年齢の近い弟がまだ居たとは。
バクバクする心臓を抑えて、ハルトの紹介に礼をした。私の他は皆顔馴染みらしい。
「蘭堂櫻子です、こんにちは。お兄さんにはお世話になっています」
「貴女があの櫻子さん!」
どの、なのかは気になるが、また一礼しておいた。それにしてもよく似ている。初めて会った時の一ノ瀬ハルトそのままだ。
「‥いま懐かしいな〜かわいいな〜って思ってます?」
「‥まぁ」
「そうだ兄さま、せっかくだからうちで夕ご飯食べてもらったら?母さまたちも喜ぶよ」
「そうだね、母さんに伝えておいてくれる?」
二人は会話して、ルキくんは去っていった。
「てことで、皆、買い物が済んだら僕の家に行こうね」
私に向かって微笑んだ。
あの日以来、奥様にはお会いしていない。
私を恨んでいないだろうか?子どもを亡くした母がどれほど悲しいか、想像もできない。
でも会って謝る機会があるとしたら、今しかないのかもしれない。
「‥ありがとう、お邪魔するよ。」
「よかった!誉くんもどうですか?うちには同じ年頃の弟妹がいますから!」
誉の名前を聞いてレイがそうしようと言う。
私たちはその足で城に向かい、誉の外出申請をした。
「レイ兄さま!!!」
「誉ー!ひと月ぶりだね、少し背が伸びた?」
城の応接室で、二人は感動の再会をしている。
私よりレイと誉が兄弟のようだった。
「誉、これお土産。美味しいから食べて」
「ありがとう姉さま。これなあに?」
誉も知らないなら、やっぱり王国にしかないお菓子のようだ。
綿菓子を喜んで食べる姿を見て満足していた。
「皆揃ってるね」
「!殿下‥」
誉の後から現れたのは皇太子殿下だった。今日も麗しい。かわいい顔で微笑んでいる。
だが、いつもより少し顔が曇っていた。
嫌な予感がする。殿下は私たちの今日の予定を聞くと、私に向き合った
「櫻子に話があるから‥少し来てくれるかな?」
「はい、殿下。」
「ありがとう。皆、邪魔したね、食事楽しんできて」
殿下は私の手を引く。
誉達を残して部屋から出て、隣の応接室に向かった。




